第13話

 リリの空想物語を披露した翌日。

 なんとなく雰囲気がいつもと違ってはいたものの、クラス内に日常が戻っていた。預けた貴重品を一時的に紛失したとはいえ、無事に全て戻ってきたため何が何でも犯人を捕まえたいという人もおらず、それほど問題になっていないようだった。

 まあ、今後貴重品ボックスを使わないとほぼ全員が言い出したのはしかたがないけど。

 紛失に関しては教師がいろいろ調査しているようだが、被害がなかったこともあって、外部の者を介入させてまで調べることはないだろうと思う。そのうち調査も打ち切られるかもしれない。学校って

 ともかく、クラスに平和が戻ったのだった。


「ところでリリ」

「何?」


 私の机に突っ伏してうとうとし始めたリリの頭をなでなでしているとき、『空想の物語』についての疑問を投げかけることにした。


「結局、なんで鹿瀬かのせさんは梁川やながわさんと別れた理由を脅されてもしゃべらなかったの?」

「……ミコ、君はあの話の流れでわからなかったのかい?」

「うん。全然」

「君は小波こばさんに師事して『空気の読み方』を学ぶべきだね」

「それはさておき。なんで?」

「…………」


 皮肉を聞いているヒマなどない。


「空想の話だからね?」

「わかってるよぅ」

「二人が付き合うようになって仲睦なかむつまじくなったころ、鹿瀬さんのところに梁川さんの親か祖父の息のかかった人が来て、梁川さんと付き合うなと脅され、一方的に別れた――というところまではオーケー?」

「うん。スキャンダル対策でしょ」

「もちろんそのことは口止めされているわけだ。梁川さんにこのことが知れたら、家族内に亀裂が入る可能性があるからね。だから鹿瀬さんは口をつぐむしかなかった」

「いや、でも、例のデータえっちなやつをバラまくと言われてたんでしょ? それでも話さないなんて……」

「別れても梁川さんが好きだったから、自分が傷ついても梁川さんの家の平和を願ったってことじゃないかな」


 んー……嫌いになって別れたわけじゃないから、そういうこともあるだろうけど……。


「だったら、なんで別れてすぐに小波渡さんとくっついたの?」

「別れてすぐに他の人と付き合うような薄情な人間を演じて梁川さんに引きずらせないようにしたとか、実は小波渡さんも鹿瀬さんがずっと好きだったから猛アタックをかけて落としたとか、梁川さんと鹿瀬さんが隠れて付き合っている可能性を潰すために恋人になったとか、好きに解釈すればいい。僕のはそこまで作り込んでいないんだよ」

「それが事実なら、小波渡さんと鹿瀬さんのあいだに愛がないことになっちゃう」

「僕には二人のあいだに愛情があふれているように見えたけど」

「うーん……」


 困りごとを打ち明けてくれない(打ち明けられなかった)鹿瀬さんを助けるために盗みを働いた小波渡さんには彼女を想う強い気持ちがあっただろうけど、鹿瀬さんはどう思っているんだろう。梁川さんとは恋人同士に戻れないと吹っ切って、小波渡さんを愛そうとしているのだろうか。

 リリが初恋の相手で、リリ以外に目が向かない私にはわからない心情だ。

 まあ、わからないことを考えてもしかたない。次だ。


「小波渡さんたちはどうして貴重品袋を持って行ったの? 梁川さんのスマホが目的だったら、それだけ抜き取ればよかったのに。そうすれば話がここまで大きくならなかったと思うんだけど」

「理由は二つほど考えられる。一つは、梁川さんのスマートフォンだけ抜き取ると犯人がわかってしまうから。鹿瀬さんを脅しにかかった途端にスマートフォンが盗まれたら、梁川さんの目が鹿瀬さんに向くだろう。あくまで梁川さんを狙ったわけではない突発的な事件というていでデータを消失させたいわけで、それをカムフラージュするために他の貴重品も一緒に盗む必要があった。まあ、こう言ってはなんだけど、他のみんなは巻き添えを食ったんだ」


 やむを得ないと理解はできるが、傍迷惑はためいわくな話だ。


「で、もう一つは?」

「小波渡さんたちは梁川さんのスマートフォンのロックを解除しようとしていたと話したよね。タイムリミットを放課後に設定したのは、みんなが帰宅してしまうと貴重品を返せなくなるからだ。返さずに持ったままでいると、帰宅した人がパソコンや家族のスマートフォンなんかで奪われた端末の現在位置をGPSで調べる可能性があるからね。目的の端末以外はカムフラージュ以上の役目はないし、奪ったのが自分たちだと知られるわけにはいかないから、なるべく無傷で返したいと思っていたはずだ」

