後編

 広間の全員が、息を飲む。


 王と王妃の親臨する宴席で、いきなり何が始まった?


 国王はと言えば、険しく眉を顰めたまま、じっと息子の行動を見ていて止めない。 

 唖然とする人々の視線も意に介さず、ルドは"ソフィアがシルビアに嫌がらせを続けた"と責め、"そんな女は、未来の王妃に相応しくない"とまで断言した。


 "すべてシルビアから聞いている!"

 ルドはふんぞり返って鼻を鳴らす。


 ソフィアがシルビアに手を出したなんて、ありもしない嘘。それが事実無根なことは、彼女に憑いてる俺がよく知っている。そもそもソフィアとシルビアには、接点すらなかった。



 ソフィアは──……。

 言葉もなく呆然と、立ち尽くしている。



(そうだよな、こんな突然の横暴)


 俺は猛烈に腹が立ってきた。

 幼い頃、庭の隅で泣いていたソフィアを思い出す。


 ルドのヤツ、何度ソフィアを泣かせれば気が済むんだ!!


(今すぐ彼女を助けに行けたら……!)


 幽霊なのがすごく悔しい。肉体カラダさえあれば、ソフィアを泣かせたルドを殴り飛ばしてやるのに!



 ……とっくに気づいていた。



 俺は、ソフィアが好きだ。



 はじめは妹感覚だった彼女に、妹以上の感情を抱くようになっていたことは自覚済みだった。


(くそぉ……! ソフィアのピンチに、何も出来ないなんて)



 その時だった。


「待ってください、兄上!」


 広間のざわめきを遮ったのは、颯爽と進み出た若い青年。


(アラン王子?)


 貴族たちの輪が、弟王子アランのために道を開ける。


「ソフィア嬢にはなんの落ち度もありません。いま兄上が述べられたような、男爵令嬢を虐めるような行為など、一切なかった。にも拘らず公爵家のご令嬢を一方的に断罪なさろうとは、兄上こそ王族の資格がないのではありませんか?!」



 俺はギョッとした。

 咄嗟に王妃に目を走らせると、扇子で口元を隠した王妃の目元は、ニヤリとほくそ笑んでいる。


(やっぱりか!)


 シルビアを使ってルドを操り、公衆の面前でソフィアとの婚約破棄。しかもその実態は、証拠も何もない言いがかり。

 ルドの評判は地に落ち、貴族達やラセター公爵はルドを見限り、アラン陣営につく。


(ルド! こんな浅い手にひっかかりやがって! ソフィアが泣くだろ!)


 ルドを見ると、予期せぬ展開に面食らったような表情カオをしている。

 お前なぁ!!


 アランは次に壇上の国王に向かい、尚も言葉を続けた。


「父上! ルド兄上は下位貴族の話を鵜呑みにし、大切にすべき婚約相手を貶めるような人です。このままではいずれ、王家にも破滅をもたらすのではないでしょうか」


 暗に、ルドを地位から外せと要請している。


 国王はしばらく目を瞑り、そしておもむろに口を開いた。


「ルド、己の発言の証拠を示せ。でなくば、お前の行いは王家の信用を失墜させる大罪と見なす。王族としての自覚がないと判断し、王太子としての地位はもちろん、王子として一切の権利を──」


「お待ちください!!」


 国王の言葉を止めたのは、意外にもソフィアだった。


「陛下のお言葉の最中さなか、申し訳ありません。いかようにも罰を受けます。ですが、ぜひ私の話もお聞きくださいませ!!」


 必死の様子で、ソフィアが王の前に身を伏せる。


「ルド様、これまでのこと、もうすべて打ち明けても良いでしょうか?」


 そうソフィアが了解を得ようと仰いだのは、シルビアと並ぶルドではなく、何もない空間に漂う──俺??!!


 "えっ?"


 ソフィアは今、俺を"ルド"と呼んだのか?


「ルド様がタイミングを計られていることはわかっております。故意に、大きな隙をお作りになられましたことも! ですが、このままではルド様ご自身が危のうございます! すでに十分な証拠は揃っております! 言わせてくださいませ!」


(????)


「ソフィア嬢、どういうことか」


 混乱している俺を置いて、国王が冷静な声でソフィアに問うた。


「はい。国と王家を裏切る大罪を企んでらっしゃるのは、王妃様。そしてアラン殿下。ルド様はおふたりの企てを察知し、これまでずっと探っておられました。今夜の騒ぎは、王妃様方がルド様を排除するための茶番劇です!」




 ◇




 ええ──っ?


(ソフィアと俺なら、その疑惑は抱いていた。けど俺の知る限り、ルドは何も探ってないはずだぞ?)


 案の定、シルビアの腰を抱いたままのルドは、ポカンとした顔をしている。

 こいつ本当、反応ニブいなぁ!


