EP08 エピローグ

 個人の屋敷の中に、私用の教会が建っているだなんて、ここはほんとうに日本なのだろうか。


「……あ、あ、あの……わ、わ、わ、わたしが……ふ、福笑い女優霊……です……今回は、あ、あ、煽るようなことばかりして、ご、ご、ごめんなさい……」


 不意に家の前に横付けされたリムジンに乗せられて、広大な敷地内に建っている教会の礼拝堂に案内された美咲とわたしは、小柄な女の子に必死で謝られていた。


 女の子は10歳くらいの子供で、祭壇に身を隠しつつ、ちら、ちら、と顔だけを時々出してきて、か細い声で謝っている。


「えーーーっ!? 福笑い女優霊さんって、わたしに恋い焦がれる大企業のイケメン御曹司じゃなかったのーっ? 子供じゃーん! でも、超ヤバい、マジかわいい~! もふもふさせろー!」


「ひっ?」


「怯えてるでしょ、美咲。やめなさい。あ、あれ?」


 この子はかなり見た目が個性的だ。髪の色が白いし、瞳は兎のように赤い。顔立ちは日本人そのものなのに、色素が薄い。アルビノ体質なのかもしれない。


「あなたはもしかして、美咲が噂していた大学のカドマくん?」


「ソレダー! あの都市伝説の子供は実在したんだ! まさかうちの常連コテハンだったとは!」


 そうだ。美咲とはじめて教室で会話した時に出て来た、大学の都市伝説。カドマくん。


 てっきり男の子だと思っていたけれど、女の子だったんだ。


「あ、は、はい。そ、そうです……わ、わたしの本名は、三鱗門馬と言います……」


 名前に聞き覚えが……三鱗本家! 福笑い女優霊さんの正体が気になって、グループ企業の組織をいろいろと調べたけれど、まさか本家の人だとは想像もしていなかった。


「お、お、男の子と間違えられることもありますけど、お、女です……ね、年齢は、10歳です。せ、専攻は数学ですが、趣味は歴史です……と、と、飛び級で大学に進学しました……不登校ですみません、すみません」


「えーっ、すごっ? 10歳で大学生っ? マジ、天才じゃんっ?」


「……わ、わたしは日光に弱くて、ひ、昼間に外出するとすぐに倒れるので、不登校に。そ、卒業はできますから……し、試験は満点取ってますし……い、い、家のゴリ推しの圧力もありますので……だ、大学に大量に献金してますから」


「そうなんだ! かしこいんだねー! いつも投げ銭と情報提供ありがとー! 『赤い部屋』取材では、不動産屋との交渉からマスコミ対策まで、なにからなにまでやってくれて、ほんとに助かったよー! おかげで、屋敷に突撃した三人も、消えた常連も、みんな戻ってこられたよ!」


「あ。はい。わ、わたしは、し、指示をしただけで、実務はぜんぶ、執事のアルフレッドがやってくれました」


「執事いるんだ! アルフレッドって、なにそのあまりにも執事すぎる名前? すごっ!」


 10歳で大学に進学して数学を研究している天才少女と、美咲が配信している、数ある心霊系チャンネルの中でも屈指の頭の悪さを誇る「怪ぶつっ!」の間に、なんの接点も見えないのだけれど?


 趣味が歴史という一点で、ぎりぎり関係ある……のだろうか?


「門馬ちゃんは、どうして美咲のチャンネルを支援してくれるの? どこでチャンネルを知ったの? 第1回配信の時から福笑い女優霊さんはコメント欄にいたって、美咲が言っていたけど」


「……あ、あ、じ、実は入学式の時に美咲さんを見かけて……元気で明るくて生命力に溢れていて、羨ましいなあ……と憧れていたら、突然Youtubeで美咲さんの心霊チャンネルがはじまって……た、ただ、計画性がない感じだったので、『椅子の男』役を務めてこっそり美咲さんを補佐してました……黙っていて、す、すみません……」


「そうかー、そうだったんだー。ありがとう、ありがとう! 門馬ちゃんも、心霊スポットとか好きなの?」


「……し、心霊スポット好きというより、怪異が語られる土地や建物に纏わる、歴史的な因縁を解明していく作業が好きで……う、うちは、ふ、不動産業が本業の柱なので……そういう土地・物件や古い家系の因縁話をたくさん蓄えていましたから……きょ、興味を持って……」


 あっ。そうか。昔から、土地を扱ってきた家系なんだ。


 確か三鱗家は、明治時代に財閥化したのだけれど、家の歴史はもっと古く、江戸時代からの豪商だ。


 ということは――「赤い部屋」だけではなくて、様々な訳あり物件や土地を管理してきた数百年の歴史が、三鱗家にはあるのだろう。


「し、調べれば調べるほど、特定の家系や土地には『穢れ』や『怨念』のようなものが溜まっていくのだと気づいて……三鱗家にも……あ、あるんです。時々、わたしのように色素がなく、日光に弱い子供が生まれます。これは、三鱗家が背負っている祟りだとされています……」