「その理屈はわかるけど、ロックが解除できないならそんなこと言ってられなくない? 盗難事件を起こしてでも消したいデータなんでしょ?」

「そうだよ。ロックを解除できなかったら、スマートフォンのデータにアクセスできない。でも、どうしてもデータを消したい。ミコならどうする?」

「私? うーん……」


 梁川さんもちぬしにお願いして消してもらう、なんてのは論外だ。外部からのハッキングなんかも現実的じゃない。それができるなら、そもそもスマートフォン本体を盗む必要がないし。

 そうすると――


「スマホを使えなくする?」

「そうだね。スマートフォンをする。それが手っ取り早い」

「それがどうして袋ごと持ち去る理由になるの?」

「梁川さんのスマートフォンだけ抜き取るのと同様に、彼女のスマートフォンだけ壊れていたら不自然だろう。やはりそれで犯人に目星がついてしまう。そうならないようにするには?」

「え……それって……」


 リリのなんということのない口調で気づかされることに、ぞく、と背筋に悪寒が走る。

 それはとんでもない想像だった。


……?」

「そう。最後の手段だけど、それがカムフラージュとして適当だろうね」

「じゃあ……リリがそれを止めてくれなかったら、私のスマホとお小遣いが昇天していたの……?」

「そうだね」


 あっさりと認めたリリが、崩壊寸前の世界を救った勇者に見えた瞬間だった。

 敬意と畏怖いふを込めて、これからは『リリ様』と呼ぼう。


「それはやめてほしい。恥ずかしいから」

「……声に出てた?」

「思い切り。その呼び方をしたらキス禁止だよ」


 それは困る。非常に困る。

 話を戻して誤魔化すしかない。


「ええと……そうそう、鹿瀬さんが破壊を思いとどまった理由は? リリが説得したって言ってたけど、梁川さんにデータを消させるからと約束しても果たされるとは限らないじゃない。それならスマホを壊したほうが、って思うんじゃ?」

「ミコは小波渡さんや鹿瀬さんと同じで重要なことを見落としているね」

「何を?」

「僕が梁川さんにデータ消去に関して何を言ったか覚えているかい?」

「……? えーと……」


 三人を呼んで話を始めたときのことだっけ、確かリリは――


「……あー、そうか。か」


 私はたいして詳しくないが、クラウドはネット上にある『オンラインストレージ』にデータを預けることで、端末の記憶容量を圧迫することなく大量のデータを保有したり他人と共有したりできるサービスのこと……だったと思う。何かそんな感じ。

 アクセスさえできればデータの閲覧えつらんができるのでバックアップに使われることが多く、端末の故障が起きても不自由しないのが利点だ。

 データは鹿瀬さんとの大事な想い出であり武器だから、きっと梁川さんもバックアップとしてクラウドに保管していただろうという想像は難くない。


「そう。スマートフォン内以外にバックアップがあるなら、端末を破壊しても意味がない。新しい端末を用意すればデータはいつでも持ち出せるからね。それに、仮に梁川さんのスマートフォンのロック解除に成功して端末内とクラウドのデータを消しても、他の返却されたスマートフォンが無事だったら、やはり梁川さんは犯人に気がついてしまうだろう。自分のスマートフォンのデータだけ消失しているんだからね。それで犯人が小波渡さんと鹿瀬さんだとわかったら、どうしてこんなことをしたのか、こんなことをしてまでかたくなに別れた理由を話さないのはなぜなのかと追及が入る。梁川さんの性格だと話すまで引き下がらないだろうし、鹿瀬さんは知らぬ存ぜぬとひたすら沈黙するだけ。平行線だ」

「でしょうね。そんな感じ」

「結局のところ、データを消しても端末を破壊しても梁川さんに事情を話さなければ解決しないことになる。鹿瀬さんたちが望む結果は、鹿んだよ」

「そうか……だから鹿瀬さんは……」


 自分たちのやっていることが無意味だと思い知らされて、リリに賭けるしかなくなったのだ。

 リリにゆだねるとなれば貴重品袋を盗んだ理由そのものが無意味になり、持て余した挙句、貴重品を『わけもわからずベッドに置かれていた』という格好でみんなに返したというわけか。


 しかし、無意味にスマートフォンを壊されていたかもと思うとゾッとする。

 本当にリリの説得が間に合ってよかった。

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