 王妃が声を上げた。


「何を言うのです、無礼な! 陛下、その娘は婚約破棄のショックで、頭がおかしくなったのです。取り合う必要はございませんわ!」


「いいえ。証拠はあると申し上げましたでしょう。隠している場所を申し上げますので、すぐにも兵を送り、お確かめください」


 王妃の形相にひるまず、ソフィアが淀みなく話し始める。


 王妃が出身国である隣国と手を組んでおり、アランを玉座につけることで、この国を乗っ取る算段であること。アランが隣国からたくさんワイロを受け取っていること。

 シルビアを通じて盗み出した機密を、王妃が隣国に渡す用意をしていること。


「王妃様の監視が厳しく、表立って動けないルド様に代わり、ルド様からの情報で、私は密かに証拠を収集済みです」


(ソフィア。ソフィア大丈夫なのか? ルドは"初耳だ"って顔してるぞ?)


 彼女が語る内容は、ほぼ俺と話したことばかり。


 王妃と第二王子を相手取って、もし違っていたら。

 ソフィアの罪は、名誉棄損じゃ留まらない。


 止まらない冷や汗に、ないはずの心臓が脈打っていた時だった。


「ええい! 黙りゃ、小娘が!!」


 声とともに王妃が片手を振り上げた。


 仕掛け指輪が光り、ブチンと大きな音を立て、天井にあったシャンデリアがソフィア目掛けて落ちて来る。


「きゃ……!!」


 咄嗟に、


 床を蹴り、落ちるシャンデリアからソフィアを庇って、地に転がる。


 大理石に激突したシャンデリアが派手な音を響かせ、砕けた破片が光をはじいて降り注ぐ。


「え……?」


 腕の中に、生身のソフィア。あたたかな体温と、華奢な肉感が伝わってくる。


(なんで、彼女を抱けて?)



 俺は幽霊で、現世の何にも触れられなかったはずなのに?



 自分の意思で動く腕を見ると、豪奢な刺繍に宝石のカフスが煌めく。


(えっ? えっ? これ、ルドの着てた服?) 


 その途端、強烈に頭が痛んだ。


 同時に大量の記憶が、一気に流れ込んで来る。


 かき混ぜられる意識の中で理解したのは、日本で生まれ変わる前の、前々世の自分。



(あっ……)



 ルド王子は、かつてこの断罪劇の後、"ざまぁ"されて追放の憂き目に遭った。


 ソフィアを害したため、彼女の実家である公爵家から詰められ、苛烈な報復を受けたからだ。もちろん"真実の愛"の相手シルビアとやらには、手酷く裏切られている。


 ソフィアはその後、アラン王子の求婚を受け入れた。


 しかし程なくして隣国に攻め入られ、アラン王子が母国を裏切ったことを知ったソフィアは、彼の妻となっていた己を恥じ、自害。

 ソフィアの訃報に衝撃を受けたルド自身も、戦乱であっさり命を落として……。


 ソフィアへの強い悔恨を抱いた魂は、天にも昇れず、異界を彷徨さまよった。

 そして日本人として生まれ変わり、過去世を忘れて過ごしてきたけれど。



 は、この国にあった。



 、この世界で幽霊になった?



(つまり──)



 ──?!



 だけどソフィアが断罪回避をした今、歴史が変わってルドも死ななくなり、結果、転生自体がなかったことになった。──そういうことか?


(それで今、俺の魂は……)


 "マコト"も無かったことになったんだろうか。

 確認しようがない。どのみち死んでるし、戻れもしないしな……。



 まだ、夢の中のような感覚のまま、腕の中のソフィアを見る。


 と、目を閉じていた彼女が身じろぎをした。


「あっ……、ごめん、ソフィア、俺……」


 めちゃくちゃ久しぶりに、自分の肉声を聞いた。ルドの声で。


「うぅ……。申し訳ありません、ルド様。ルド様はずっと機を見て、我慢されていらっしゃったのに」


「!」


 そっと開いた青い目は、に向けてくる目で、微塵の驚きも動揺も感じられない。

 彼女がとても自然に、"マコト"を"ルド"と認識している様子に、俺の方が戸惑った。


(もしかして初めからソフィアには、"マコト"がルドとしてえていた?)


 思い返せば彼女は、初対面からずっと"マコト"に丁重だった。


 いやいやいや、でも俺がソフィアと会った時、俺は十七歳だったから、わからないはずだ。

 身長差で、ソフィアは俺をいつも見上げてたし。


(あ。どっちにしろ、プワプワと浮いてたか)


 え? 出会った時の俺、まさか子どもに見えてたの?


 それはセルフイメージと違う……。

 俺の中で"マコト"は、黒髪黒目でソフィアと接しているとばかり……。


 幽霊は鏡に映らない。体重もない。

 だから、気づくこともなく思い込んでいたけど、もしかしたら、もしかする?



