最終話
「他に質問は? なかったら僕は寝るよ」
リリが眠そうな顔をしながら訊いてくる。
頭を撫でられて気持ちよくなってきたのだろう。それはそれで愛らしくて
「リリは六限目が始まる前に教室を出て行ったけど、そのときにはすでに事件の全容は見えてたんだよね?」
「おおよそはね。残りは保健室で
「すごいねぇ……私なんてリリが空想の物語を話し終わるまでわからなかったよ。
「少なくともミコには、物語を聞かせる前に鹿瀬さんが怪しいと疑いを持つ機会があったんだけどね」
「え……? あったっけ?」
全然思い当たることがないんだけど。
「鹿瀬さんが保健室から戻ってきたときに、彼女はトートバッグと貴重品袋を持っていたよね?」
「うん」
「担任から説明を求められて、鹿瀬さんはこう言った。『ベッドの足元にわたしの着替えとなくなったはずの貴重品袋が置いてあって』と」
「言ってたけど……待って。そのときリリは教室にいなかったよね? なんで知ってるの」
「教室を出て行く前に僕のスマートフォンのボイスレコーダーを起動して、机の中に置いていたんだ。小波渡さんに怒るミコや、
机に伏せながらニヤニヤと笑うリリ。こいつは……。
「で、鹿瀬さんの言葉がどうしたって?」
「わからない? 四限の体育の授業の途中からずっと保健室で眠っていて、誰とも会っていない彼女が昼休みの教室で起きている事件を知る
「あっ……」
言われてみれば確かにそうだ。
盗難に関係している人物でなければそんなセリフが出てくることはない。
全然気づかなかった。
グラウンドで
いつも眠そうにして、実際寝てばかりなのに。
「
「交際期間が十日足らずだからね。僕もちらっと噂を聞いた程度だし、二人はタイプが
「と……十日……?」
いくらなんでも早すぎ……って。
二人の仲が裂かれたのって、仲良くしすぎたのが原因だったような。
「や、梁川さんって……」
「事情を知らなかった当時の小波渡さんは『付き合って一週間でベッドに引きずり込むような性豪は振られてもしゃーない』と思っていたそうだよ」
「えぇ……」
自分の欲望に正直な人なんだなぁ……。さすが女王様。
「まあ、鹿瀬さんのほうから告白して付き合うことになったそうだし、梁川さんが強引に迫ったにしても同意はあったと思うけど」
「ううん……鹿瀬さんは梁川さんのどこに惹かれたんだろう?」
「正反対のタイプが惹かれ合うのは、相手が自分にないものを持っているからだという説があるよ。それが絶対ではないけれど、彼女らはそうだったんじゃないかな」
「ふーん……」
正反対は惹かれ合う、か。
だからリリは――
「梁川さんにデータを消させようと妙に熱の入った説得をしていたけど、どうして?」
「鹿瀬さんとの約束だったからだよ。貴重品をみんなにそのまま返す代わりに、僕がデータを消すように説得するって」
「それだけじゃないでしょ?」
「それだけだよ?」
あくまでとぼける気らしい。
リリが梁川さんに消去を迫ったとき、スマートフォンは持ち主の手に戻っていた。その時点ではスマートフォンの破壊に意味がないとリリに言われて断念していただろうし、リリが鹿瀬さんとの約束を守れなくても破壊されることはない。
なのに、基本面倒くさがりのリリが何が何でもデータを消させるという積極的な姿勢を見せたことが、私にとって違和感の
それに……そのときのリリが、本当に梁川さんを心配しているように見えた。約束を守るために打ち倒さなければならない敵を救おうとしているように思えてならなかったのだ。
それを思うと、嫌な考えがよぎってしまう。
「リリは……梁川さんが好きなの?」
「待って。どうしてそういう結論になるんだ」
「だって……梁川さんを説得していたリリ、ものすごく真剣だったから。あんな必死な顔をしているの、見たことないし……」
「それは真剣になるよ。僕たちは中学生なんだ。未成年のあられもない姿を映した動画や画像なんて、世間的には
「…………」
言い訳? 本心? ……わかんない。
「というか、そもそも……」
呆れたように深くため息をついてから枕にしていた腕から頭を上げて、眠そうな目をとろんとさせながらリリは私を見て微笑む。
「僕が好きなのはミコだけ。梁川さんなんて眼中にないよ」
「そう、なの……?」
「僕が盗まれた貴重品を必死に探したのは、ミコのスマートフォンを取り戻したい一心だったからだよ」
「面倒くさがりのくせに?」
「大好きな
まっすぐに私を見つめて、リリは言う。
その瞳にウソや曇りがまったく見えない。
すべては私の勝手な思い込みだったということだ。
「リリ……ごめんなさい。疑ってごめん」
「不安にさせた僕も悪かったよ。きちんと話しておくべきだったね」
「そんなことない、私が変なことを思っただけだから。ごめん」
「そんな顔しないで。僕は笑ってるミコが好きなんだ」
「私も、好きだよ。大好き……!」
思わず声が大きくなってしまった。
でも、そんなの関係ない。
またやってるよバカップルが。という視線も関係ない。
私の大好きな子が、私を好きだと言ってくれる。
私のために頑張ってくれている。
なんと幸せなことか。
「リリ、キスしていい? キスしたい」
「わがままだなぁ、ミコは」
ふふ、とリリが笑う。
可愛い。好き。語彙力がゼロになるくらい、大好き。
のっそりと
見ているだけで幸せな気持ちになれる。
でも、それだけじゃ足りない。
触れたい。
感じたい。
リリの体温や、鼓動や、吐息を。
小柄な肩を引き寄せ、見つめ合って、唇を重ね――
「あー……盛り上がっているところを悪いんだが……」
野太い中年の声で
「何ですか、先生。空気読んでくださいよ、小波渡さんみたいに」
「すまんな、
「はぃ? 休み時間ですよね?」
「もうとっくに終わってるんだが。俺がここにいるってことは、そういうことだ」
「…………」
壁掛け時計は授業が始まって十五分が経過していることを示していた。
「十秒だけ見逃してください」
「無理だな」
「じゃあ五秒でいいです」
「するな、と言っているんだが?」
「先生は私に死ねとおっしゃるか」
「そこまで⁉」
何を驚いているのか。私にとって、今はそうなのだ。
もういい、先生なんて関係ない。
今はただ、リリとキスしたい。
それだけだ。
「ミコ……」
「リリ……」
じっとリリが見つめてくる。
その可愛らしい桜色の唇が、小さく笑った。
そして。
「ステーイ」
「犬か!」
思わずリリにツッコミを入れると、教室中が爆笑のざわめきに満ちた。
しまった。甘い雰囲気が一気に喜劇のそれに変わってしまった。
この空気の中でキスなんてできない。しても、ギャグになってしまう。
なんということだ……!
「楽しみはあとに取っておくものだよ、ミコ」
頭を抱える私にそう言って、リリは眠そうにとろけた目で微笑んだ。
……うん。確かにそうだよ。
そうなんだけど。
ここまで盛り上がってからのおあずけは、とてもとてもつらいのです。
完
※この作品はフィクションです。
登場する人物・団体等は実際のものとは一切関係ありません。
可愛いリリが頑張る理由 南村知深 @tomo_mina
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