第4話
ep4
小鳥の囀りくらいしか聞こえないほど静かな森。そんな静かな森では、枝が揺れ、木の葉が落ちる音でも目立つように感じる。
少し開けた場所に、波の様に木の葉が集まる。ほのかに緑を含んだ光を放つ風が、螺旋を描くように木の葉を運ぶ。
その中から、一人の女性が現れる。
つばが広い帽子を押さえ、美しい金髪を揺らして。
『友よ、土産話を楽しみにしているよ』
響くのは風の精霊の声。おそらくそれは、金髪の魔法使いに贈られたものだ。魔法使いは微笑みでそれに応える。
フクロウの羽がふわりと揺れた。役目を終えた木の葉は、風と共に空へと旅立った。
魔法使いはローブから地図を出すと、それをみて歩みを進めた。
*
ヴァラジアという戦線がある。
最も東に位置する戦場の一つで、ベテランの騎士や魔法使いが配属される。
そこにある騎士団の駐屯地に、他のテントより大きめなテントがある。王国旗がはためくそのテントの中で、唸る男が一人。
「むぅ」
男の名はラーヴェン・ラドロス。この東部戦線を守護するヴァラジア騎士団の副長を任された、優秀な騎士である。
彼は無造作に伸びた顎ひげをさすりながら、戦場の地図を睨む。
(.....よろしくないな)
この騎士団は、他の騎士団や戦場に比べて魔法使いが少ない。それには理由があった。
最前線。それも魔族の領地に隣接しているこの土地は、どの戦場よりも激しい戦いが長引く。
理由はそれだけではない。
魔族の領域に漂うマナは汚染されており、他種族の魔法使いには有毒だ。魔族の魔法式や肉体に適したマナなため、人間の魔法使いでは思うように魔法を使えない。
もちろんそれでも問題なく活動できる魔法使いはいるが、ごく一部だ。
とにかく。そんな戦場に、魔法使いは志願しない。いくら志高い騎士団に所属するとはいえ、自ら死にに行くような魔法使いは少ない。
逆に騎士の数は、どの戦場や戦線よりも多く、屈強な者ばかりだ。
だがやはり、ここほど魔法使いが少ない騎士団は、北方のグルーティス騎士団くらいだろう。ともあれ、魔法使いの力は必要だ。最前線たるこの場ではなおのこと、優秀な人材が多いに越したことはない。
「上官殿に掛け合ってみるか...」
そう言って、ラーヴェンは席を立った。数日前に重傷を負って後方に下がったこの騎士団の団長と連絡を取るには、手紙を書く必要があるだろう。
そう考え、彼が紙を取り出そうとした瞬間。
「ラーヴェン副長!おられますか!」
若い騎士が天幕に入ってきた。脂汗を浮かべ、息は荒い。なにかに怯えているのか、焦っているのか、そんな顔だった。
「何事だ」
ラーヴェンが形の良い眉を顰め、応えた。
「はい、見張りが魔族軍を目撃しました。恐らくは異名持ち(ネームド)が率いているものかと。」
「規模は」
「およそ800かと思われます。」
800。数では負けているが、大きな問題ではない。魔族軍の兵士は脆弱だ。白骨兵(スケルトン)に腐乱兵(ゾンビ)、噛まれたりすると厄介だが、耐久性が低く、騎士一人で10体は容易に蹴散らせる。
問題はそれを率いている者だ。ラーヴェンが若い騎士、リットに聞いた。
「異名持ち(ネームド)と言ったな、誰だ」
「それが...」
「なんだ、早く言え」
「はい...目視で確認したところ、魔族軍の統率者は.....」
激震のバトロス。
超人を殺した悪将の名だった。
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