 首を傾げていると、背中から声が飛んだ。


「ルド。ソフィア嬢。無事か?」


 気づけば国王が、まっすぐに俺とソフィアに視線を向けている。


 王妃は衛兵に拘束されていた。「途方もないホラ話を聞いていられなかった」と叫んでいるが、ソフィアの口を封じようとしたことは明白。


 アランの周りにも兵がつき、いつでも連行できる状態だ。

 きっと証拠が確認され次第、罪を問われることになるのだろう。



「怪我がないなら、ソフィア嬢が言っていた件、そなたの口から報告せよ」


 国王の向こう側に、ルドに放り出されて床にへたり込んでいたシルビアが見えた。


(ええっと……)


 俺はソフィアと、目を合わせた。





 ◇





「まいったぁ~~」


 すっかりヘトヘトになり、王宮のソファに沈み込む。


 十数年ぶりの重力がこたえる。

 飛びたい。ああ、飛びたい。


「ルド様……」


 心配そうに、ソフィアが覗き込んで来る。

 あの後は怒涛の展開だった。一連の騒ぎの後、ようやく事態の収拾を見、こうしてルドの部屋で休息時間が取れた。


「大丈夫だよ、ソフィア。ありがとう」


 そう返すも、ソフィアの青い瞳はちっとも安心とかしてなくて。

 苦笑しながら彼女にも座るよう促すと、すごく自然に隣に腰かけて来た。


 幽霊時の距離感の名残だと思う。



 ルドにあれだけ邪険にされてたのに、ソフィアがルドを信頼していた理由がわかった。

 彼女は、俺の言葉こそがルドの本心だと受け取っていたようだ。



 本家ルドは。

 前々世の俺は、ソフィアの素晴らしさにも気づかず、真面目で堅物カタブツの彼女を敬遠してたっけ。


(愚かだったな……)


 ソフィアが揃えた証拠は、王妃たちの陰謀を暴くのに十分なものだった。

 王妃、アラン、シルビアは今、反逆罪で捕まっている。


 夜会での王妃は、シルビアを通じて操っていたはずのお馬鹿王子ルドが、逆に自分たちを探っていたと聞き、動転したらしい。

 それで思わずソフィアに手を出し、自ら馬脚を現した。

 王妃も短絡だったが、それだけ油断しきっていたということだ。ルド=無能というのは正解過ぎて、自分で哀しい。


 過去シルビアが持ち出した機密は、ルド経由。


 下手すれば情報漏洩の一端を、ルドが担ったという恐れもあったのだけど。

 ルドの書類は絶妙に数値がダミーで、万一隣国に渡っても、役に立たないどころか攪乱させるような代物シロモノだった。


 ソフィアは「さすがです」と言ってくれたけど、当のルドは勉強をサボっていたから、きっと本気で間違えてただけだと思う。

 言うまい。


(良かったぁ、今の俺。ソフィアと一緒に勉強してて、ホント良かったぁぁぁ)


 でもソフィアは俺が初めから、王妃監視をのがれて、ソフィアに本心を伝えるため、魂を分離したと思っている。

 前々世のことは全部忘れてたし、彼女にそれを伏せているというのは……。


 とてもズルイことなんじゃないだろうか。


「あのさ、ソフィア。俺、嘘いたというか、言えてないことがあるんだ」


 恐る恐る彼女に告げると、ソフィアも俺の目を見返して、衝撃の発言をした。


「私も。ルド様に嘘をいて、言えてないことがあります」


「えっっ??!!」


 思いがけない彼女の言葉に、本気で驚きの声が出る。


(ソフィアが嘘? だって俺たちずっと一緒にいたのに? 秘密とかあった??)


「ずっと以前、ルド様と手をつないでみたいと申し上げましたが……」


(うっ、言ってたね。え、俺と手をつなぐのイヤ?)


「私は……本当は……、手だけではなく……」


 ふいに、視界がふさがれた。

 大接近したソフィアの顔で。


「!!」


 とても優しく温かく、柔らかいソフィアのくちびるが触れていた。

 鼻腔に届く、甘い香り。


(~~~~!!)


「はしたないとお思いでしょうが、こうして触れることが出来るルド様と……。恋人たちがするように、イチャイチャしてみたかったのです!!!」


 真っ赤になって目をそらしながら、ソフィアが吐き出す。


(っつ──! なんだそれ、可愛すぎるだろ、反則だ!!)


 一気に心のスイッチが入る。


「ソフィア、俺も! 俺だって、きみに触れたくて──」


 ああっ、待て。

 触れる前に、通すべき筋がある。


「愛してる、好きだ。ずっと一緒にいて欲しい」


「……っつ。はい……! はい、ルド様!!」


 そんなソフィアの目尻に光る涙粒を、指でぬぐう。


 あの日、庭の木で泣いていたソフィアの涙をぬぐえなかった分。

 今後、彼女が涙を流すのは嬉しい時だけ。そうなるよう、全力で努力したい。



 異世界の話はいずれまた、ゆっくりと話していこうかな、って思う。



 室内のふたりの影が再び重なったことは、窓外まどそとの木だけが知っている。

 今度こそ、幽霊なんていないよな!?

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異世界で幽霊はじめました。~俺が憑いた公爵令嬢は、断罪劇を自ら回避する! みこと。 @miraca

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