第4話

「僕はこの数日、【中央の街】で起こったある事件について…そして、君たちについて調べていた」

「……」

「ルシャナから話を聞いて確信したよ」


朝食を食べ終わり、ポレオはまっすぐナハルの目を見つめながら滔々とうとうと語り始めた。

「ずっと疑問に思っていたんだ。子ども二人で【時計の森】にいたこと。ルシャナが衰弱していたこと。ルシャナに近づく度に君が気を立てていたこと…。

普通じゃない。

僕はクルーシェル領の領主だからね、万が一の為、調べることにした。詮索するような真似をして君たちには悪いと思っているけど…」

ナハルは何も言わない。

表情からも、感情は読み取れなかった。

ポレオは続ける。


「今から約一週間前、【中央の街】のとある村で事件が起こった。随分衝撃的な内容だったから、今はメラトリカ王国中…とまではいかなくても、【中央の街】付近では大きな話題になってるよ。

15歳で成人の儀を受けた際、ギフトを授かることができるのは知っているね?

事件の内容は…その儀式の最中“なんらかの事故”によってギフトが暴走し、参加した村人全員が惨殺される、というものだ」


ナハルが、眉を顰める。

その横でルシャナは青い顔をして立ち上がった。

「ナハル!」

「座れ」

「なんで、どうして……!」

「ルシャナ」

「!」

「これから、ナハルの話を聞こう」

ポレオに宥められて、渋々といった様子で座る。

なんだか怪しい雲行きだ。

ジュークは不安に思いながらも、ポレオの話に耳を傾けた。


「僕が調べた結果、その村は二人を除いて全滅。遺体の状態は酷く、名前を照合できない者もいたそうだ。

そして、一番異様なのは…与えられたギフトを示す『祝福の書』が当日の分だけ破られていたことだ」

「……」

「これをやったのは、君だね?ナハル」

「ナハル…!?」


ナハルは何も言わない。ずっと黙ったままだ。おかしい。今まではなにかとつっかかってきていたのに。

まさか……。


「ああ、そうだよ。『祝福の書』を破ったのは俺だ」

「……」

「ど、どうして」


『祝福の書』とは、儀式をする際に必ず用いられる大切な魔道具だ。魔法使いと同じで精霊に祝福され、加護を受けているものは魔法使いにしか扱えない。

そんな貴重な物をどうして。

それに、村人全員の死とナハルが『祝福の書』を破ったことはどう関係するのだろう。

混乱した状態の頭で必死に冷静になろうとする。自分が拾ってきた子供たちは、ひょっとすると想像よりも遥かに大きなものを背負っているのかもしれない。

問いただしたいのを抑えながら、話を聞こうと姿勢を直した。


「どうしてあれを破ったのか、か…」


それに対してナハルは、目を伏せながら言葉を探しているようだった。

「君たちのギフトが、関係しているのかい?」

ポレオの穏やかな声が今は深く重いものに感じる。ギフト。そうか、ギフトが関係しているなら。


「……ルシャナから、どこまで聞いたんだ」

「彼女が知っていることだけだよ。君たちのギフトと、儀式の後彼女が目覚めてからの記憶」

「私はあの日のことを何も知らない…。

ねぇ、ナハル。もっと早く聞くべきだったと思うわ。あなたにだけ私を守らせて、全部背負わせて…、そんなのやっぱり違うよ。

双子だもの。だからね、話を聞かせて」

嘘は駄目。本当のことを、全部。

言葉にせずとも伝わる視線。

ルシャナは優しそうに見えて、ナハルよりもずっと頑固だ。双子で、家族で、ずっと側にいたからわかる。こうなったルシャナには勝てない。


「わかっ…た……」



          ⭐︎



ナハルとルシャナは【中央の街】にある、普通の村で生まれ育った。

それなりに平和で、それなりに危機も訪れる、どこにでもある村と変わりない普通の村だった。


母親は二人を産んで亡くなってしまい、父親が男手一つで育ててくれた。

村の人たちも協力してくれてはいたけど、やはり男一人で二人も子供を育てるのは大変だったと思う。そんな立派な父親も、数年前に職場の工事現場で事故死してしまった。

以来、二人は村の人や親戚の人に世話になりながら支え合って生きてきたのだ。


「ルシャナ!」

「おかえり、ナハル」

「今日もお土産を持って帰ってきたよ。ほら、綺麗だろ!」


二人はもうすぐ15歳。成人になる。

学校を卒業し、新しい村の働き手としてナハルは忙しくしていた。本当は忙しくするほどの仕事はない。けれどいっぱい働いてお金を稼ごうと思うのは、妹のルシャナのためだ。

ルシャナは生まれつき体が弱く、ほとんど家から出ない。学校にも行けなかったし、同年代の子供と遊ぶこともあまりなかった。ナハルがいる時はナハルと話すから良いものの、いない時は一人で編み物をするか、本を読むか、窓の外を見るかだ。活発な性格というわけではないが、体が弱いだけで外に出られないのは可哀想すぎる。お金を貯めて、お医者様に見せればもしかしたらルシャナの体ももっと元気になるかもしれない。

そんなことを考えながら毎日働いて、綺麗な花を見つけてはお土産に持って帰って、ご飯を食べて、泥のように眠った。


大きな変化などない、普通の日々に転機が訪れたのは、二人が15歳になった日からだった。

まだ“普通の女の子”だったナハルは、これから自分の全てが変わってしまうことなど、全く想像もつかなかった。

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