第6話

ep6



あれからしばらく歩いた。変わり映えのない景色がそれだけ続いた。森に住む精霊達は、セインにかまって欲しそうにしていたが、先を急いでいる彼女はそんな精霊達に微笑むだけだった。


小鳥の囀りが聞こえる。枝葉の揺れを感じる。


そして。


邪な視線と殺意を感じる。


ヒュンッと音が聞こえた。鋭利な何かが、こちらに迫る。


魔法使いは指を振った。枝に集っていた葉が揺れ、風がそれを攫った。ざわざわと枝葉がざわめく。周囲の木の葉が一つに集まり、螺旋を描いて魔法使いを覆い隠した。


木の葉の盾に、ぼろぼろの矢が3本当たった。刺さらずにカランと地面に落ちた矢からは、ちょっとした悪臭が漂う。


「あら、道あってたのね。さすがは私」


両手をパン、と軽く合わせた彼女は笑った。と同時に、ほのかに光る風が周囲から音を立てて流れてくる。矢から漂う悪臭が消えた。


それを見て、ガサガサと茂みから出てきたのは白骨兵(スケルトン)だ。見窄らしい胸当てやぼろぼろの武器を装備している。弓は意味無しと判断したのか、剥き出しの剣が握られていた。


セインが持つ杖の周囲を、光の粒子が漂う。月のような色のそれは、緩やかに動き、輝きを増していく。


『微笑みを持て。威光を示せ。強きは風よ。揺れゆく風よ。』


セインが言霊を紡ぐ。真に力のある言葉が、世界に神秘を要求する。光を帯びた風が、木の葉を運ぶ。オーロラのようなそれは、見るものを魅了する。


白骨兵達の動きが止まった。


リーンと、鈴のような音が響く。もちろん鈴があるわけではない。清い風を招くための音。神秘の訪れを告げる音。幻想的な、心に響く音だ。


『運べ。運べ。運べ。揺蕩う色すら攫っておくれ。』


光が増した風が白骨兵を包み込む。ジュゥゥっと、焼けるような音が白骨兵から聞こえだす。


『踊れ。踊れ。踊れ。空の使いと夢見の園で。』


セインは精霊の力を借りる。才能のない彼女の武器は、精霊と長い時間をかけて紡いだ絆だ。固く結んだ絆の糸は、精霊と術者の心を通わせる。想像力(イメージ)を容易く共有し、精霊は主を深く知れた。


故に、高いレベルの精霊魔法を行使できる。自由に広げられた解釈。長い人生の中で得た閃き。それらをセインは、精霊達と磨いた。彼女の技として。


白骨兵達が宙に浮く。ボロボロの剣を振り回すが、それは意味を成さない。何人も、風をとらえることなどできないから。


穢れた剣に風が纏わりつき、端から崩していく。ボロボロと崩れ、最後には砂のように変わり果てた。


「いってらっしゃい」


セインがそう言うと同時に、白骨兵を包むように風の球体ができる。それは徐々に徐々に小さくなっていき、一瞬の閃光と共に消えた。


鼻をつく悪臭が綺麗に消え去る。代わりに流れるのは新鮮な空気。心なしか、日差しが良くなった気がする。


セインが足元に視線をやると、3本の矢が転がっていた。自身の髪を少し切り、それで矢を束ねる。数分もせずに出来上がったそれは、セインにとっての道標になる。


『揺蕩う導き。空を駆ける金の君へ。揺れる枝葉に耳を澄ませて、音無き場所へとこの手を引いて。』


蝶々のように結んだ髪が、羽根のように羽ばたく。3本の束ねられた矢が、ゆったりとした速度で飛んでいった。


「これで森からでられるわね。」


セインはにっこりと笑った。パタパタとゆったり羽ばたく導き手は、早く来いと言わんばかりにセインの前方で旋回している。


魔法使いは鼻歌を口づさんで歩いた。



目的地である戦場を考えながら。


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⚠︎練習作品 「才を求める魔法使いの話」 Gatling_1010/ @Kuroro_2040

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