第3話



「ルシャナ」

「……えっと」

「君とははじめましてだね。僕はポレオ・クルーシェル。このクルーシェル領の領主だ」

「えっ、あ、はじめまして。ルシャナです…。ルシャナ・トーリス。

【中央の街】から来ました」


窓の外でジュークと少年__ナハルがじゃれあっている。否、本当はじゃれあっているのではなく、ジュークがナハルに稽古をつけているのだが、若き領主には二人が仲良くじゃれあっているように見えていた。

ポレオは今までの経緯をルシャナに説明する。ルシャナは相槌を打ちながら静かにポレオの話を聞いていた。


「そんなことが…。助けていただきありがとうございます。

それに、ナハルが迷惑をかけてしまったみたいですみません」

「いいえ。そうか、彼の名前はナハルっていうんだね」

「名前も申し上げていなかったのですか?本当に、申し訳ございません…」

「ううん、良いんだ。君たちには何か人には言えない事情があるんだろう?」

そう聞くと、ルシャナは苦笑する。

「そう、ですね…」

その顔がなんともいえない複雑なものに見えて、ポレオは攻め方を間違えたかな、と思いつつ

「『言えない事情』、がもしも『言いたくない事情』なら深くは詮索しない。

けれど不安に思うことがあるのなら、なんでも相談して欲しい。

会ったばかりで信用ならないかもしれないが…」


ルシャナはポレオの目をじっと見つめた。

ナハルのように刺々しい態度を取ることはないが、誰でも簡単に信じるわけではない。


「私が何者でも、ナハルにだけは手を出さないと約束してくださいますか?」

「……うん。クルーシェルの名にかけて、誓うよ」

目を伏せる。

ルシャナは、全てが変わってしまったあの日のことを、思い出していた___。




          ⭐︎



「はぁぁぁぁー!!」

「………」


ナハルの剣が宙を裂く。

ジュークは攻撃を慣れた様子で躱して、背後を取った。


「!」

「甘い」


トンっと剣の柄で背中を突くフリをする。

ナハルは悔しそうにジュークを睨みつけ歯軋りをした。

「まだだ…まだ、いける!」

「威勢だけ良くても、何も怖くないぞ」

「はっ、そうやって油断していればいい!」


二人は再度対峙し、剣を構える。


そもそも何故稽古をしているのかというと、ナハルの警戒心を解くため、剣を教えてみることにしたのだった。ナハルとの共通の話題もないし、そもそも話が上手い方ではない。それなら、話さないやり方にすれば良い。

と、考えたわけなのだが。


(やり方を間違えたのだろうか)


なんだか、より一層自分への殺気が強くなった気がする。以前から自分はコミュニケーション、というものが苦手だとは思っていたけども、今回もやはりアプローチを間違えたのだろうか。

悶々と悩みながらも、ナハルの攻撃を軽々と避けていく。その余裕のある態度が余計苛立たせているとも知らずに、ジュークは淡々とナハルの剣を吹き飛ばし、組み伏せた。


「〜〜っ、クソッ!」

「素人の割には良い動きだった」

「そんな風に褒められたって嬉しくない!」


そう言い放ってから、ナハルはあっと口に手を当てる。そして、気まずそうにそっぽを向いた。

そんなナハルがなんだか面白くて、ジュークはふっと笑い、「そうか」とだけ言った。それ以上のことを言えばまた睨まれそうだった。


(『そんな風に褒められても嬉しくない』……か)

この城に来てから、ナハルが自分の感情を口にするのは初めてだ。

口を開けばルシャナについてばかり話す彼が、自分のことを、たとえマイナスな感情であったとしても___口にしてくれたのは、少し前進した気がして嬉しかった。


「そろそろ朝食の時間だ。続きはまた今度にしよう」

「……」


不服そうなナハルを尻目に、練習用の剣を片付け、使用人たちが使う食堂へ向かう。ナハルとルシャナは自分たちの部屋で食べるというから、階段で別れようとした。


「ジューク、ナハル」

「!」

「朝食が終わったら、話がある。今日は一緒に食堂で食べないか?」

「え、ポレオ様とですか!?」

「……」

「ごめんね、ナハル。君の名前を、ルシャナから聞いたんだ。怒るかもしれないけれど、君たちに起きたことも彼女から聞いた。

君の能力…ギフトについても」

「……ルシャナは?」

「起きているよ。朝食に誘ったら、一緒に来てくれるって」

「ルシャナが行くなら、行く」

「……」

「ルシャナには、俺がいなきゃ駄目なんだ」

「……?」


その言葉がどう言う意味なのか、この時のジュークには知る由もなかった。

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