第10話 王宮へ




 リナリアは、公爵家の一室にいた。部屋の中には、見るからに高そうな壺や理解し難い芸術的な絵画が複数置かれている。何かを壊してしまわないかと、どうにも気分が落ち着かなかった。


 リナリアは自分の着ている服の裾を摘んで、リディアを振り返った。


「この服装で大丈夫ですか?」

「よく似合っているわよ。ほら、自分で見てみなさい」


 リディアは大きく頷いて、リナリアを鏡の前まで連れて行く。


 鏡を見るとそこには、スカート部分が膨らんでいるワンピースと、フリルのついた白いエプロンを着た自分がいた。リナリアが身につけているのは、メイド服というものだ。


 さて、こんな格好をしているのには事情がある。リナリアの考えた“作戦”を実行するためだ。


 リナリアの考えは次の通りだ。


 リディアは婚約者から夜会のエスコートを申し入れられていない。そのため、婚約者は浮気相手の令嬢を連れて来る可能性が高い。

 また、リディアが得た情報では、王子はその夜会で婚約破棄をする予定で動いているらしい。


 皆の前で婚約破棄されれば、当然目立つ。


 そこで、婚約破棄される直前に、男爵令嬢に自白魔法をかけるのだ。王子を騙していたことを含めて真実を洗いざらい話してもらい、婚約破棄を有耶無耶にする作戦だ。


 そして、作戦を実行するためには、リナリアが夜会に参加する必要がある。

 そこで、公爵令嬢の使用人として、夜会の中に紛れ込むことにしたのだ。メイド服はそのための変装だった。


 ちなみに、ルカは別室で着替え中である。この部屋には、リナリアとリディアしかいない。


「これで、バレないですかね?」

「私の使用人として押し通すから大丈夫よ。それより、作戦方は、本当に上手くいくのかしら?」

「上手くいくと思います。けど、過度に期待はしすぎないで下さい」


 失敗した時に、こちらの責任を追及されては困る。前に彼女は、惚れ薬を作らなければ公爵家の力を使って私達を追放すると脅してきた。もしも、作戦が上手くいかなかったことにより、また脅されては堪ったものじゃない。


 そう思って、敢えて冷たく突き放したのだが。


「い や よ! 絶対に成功させて、婚約破棄を止めるんだから!」

「‥‥‥そんなに、婚約破棄したくないんですね」

「これまで王妃になるための努力をしてきたのは、わたくしよ。ポッと出の女なんかに奪われたくない!」

「なるほど」


(あれ? 婚約破棄したくないだけなら、惚れ薬に拘らなくてもよかったんじゃ‥‥‥)


 そう思い至った時、コンコンと扉をノックする音がした。


「リナリア様、入ってもよろしいでしょうか?」

「大丈夫だ」


 部屋の扉が控えめに開く。入って来たのは、別室で着替えていたルカだ。

 彼はリナリアの姿を目にした途端、床に崩れ落ちた。


「リナリア様が尊い‥‥!」

「ああ、うん」

「リナリア様がなんでも似合うことは知っていましたが、可愛らしさがルカの予想を超えてくるなんて、何度俺を籠絡すれば気が済むんですか。何度でもお願いします」

「分かったから落ち着け」


 リナリアは、ルカの腕を引っ張り起こす。そして、彼の装いを改めて見た。

 白いシャツに長い背広のジャケット、きっちり締められたネクタイ。彼が着ているのは執事服だ。


(ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛、やっぱりかっこいい)


 いつもとは違う装いに、リナリアは胸をときめかせた。

 ルカはずっと「かわいい、かわいい」とリナリアを褒め称えている。彼の言葉を受け流しつつ、リナリアも気持ちがバレない程度に彼を褒めることにした。


「まあ、君も似合ってるんじゃないか」

「リナリア様にお褒めいただき、幸せです。幸せです」

「二回言わんでよろしい」


 と、そこまで会話をして気づいた。すぐそばには、リディアがいるということに。


「あなた達って、本当に恋人じゃないのよね? いつもそんな感じなの?」

「はい。俺の片想いです」

「ふーん」


 リディアは意味深に頷いて、リナリアに目線を送った。


「準備が整ったみたいね。馬車に乗って、王城へ行くわよ」




⭐︎⭐︎⭐︎





 満天の星空の下、数多くの貴族達が馬車から降りて、王城の玄関へと向かっていく。


「使用人を連れている方は、意外と少ないんですね」

「そうね。夫や婚約者にエスコートされているから、必要ないのよ。わたくしはいつもお兄様に頼んでいるのだけど‥‥‥」


 リディアはルカに手を伸ばした。


「今日は生憎、予定が合わなかったみたいだから、貴方がエスコートして下さる?」

「しかし‥‥‥」

「入場時にエスコート相手がいないのは、恥ずべきことなの。玄関先まででいいから、お願い」


 ルカはリナリアを気にして、彼女の要望に応えかねているようだった。


「ルカ、やってあげてくれ。私は後ろから付いて行くから」

「‥‥‥分かりました」


 ルカは不満げにしているが、リナリアの言葉に素直に従う。

 彼が手を差し出し、リディアがその上に手を乗せる。優美で完璧な所作だ。


 後ろから見ると、まるで二人は恋人か夫婦のようだ。自分が許可したことなのに、その姿にどうしてもモヤモヤしてしまう。自然と視線は下がっていった。


「ん? あれは‥‥‥」


 下がった視線の先で、何本も花が咲いていることに気づいた。一本の茎にたくさんの小さな花が咲いており、その姿は可憐で可愛らしい。


(この花、どこかで見たことがある気がする)


 しばらく頭を捻らせて、気づいた。リナリアの腹に刻まれている呪いの魔法陣の周りには、花や蔦が巻き付いている様子が描かれていた。その魔法陣に描かれている花と、ここに咲いている花は似ている。


「リナリア様? 大丈夫ですか?」

「っ、ああ!」


 ルカに呼ばれて、二人と少し離れてしまっていたことに気づいた。リナリアは慌てて二人を追いかけたため、その花のことはすぐに忘れてしまった。






「それじゃあ、エスコートありがとう」

「いえ。リナリア様に命じられたことですので」


 やがて夜会会場の前まで辿り着き、リディアはルカから手を離した。


「それでは。魔法をかけたことがバレないよう、少し離れた位置から様子を窺っておきます」

「誰かに怪しまれたら、わたくしの名前を出してちょうだい」

「分かりました」

「浮気相手の女の鼻を明かしてくるわね!」


 リディアは、美しいカーテシーをして不敵に笑った。


(うん。この様子なら、作戦通りに動けそうだな)


 そう思った時に、気づいた。気丈に振る舞う彼女の手が、震えていることに。


「少し待って下さい」


 リナリアはリディアを引き留めて、彼女の手を握った。そして、握る手に力を込める。


「何をしているの?」

「リディア様が勇気を出させるよう、魔法をかけました。”魔女の加護”です」

「‥‥‥」

「終わりました」


 リナリアがそう伝えると、彼女はクスッと笑った。もう、リディアの手は震えていない。


「ありがとう」


 そして、今度こそ彼女は一人で会場内へと入って行った。

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