第74話 行き先など

 サザナミたちが辛勝をつかみ取ったその時、ポンカの瞳は開かれた。


 そう。ここはポンカとシャイトがいる亜空間。シャイトが「サザナミはポンカのせいで死ぬ」という未来をポンカに見せ、重く酸っぱい空気が漂っていたのである。


 しかし、それもシャイトの能力の内であった。シャイトがつくった「偽」の未来を見せ、ポンカを絶望の底に叩き落とす。そして戦意消失している間にミャルメンとミャチメンが人間二人の命を奪う、という作戦だったのだが……。


「何かガおかしい……。全く感じない、ミャチメンたチの気配を……。まさか負けタ? いや、まだ本調子じゃないドラゴンとろくに戦えないサザナミ……。逆にどうすレば負けられるノ?!」


 シャイトは動揺していた。自分の役割はミャチメンたちが人間を殺すまでの時間稼ぎ。だがどうだ。もう稼ぐものがなくなっているではないか。シャイトもバカではないから、ポンカが強いことくらい知っている。まともに殴り合えば勝機はないに等しいと。


 だからわざわざ過去から丁寧に掘り起こして、二度と立ち直れないほどの罪悪感を与えてやったというのに。この状況はなんだ。


 何が起きている。


「……ぴょにぃ」


 ショックで眠ったように固まっていたポンカが、伸びをして立ち上がった。否、空中に浮かんだ、という方が正しいかもしれない。


「ど……どうして立ち上がれるノ? もうあの未来を見せテから随分時間が経った。サザナミは死んだの。あなたのせイで。普通は人間でもオバケでも、絶望したら何も考えられなくなるのに」


 雑多なノイズが混じって聞き取りにくい声になる。シャイトは平然を装う。しかしポンカはシャイトの方へ足を運ぶ。


「あ、あァ、ショックが強すぎて、さっきまでの記憶がすっ飛んじゃったノかもね? それならもう一度あなたの罪を見せてあげるヨ。これで今度こそあなたは動けない。シャイトには手出しできない」


 シャイトは斜に構え、能力「行き先ディスティネーション」の準備をする。これより自分に近づけば、すぐさま絶望を見せてあげようと。


 だが、見せる時が訪れることは無かった。


「グッウゥ”#$%ッ?!」


 ポンカの鍛え抜かれた長い脚が、シャイトの顔面を文字通りへこませていたからである。


 投げ出された身体を受け止める物が何もないので、シャイトは亜空間の奥の奥の方まで一気に吹っ飛ばされた。ポンカも蹴りの反動でくるくるとその場で回転する。


 まざまざと見せつけられた、タイマン能力の差。


 空気を切り裂きながら、シャイトは考えた。どうすればあの恐ろしい蹴りに勝てるのか。どうやらポンカはサザナミが死んだというのは嘘だと気づいてしまったらしいし、「行き先ディスティネーション」を使っても意味はない。


 いや、そもそもどうして嘘だと分かった? さっきの独り言が聞こえていたのか。もしそうならもういっそボコボコになるまで蹴り倒されたい。


 まぁでも、ハナタが奇襲を仕掛けた時に戦闘態勢が整っているようなオバケだ。自分にとって脅威になる存在や仲間の存在は肌で感じられるのだろう。そこまでの領域にたどり着けるほどの経験を積んできたのだろう。


「じゃあシャイトはどうやって、勝てバいいノ……?」


 シャイトは未だ止まらずに力に流され続ける。時間稼ぎはもう無意味。できることならさっさとポンカを始末して「あの人」の役に立って、生き返って、こんなつまらない場所から逃げ出したい……。


 シャイトが元いた方向から猛スピードで何かが、いや、ポンカが迫って来る。罪悪感などみじんもない、力強い足取りで。嘘がはがれて何もなくなったシャイトにとどめを刺そうとやって来る。


「ポンカ……。シャイトはあなたを倒せないよ。とっくに分かってることだと思うけドね……」


 ポンカは軽やかに空間を蹴って、ふたりの距離はもう三メートルもなかった。


「シャイトは気が済むまで殴ってもいいよ。でも、あなた、それ以外にもできることがあるんでショ? オバケを、殺せるんでしょ?」


 ここでようやくシャイトは止まり、ポンカの前で両腕を伸ばす。


「殺すのだけハやめテ……。シャイトは絶対にこの世界よりもあっちの世界で生きたほうが退屈しないと思っているし、生き返りたいと思ってルよ。でも、別にこの世界が大嫌イなわけじゃない……」


 ポンカはこれを聞き、しばらくした後短い首を傾げた。


「ぴょに……?」


「何を言っているんだ」と言わんばかりに。


「……もウ正直にいうネ! シャイトは負けてる! シャイトは絶望を与えることしか出来なかったから! 嘘の未来を勘づかれた時点で既にね! だから好きなだけ蹴って再起不能ニしていい! だけど二度も死にたくはナいの!」


 最初の冷静さはどこへやら、シャイトは命ごいをすることしか出来ない哀れなオバケと化していた。目のライトが赤、黄色、ピンクと、様々な色に点滅する。


「あなただって死んでこの世界に来タんだから分かるはズ、死の恐怖を! シャイトは車に引かれて。あなたは病気で。ねェ、お願い」

「ぴょ」


 惨めったらしくせがむシャイトの腹を、ポンカの脚が捉える。その目はロボットよりも冷酷だった。


「シャイトのこれからの行き先は死なんかじゃないノ! おねg」

「ぴょにいいぃいぃい!!!」


 真っ黒な空間に一筋の光が差し込み、



 やがてそれは、この亜空間全体を包み込んだ。








 ポンカは最初、サザナミが死んでしまうのは本当のことだと思っていた。自分が残しておいたナイフのせいでそんなことが起こってしまうと考えると、何もやる気が起きなくなった。ショックで頭が無になった。今自分が辛うじて感じられているサザナミの生気がいつ消えてしまうのかと、心臓が喉から出てくるような感覚だった。


 しかし、それはいつまでたってもなくならなかった。生気は、弱まってはいるが確かに感じられるのである。そこで違和感を感じると、シャイトも何やら動転しているのを見た。


 そこでポンカは確信した。さっきの未来は嘘であると。能力の仕業だったのだと。サザナミは死なない。逆に、二人が四天王を打ち負かしたのだと。


 そうなればもう何も怖いものはなかった。能力が分かってしまえば、あとは力同士のぶつかり合いで勝てばいいだけなのだから。


 自分の大切な仲間が死ぬ未来を勝手に捏造されたのが悔しくて悔しくてたまらなかった。命ごいなんて心底どうでもよかった。


 ただ、ずっとストレスがかかっていたせいで、ポンカの疲労はものすごいことになっている。シャイトを倒したところで亜空間は壊れそうにないので、しばらくはここで心身を休めることにした。


 生きることに執着しすぎて、自分のことしか考えられなくなったオバケの行き先など、知る由も無い。

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妹イタチ、弟ドラゴン。 しろみふらい @shiromifurai

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