第11話 魔女の加護





 王宮の夜会会場には、国内有数の貴族たちが集まっていた。


 宝石の散りばめられたシャンデリアは、会場を仄かに照らす。その灯りの元で、美しく着飾った紳士淑女は楽しげに囁き合っている。


 そんな中、リナリアとルカは使用人らしく振る舞いながら、会場の中でリディアの婚約者が現れるのを待っていた。


 事情を知らない人に怪しまれることもあったが、「リディア様のお付きです」と言えば、すぐに解決した。


 当のリディアは、他の高位貴族と談笑している。その姿を見て、複数人の令嬢はコソコソと陰口を言っている。


「ほら、リディア様はエスコートしてもらう方がいないみたい」

「やっぱり婚約破棄の噂は、本当なのかもね」

「仕方ないわよ。条件が合っただけで、無理やり婚約していたのだから」


 煌びやかな世界の裏に隠されている悪意。リディアはこんな世界の中心で強く生きているのだ。悪意に晒されながらも、リディアは堂々と優美な振る舞いを崩さなかった。


(すごいな‥‥‥)


 自分には縁遠い話。一生関わることのないような場所。リナリアは、そんな場所で懸命に生きているリディアを尊敬した。




 やがて、会場の入り口から歓声が上がった。


「王子殿下のヒース様だな」


 リディアの婚約者であるその男は、白い礼服を身に纏い、歓声に包まれて入場した。そして、彼の隣には‥‥‥


「やっぱり、男爵令嬢のルーナ様がいるみたいだな」

「そうですね。リディア様が言っていた通り、今日婚約破棄をするつもりなんでしょうね」


 男爵令嬢・ルカを連れたヒース王子は、まっすぐリディアの元へと向かった。


 会場は静まり返り、皆が王子とリディアの動向に注目している。大衆の目に晒される前で、ヒース王子は口を開いた。


「リディア・スノールフ! 今日は君に話がある! 君との婚約を‥‥‥」

「お待ち下さい、ヒース様」


 ヒース王子の言葉を遮って、リディアが尋ねる。王子は自分の言葉を遮られたことに動揺している。


 その隙に、リディアは男爵令嬢・ルーナの方を向いた。


「ルーナさんは、婚約者のいる男性に手を出すとはどういうことか存じてらっしゃらないのかしら?」

「え? 私はそんなつもりなくて‥‥‥」


 ルーナは目をうるうるさせて、ヒースの腕に絡みついた。


「私はヒース様がリディア様との関係に悩んでいるようだったから、励ましていただけですぅ」


 彼女はあくまで「ヒースのため」というスタンスを崩さない。そして、天然であざとい女を演じながら、リディアを煽っていた。


「それでは、ルーナさん。あなたを呼び出した時に、あなたがわたくしに言った言葉はなんでしたか?」


 リディアがルーナを呼び出し、殴ってしまった時のことだ。ルーナはリディアを煽って殴られた時ことを思い出したのだろう。

 彼女は目を泳がせながらも、コテンと首を傾げた。


「私、覚えて‥‥‥」


 自白魔法をかけるなら今だ。


 リナリアはルカの背中に隠れて、魔法陣を展開した。


 誰かに魔法陣が見られないか不安だったが、会場にいる貴族はリディア達に注目しているため、誰にもバレずに済んだ。


「どうなのかしら、ルーナさん?」


 自白魔法をかけられたルーナの目は、既に光を失っている。そして、彼女は「自白」を始めた。


「あの日、私は”貴女に魅力がないのがいけなくて、私悪くなくないですか?”と言いました」

「ルーナ?!」


 ザワリ、と会場がざわついた。リディアはそのままルーナに問い続けた。


「じゃあ、あなたがヒース様に近づいたのは?」

「リディア様を押し除けて、私が王妃になりたかったからです」

「ヒース様にはどんな嘘をついてきたの?」

「リディア様からいじめられている、リディア様は王子の婚約者が嫌になっているという嘘をつきました」


 ヒース王子は、思わぬルーナの告白に驚いて、言葉が出てこないようだ。何度も口をパクパクとさせている。会場内の貴族達も、新事実にざわつき始めている。


「じゃあ、次の質問に‥‥‥」


 そこで、ヒース王子が前に出てきて、リディアの言葉を遮った。


「ちょっと、待て! リディアが俺の婚約者であることに嫌気がさしているっていうのは、嘘なのか?!」

「はい。そうです」

「そんな。知っていたら、こんなことしなかったのに‥‥‥」


 ヒース王子は「ルーナのついた嘘」に驚いているようだった。ルーナに騙されていたことや彼女の本性は、さほど気に留めていない様子だ。


 どういうことかとリナリアは頭を捻らせる。すると、そばで彼らの様子を見ていたルカが、ポツリと呟いた。


「ヒース様は本当はリディア様が好きだったのでは?」

「え?」


 ヒース王子はリディアを避けていたのではないか。ルカの考えでは筋が通らないと思ったのだが。


「リディア様が王子の婚約者を嫌がっている誤解していたから、リディア様を避けてたし婚約破棄もしようとしていたのでは?」

「‥‥‥確かに、それはあり得るな」


 リディアとヒースの仲は元々良好だったと聞いている。

 二人の仲が拗れ始めたのは、リディアが熱を出して夜会を休んでからだと言っていた。