 たまたま生物学的にアルビノが生まれやすい家系なのだと思うけれど、三鱗グループほどの大企業ともなれば、過去にいろいろと後ろ暗いこともしてきたのだろう。


 だから、「祟り」だと思い込むのだろう。


 わたしはそう説明したが、門馬ちゃんは、


「それは、ある現象に対する、物理的な説明にすぎません。わたしは数学者ですが、現在の科学はまだ、現象の一面しか解明していないと考えています。ひとつの現象の裏には、物理学的な原理と並行して、科学的に観測できない別種の原理が同時に存在すると思うんです。それが、『偶然の一致』と呼ばれるものや『祟り』『因縁』『残穢』と呼ばれるものなどです」


 と、理論整然と語ってくれた。こういう時には言葉がスムーズに出てくるみたいだ。


「三鱗家の過去を調べて、隠された実情を知れば知るほど、そう確信するようになったんです。今はまだ、この裏の原理の存在を証明できませんが、様々な調査を繰り返していけば、いずれ解明の糸口を掴めるはずです。そして、いつかは科学と裏の原理とを統合して、ひとつの論理体系に纏められるはずです」


 科学とオカルトの「大統一理論」みたいなものを想定しているのだろうか?


「三鱗家が生みだした悪しき『因縁』や『残穢』をひとつずつでも消していければ、三鱗家の罪滅ぼしにもなりますし、裏の原理を解明できれば、それらのすべてを消し去ることも可能になります。これは、様々な土地や家系に無数の悪しき『因縁』や『残穢』を生みだしてきた三鱗家の人間が果たすべき義務だと思ってます」


 美咲は、門馬ちゃんの言葉の意味がいまいちわからないらしく、「???」と首を捻っている。


 実はわたしにもよくわからないのだが。


 ただ、オカルトの話をしていても、門馬ちゃんの思考が宗教とはかけ離れていることだけはわかった。


 彼女は、科学のテリトリーを拡張して、オカルトとの垣根を越境しようとしたエジソンやニコラ・テスラと同類の存在なのだろう。


 天才科学者は、最後にはそこに行き着くのかもしれない。


「ごめーん! 門馬ちゃんの言ってること、難しくてよくわかんなーい!」


「ちょっと、美咲……」


「簡単に言えば、三鱗家は映画『八つ墓村』に登場する多治見家みたいなものです。だから尼子家の祟りを払わないといけないんです。ふふっ」


「なるほど、渥美清が金田一耕助役をやってるバージョンだね? 理解したー!」


 ええっ? 今の会話で、二人が通じ合ってる!? 寅さんが金田一って? 観たことない……。


「……で、でも、わたしが直接そういうことに首を突っ込むと、お祖父さんに叱られるので……」


「それで、自分の代わりに、フリーダムなわたしのチャンネルを支援してくれてたわけかー!」


「は、はい……すみません」


「任せて! わたしは、生きてるだけで丸儲けだからっ! これからもガンガン、ヤバいスポットに突撃して怪異を物理でぶっ倒すから、情報提供よろしくっ!」


「美咲はそれでよくても、わたしは違うんだけど?」


「真理は予知夢使いなんだからさー、危機回避できるじゃん」


「できないから! 赤い部屋で、何度も死を覚悟させられたんだけど?」


「回避できない時はわたしのバットが火を噴くから、へーきへーき!」


 ほんっとうに、クマムシ並みの生命力を誇るよね、美咲は。


「い、今までは深入りせずに自制してたんですけど、今回は偶然、赤い部屋の物件に美咲さんが突撃してしまったので……あ、あそこの危険性はよく知ってましたから、最初はお二人をは止めようとして危ない情報をどんどん投下してたんです。でも」


「自宅の自室」以外には怖いものなしの美咲にとっては、餌になっちゃうから逆効果だった。


 それで、積極的にわたしたちがあの物件の謎に迫る方向に舵を切って、美咲が物理的にあの通信機を破壊するという結末に。


 でも結果的には、三鱗家絡みの因縁をひとつ消し去ることができた。


 なるほど、そういうこと。


「危険な目に合わせてすみません……」


「ぜんぜんオッケー! むしろもっともっと訳ありスポットを教えてよ、片っ端から物理で破壊してあげるからさ! 因縁は消せる、動画収入は増える、ウィンウィンじゃん!」


 いや、わたしの意志は?


「ま、真理さんの、よ、予知夢の原理も、きっと説明できる日が来るはずです……た、たぶん……」


「そうね。どうせなら、予知夢体質を現実世界で活かせればいいんだけれど」


「活かせる活かせる! 少なくとも真理の予知夢美少女設定のおかげで、うちのチャンネルが盛り上がってるのは確実だからさ!」


 そういう活かし方じゃない。


「そ、そういうわけで、これからもよろしくお願いします。わ、わたしの正体はここだけの秘密ということで……い、い、『椅子の男』役を、今後も務めさせていただければ……」


「もちろんっ!」


「美咲を放置していたらなにもかもが滅茶苦茶になるから、首に鈴をつけてあげて」


 福笑い女優霊さんが裏であれこれ事後処理をしてくれなかったら、美咲もわたしも破滅一直線だった。霊的な意味ではなく、社会的な意味で。たぶん、今後も同じだろう。


「は、はい。それでは早速、次に突撃取材してほしいスポットについてですが……」


 サー、イエッサー! と美咲が陽気に答える。



「◎◎県の山奥にある、UFO基地を取材していただきたいんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪ぶつっ! ~美咲と真理の心霊スポットライブ配信 エリュシュオン煌 @ElysionKirame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