第12話 私の恋心に気づいて
夜会の後、リディアはリナリアの元へと駆け寄り、そのままの勢いで抱きついた。
「あなたがいなければ、何も出来なかったわ」
「大袈裟ですよ」
「ううん。大袈裟じゃない。婚約も続行してもらえるし、ヒース様が私のことを‥‥‥」
彼女はポッポッと顔を赤らめた。彼は、他の女の言葉に惑わされてしまうほどの大馬鹿者だったが、大切な人をぞんざい扱うほど愚か者ではなかったようだ。
気持ちを確かめ合った二人は、未来の王国を作り上げていくのだろう。
「報酬はまた今度、渡すわね。今日は王宮に泊まって行くつもりだから」
「あ、そうなんですね」
彼女は髪先を指に絡めて、モジモジしている。彼女の様子から察するに‥‥‥そういうことなのだろう。彼女の様子を見て、リナリアにも照れが伝染してしまう。
リナリアは初々しい熱に当てられて、顔元をパタパタ仰いだ。
「あ、でも。あなたたちの帰りの馬車は用意しているから、安心してね」
「ありがとうございます」
リディアが気を遣ってくれたみたいだ。帰りは転移魔法を使ってもいいかなと考えていたのだが、魔力の消費も考えると、正直馬車は有り難い。
ふと、リディアが再びモジモジしていることに気づいた。どうしたのかと問うと、彼女は顔を真っ赤にして口を開いた。
「あの、敬語やめてもらってもいいかしら?」
「どういうことですか?」
「あなたにタメ口で喋って欲しいってことよっ」
貴族に平民がタメ口をきくなんて、不敬罪に問われることもある。けれど、彼女はそんなことしないのだろう。
リナリアは、彼女に対する信頼感が芽生えていることを感じた。
「分かった。じゃあ、また会うことがあれば、そうさせてもらう」
「ありがとう‥‥‥!」
彼女はパッと顔を輝かせた。またね、と手を振って彼女と別れる。振り返ると、ずっと彼女が手を振ってくれているから、少しだけ笑ってしまった。
そんな嬉しそうなリナリアの様子を見てルカは、
「友達が出来て、よかったですね」
と言った。
⭐︎⭐︎⭐︎
リナリアとルカは二人で、王宮の庭を歩いていた。リディアは王宮に泊まって行くそうだが、公爵家の馬車は二人を送っていってくれるらしい。
他の貴族たちはもう帰った後らしく、辺りは静まり返っていた。
「ふぅ。疲れたな」
「そうですね。今日は外食でもしますか?」
「それいいな! ルカは何食べたい?」
「リナリア様と食べるなら、何でもいいですよ」
くだらない会話をしながら、帰路につく。今日は慣れないことをした。
「あ、リナリア」
「へっ?!」
突然、ルカに名前を呼ばれてリナリアは動揺した。しかも、呼び捨てだ。非常に親しい関係でしか出来ない「呼び捨て」だ。
リナリアは手で顔を覆いながら、ざっとルカから距離をとった。
「な、な、な、なんだ、急に!」
「え?」
「急に、名前を呼び捨てなんて‥‥‥!」
「ああ、そういうことですか」
ルカはクスクスと笑って、リナリアの手を引いた。そして、リナリアを無数の小さな花が咲いている場所まで連れてきた。
それは王城に入る前、ルカがリディアをエスコートしている時に、リナリアが見つけた花だった。
「俺はこの花を見つけただけです」
「この花を?」
「この花の名前は“リナリア”と言います」
「リナリア‥‥‥」
白や黄色や紫。彩りどりの小さな花が風に揺られている。リナリアはそっと花びらに触れて、自分の腹に刻まれている魔法陣のことを思い出した。
(なぜ、私と同じ名前を持つ花が魔法陣に刻まれているんだ?)
ドクン、と胸が音を立てた。
(そもそも、なんで、このような呪いを受けたんだ)
呪いがなければ、とっくにルカに想いを告げられていたのに。心置きなく、彼と両思いになれていたのに。
(なんで‥‥‥)
「リナリア様」
ルカはリナリアの黒髪をひと束持ち上げて、その髪先に唇を落とした。
「な、な、な、な、なんで?!」
「リナリアの花言葉を知っていますか?」
「し、知らない」
彼はリナリアの髪を耳にかけて、後ろ髪をときほぐす。リナリアは、その艶やかな仕草に心臓の音が早まっていくのを感じた。
ルカはクスッと笑って、リナリアに囁いた。
「花言葉は、“私の恋心に気づいて”」
「え?」
リナリアにかけられた「愛する人に愛を伝えると、死ぬ」呪い。その呪いと照らし合わせると、なんて皮肉な花言葉なのだろうか。
リナリアの複雑な気持ちを知らずに、ルカは
「リナリア様は、知っていますか? 俺の焼けるような恋心を。あなたが好きで堪らないってことを」
リナリアを見つめるルカの瞳は、いつも以上に情熱的だ。甘い雰囲気と彼の熱に、クラクラしてきた。
月明かりの下、二人きり。
このままでは雰囲気に流されてしまう。そう思ったリナリアは、すぐに彼から距離を取った。
「知っている。君が毎日伝えてくるせいでな!」
「そうでした」
ルカはリナリアの髪からパッと手を離して、にこにこ笑みを浮かべている。相変わらず、余裕綽々な表情だ。
リナリアは自分の余裕のなさを悟られないよう、すぐに立ち上がって帰り道の方向に歩き始めた。
「行くぞ。公爵家の馬車を待たせてる」
「はい」
ドキンドキンと、まだ胸が鳴っている。それを隠すため、リナリアは足を早めた。
なんで、こんな呪いがかけられているのか分からない。この呪いにどんな意味があるのかも‥‥‥
何も知らない。けれど、ルカが自分を想ってくれている気持ちだけは確かだ。今はそれだけで充分だと思う。
リナリアは切に願った。
どうか、私の恋心は気づかれませんように、と。
第二節「悪役令嬢の恋」終
「愛する人に愛を伝えると死ぬ」魔女は、使い魔から溺愛されている 夢生明 @muuumin
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