第5話
ep5
戦士を極めた超人がいた。
大きな斧を担ぎ、誰よりも勝利に固執した男。
北部の偉大なる十二の戦士。その第一席。
しかし、そんな彼でも。いや、どんな人間にも最期は来る。彼の場合、それはこんな形のものだった。
『あぁ、戦士。戦士な。はっ、脆弱な者よ』
大剣を地面に突き刺し、悪将は言う。一度大きく息をついた。強面が嘲笑に変わる。
『人を超えながらも、結局は人。人の身で最強など有り得ぬ。あまりにも貧弱な身よ。』
悪将が大剣を持ち上げ、戦士へと切先を向ける。それに物怖じせず、戦士は口を開く。
『.....人の身であろうと』
誇りある戦士が口を開いた。悪将は少し目を見開いたが、続きの言葉を待った。戦士は口に溜まった血を吐き出して、こう言った。
『夢見る権利はいくらでもある。夢を掴む可能性とて0ではない。』
戦士は挫けない。戦士は諦めない。戦士は勝利を譲らない。戦士は斧の柄を握った。別れを惜しむように、強く。
『そう人間を舐めてくれるな』
不屈の戦士はニヤリと笑う。己の半身たる斧を投げた。その動きはとても素早く、スムーズだ。超人と言われるだけある。しかし悪将は、構えていた大剣で斧を容易く弾き飛ばした。
(遺言は聞かぬ。もう殺す。)
大剣を構え直し、戦士を睨んだ。しかし、その目に映ったのは死に損ないの戦士ではなかった。悪将の視界を覆うのは手。ゴツゴツとしていて、血でべっとりと汚れた戦士の手。悪将の右目が最後に捉えたのは、それだった。
ぐちゅ、ぶつん!と不快な音が鳴る。
『ぐっ!ぐぅ...!』
悪将が呻いた。少し後ろを向けば、もう動けないだろう戦士がいるのに、振り向けなかった。空いた眼窩を抑える指の隙間から、ぼたぼたと血が滴り落ちる。
『それみろ。人間を舐めた結果だ。』
戦士は嘲りを孕んだ声で言う。抉り抜いた目玉を、最後の力で握り潰した。
『俺の命をくれてやるんだ。貴様の腕一本じゃ釣り合わんさ。せめてもう一つ、面倒な貴様の魔眼をもらう。』
戦士が地に膝をついた。負けはしたが、これで次に託せる。そう考えた戦士は、最後にこう言った。
『またなバトロス。先にあの世に逝ってるぞ。次は必ず殺してやるさ』
ばたり。不屈の戦士が倒れた。彼の血が広がり、悪将の足にまで届き、汚した。
それが超人、快進のデレキエの最期だった。
*
「迷ったのだわ」
ざく、ざくっと、土や石を踏みしめて、金髪の魔法使いは困り果てた。この森に送ってもらってからはや二時間。全く森から抜けられる気配がない。
もう通った道は覚えていない。地図を逆さに見ていることすらさっき気づいたのだ。もうもとの位置には戻れないだろう。
「もう、そんなに笑わないでほしいのだわ」
そこらじゅうにある石や岩がカチカチと音を立てた。どうやら迷った魔法使いが可笑しいらしい。魔法使いは恥ずかしそうに笑った。
少し意地悪な精霊たちに不貞腐れながら、ざっ、ざっ、ざっ、と、整えられていない道をひたすら歩く。
変わり映えのしない鬱蒼とした景色。それを見てため息をつく。足取りが重くなる。
「はぁ、もう、さんざんなのだわ」
魔法使いはしょんぼりとした。
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