第3話
ep3
「まったく、師匠は困ったお人だわ」
お怒りの表情を携え、パンをはむりと食べたのは、とある魔法使い。
セイン・カレア。魔学者の称号を授かった魔女。
頭の頂点に生えているアホ毛は、彼女の咀嚼に合わせて犬の尻尾のように揺れている。まるで彼女の心境を表しているかのように落ち着きがない。
最後の一口をパクリと食べたら、パンの粉をはたいて立ち上がった。同時に指についた砂糖をペロリと舐める。
「行くしかないわね」
不服だが、仕方ない。他でもない師匠の頼み?だからだ。必要な持ち物を再確認した彼女は、早速家の外へ出た。
彼女の家は、一見小屋のような外観だが、中に入ればそんな印象は消し飛ぶ。これでもかというほど空間拡張が施されたその小屋は、一度中に入ればなかなかに大きい。それでも貴族の屋敷に比べればそれまでなのだが。
そして、そんな小屋が立っているのはある山の頂上だ。基本的に人との付き合いを面倒くさがる彼女は、人がいない場所での暮らしを夢見た。
その夢は叶ったと言える。師匠に贈られたこの小屋は、まさに彼女の要望通りだった。
時刻は昼。太陽が完全に空に出て、地上に向かって微笑んでいる時間。ここは山の頂上なので涼しいくらいだが、地上に降りたら暑いだろうことを考えると、彼女は憂鬱になった。
「友よ、私を東に運んでちょうだい」
杖で地面を軽く叩いた。杖を起点に、水面にできた波のように光が地面にゆっくりと広がる。周囲の木の葉が、風と共にセインの目の前に集まり出した。
『友よ、今日はお出かけかい?』
薄く緑がかったフクロウが、木の葉の中から現れた。ほのかに光を放つこのフクロウは、セインお気に入りの精霊だ。
「ええ。少し長くなりそうなの。あなたのお仲間さん達で、あの小屋を見ていてくれる?」
セインは杖で今さっき出てきた小屋を指した。フクロウの精霊はそれをみて頷いた。
フクロウの周囲に漂っていた木の葉が光り始める。ふわふわと宙を舞い、セインの小屋の周りに集まった。
『いいよ。それにしても、君は風ばかりを頼るね。遠くの地へ行くのなら、土の彼らを頼った方が速いだろうに』
フクロウの精霊がそういうと、周囲の石が、その場で軽く跳ねた。フクロウの言葉に肯定しているようだ。
「もちろん土の子達の方がその方面では優れているけれど、私はせっかちではないの。せっかくの旅なら、それはじっくり楽しむものだわ」
そう言ってセインは、跳ねていた小石を撫でた。小石は嬉しかったのか、さらに高く跳ねた。
『そうかい。君がそう言うのなら、そうなんだろう。だがまぁ、たまには頼ってやってくれとは思うがね。毎度愚痴を聞かされるんだ』
小石は不満だからか、バラされて恥ずかしいのか、小刻みに震えている。その周りにほのかに光る木の葉が集まり、小石を優しく包んでいた。どうやら慰めているようだ。
「ふふ、そうね。機会があったら頼ろうかしらね。」
そう言ってセインは、手に持っていた小石を撫でた後、元あった場所に置いた。
『じゃあ、運ぶよ。東の地へと行くんだろう?』
「お願いするわね。」
『任せておくれ』
フクロウが美しい立派な翼を広げ、それを一度羽ばたかせた。数本の羽がひらひらと抜け、セインの周りを漂い始める。
『空の微笑み、憩いの旅路、揺れる枝葉に耳を澄ませて、音無き場所へと羽根を届けて』
フクロウが魔法の言葉を紡ぐ。精霊の術はこのように、現象を言葉へと変換して発動されると教わった。
セインはこの術が好きだった。心地よい風が、彼女を包んでくれるから。なにより、美しいから。
『友よ、久しぶりの長旅だ。ゆっくり楽しんでくるといい。東の地の同胞にも、よろしく伝えておくれ。』
その言葉を最後に、セインは姿を消した。
ほのかに光る風と共に。
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