 具合が悪くなった大切なパートナーに、ヒースは嫌な想像をしてしまったのかもしれない。

 そこに、ルーナが「リディア様はあなたの婚約者であることを嫌がっているみたい」ということを伝え続けていたら、どうなるだろうか。


 その人が大切であればあるほど、相手に対して盲目になる。普通ならすぐに嘘だと見破れることでも、判断力が鈍ってしまうのだ。



 すべて想像だ。しかし、それが本当なら‥‥‥


 リナリアは自白魔法を保ちながら、新たな魔法陣を編み、リディアに繋げた。

 脳内に直接話しかけることが出来る簡易型の通話魔法だ。


『リディア様』

『え?! どうやって話しかけて‥‥‥』

『魔法で脳内に直接です。時間がないので単刀直入に言いますが。今から、ヒース様にも自白魔法をかけます』

『え? なんのために?』

『理由は後で分かります。本音を聞くために、“勇気を出して”下さいね』

『え? え?』


 リナリアはそれだけ伝えて通信を切った。すると、すぐ横で通話を聞いていたルカが、リナリアの肩を掴んだ。


「王家に自白魔法をかけるなんて正気ですか?! 男爵令嬢ならまだしも、王家相手では極刑もあり得ますよ!」

「確かにそうだな」


 自白魔法なんて、やろうと思えばいくらでも悪用できる。それを国家の要たる王子にかけるなんて、バレたらタダでは済まないだろう。捕まれば、殺される可能性だってある。けれど‥‥‥


 リナリアはルカを見つめて、不敵に微笑んだ。


「じゃあ、その時は一緒に逃避行でもしようか」

「っ」


 ルカは虚を突かれた顔をして、片手で顔を覆った。


「嫌か?」

「‥‥‥嫌じゃないです。何かあったら、俺がいつでも連れ出します」

「ありがとう」


 バレたら殺される可能性もある。けれど、ルカが付いているのだ。それだけで、リナリアは勇気が湧いてくる。


「自白魔法をかける。リディアに合図を出してくれ」

「分かりました」


 魔法陣を作り出し、その魔法をヒース王子にぶつける。白銀の魔法陣が輝き、一瞬だけヒース王子を包み込んだ。


「今!」


 ルカがすぐに合図を送るが、リディアは喋り出さない。よく見ると、リディアの手は震えていた。

 言葉を交わさないと、自白させることは出来ない。魔法ではどうしようもない。ヒース王子の目の前にいるリディアが聞くしかないのだ。


 しばらくして、彼女はグッと拳を握って、口を開いた。


「ヒース様。なぜ、わたくしを避けていたのですか?」

「君が俺の婚約者であることが嫌だと聞いたからだ。そのストレスゆえに、ルーナにもキツく当たってしまっているのだと勘違いしていた」

「婚約破棄しようとしたのは?」

「俺が婚約を解消すれば、君も解放されるのではないかと思っていた‥‥‥」


 自白魔法にかけられているため、王子の目には正気が宿っていない。しかし、その人表情からは彼の悲痛さが滲み出ていた。


 それはリディアにも伝わっているのだろう。彼女は震える声で、最後の質問をした。


「‥‥‥わたくしのことを、どう思っているのですか?」

「誰よりも大切で、大好きだと思っている」


 リディアは驚いて、目を見開いている。


 二人の会話に耳をすませて静まっていた貴族達が、再びざわつき始めた。そのタイミングで、リナリアは自白魔法を解いた。


「俺は一体‥‥‥」


 自白魔法が解けて混乱するヒース王子に、リディアは抱きついた。


「リディア?!」

「婚約破棄なんてしたくないです」

「‥‥‥」

「本当は、わたくしも大好きです」


 二人は会場の中心で抱きしめ合う。ただの政略結婚だと悪口を言っていた令嬢たちは、悔しそうに二人の姿を見ていた。


 実は、「リディアが婚約者のことを好きなのではないか」というのは、少し前から予想していたことだった。


 彼女は最初「惚れ薬」を使うことに拘っていた。

 それに、リディアとルカの会話を聞いて、彼女は「どうせわたくしと違って、、、、、、、、、両思いなんでしょう?!」と言っていた。好きな人と両思いになれないもどかしさから発せられた言葉だと考えると、自ずと彼女の気持ちは見えてくる。



 リディアの恋の行く末を見届けて、リナリアはホッと息を吐いた。


「紆余曲折あったが、無事に作戦が成功してよかった」

「リナリア様の”勇気を出すための魔女の加護”のお陰ですね」

「ああ、本当は加護なんてかけてないぞ」

「え?」


 ルカの驚いた表情に、リナリアはクスッと笑う。


「魔法なんて込めていない。彼女がヒース様に本音を聞けたのは、彼女自身の勇気だよ」

「そうだったんですね」

「むしろ、護られていたのは‥‥‥」


 チラリとルカを見上げる。ルカがそばにいてくれるという安心感は、いつだってリナリアを守ってくれる。

 今日だって、迷わず王子に自白魔法をかけられたのは、ルカがいてくれたからだ。


「どうしたんですか?」

「なんでもないよ。それより、早くここを出て、外でリディアを待とう」


 そうして役割を終えた二人は、貴族の夜会会場を後にした。

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