Epilogue:ある男子大学生の選択


 人生にはいくつもの分岐点がある。


 どの道が正解なのかは誰にもわからない。

 それどころか、正解の道が存在しない可能性すらある。


 それでも人は選び、進んでいく。



 🦊 🦊 🦊 🦊 🦊



 酷暑が続いた夏が終わり、涼やかな風が吹き始めた。

 マンションの近くの道も、木々が色づきはじめている。


『お稲荷さま』がバズってからおよそ1年。


 もう1年なのか。

 まだ1年なのか。


 これほど濃密な1年は、今後もそうそうないだろう。


「忘れ物はない?」

「ああ」

「受験票は持った?」

「ああ」

「お昼はどうするの?」

「向こうで買う」


 まるで母親のようなセリフを畳みかけてくるのは、妹の咲夜さくやだ。

 制服のスカートを揺らしながら、自身も登校の準備をしている。


「あーあ。それにしても、まさかお兄ちゃんまでプロハンターになるとはなあ」

「まだなってないから」

「わざわざ、お父さんと同じ道に進まなくてもいいのに」

「別に同じ道に進むって決めたわけじゃないし」

「…………進んでんじゃん?」


 何を言ってるんだコイツ、という表情を浮かべて首を傾げる咲夜を無視して、俺は「もう出るぞ」と玄関へと向かう。


 何度か説明はしているのだけど、あまり理解はしてもらえていないようだ。


 結論から言うと、俺は今年の秋季プロハンターテストを受験することにした。


 プロハンターとは資格だ。

 ダンジョン関連企業では、プロハンターの資格を持つ社員を求めている会社も少なくないらしい。


 プロハンターに魔石を調達してきて貰う。

 ダンジョンアイテムの研究のため、プロハンターをテスターにする。

 プロハンターを講師に迎えて、アマチュアのハンターチームを結成する。


 などなど用途は様々だ。


 つまり、とりあえず資格を取ってから今後のことを考えてみよう。

 という魂胆である。


 もちろん亡き父と同じく、ハンター連盟に所属するという選択肢も残してはいる。


「じゃあね、お兄ちゃん! 試験、頑張って!!」

「ああ。咲夜もな」


 家を出ると、咲夜は道を反対に進んでいった。


 彼女だって、もう高校二年生が終わろうとしている。

 来年には大学受験が控えているのだから、俺のことより自分のことを心配して欲しいのだけど、二人で母親のような小言を言い合っていてもしょうがないので黙っている。


 咲夜の背中を見送って、俺は駅へと向かった。


『お兄ちゃんが……、もしもお兄ちゃんがハンターなんかになったら、私はお兄ちゃんのことも絶対に許さないから』


 去年の今頃、咲夜から言われた言葉を不意に思い出した。


 あの頃の彼女とは、ずいぶん変わった。


 カウンセリングにも通うようになった。

 父さんのお墓参りにも行けるようになった。

 ダンジョンのことは相変わらず嫌いみたいだけど、俺がプロハンターのテストを受験すると言っても反対はしなかった。ただちょっと、呆れたような表情で『そうなんだ』とつぶやいた。


 プロハンターのテストは筆記と実技とで別れている。


 初日の今日は筆記だ。

 科目は国語、数学、英語、そしてダンジョン知識。


 国数英は基礎も基礎。大学受験とは比べものにならないくらい易しい。

 ダンジョン知識も、過去問を解く限りではそれほど酷い結果にはならないと思う。


 筆記で落とすのは最低限、ということだ。


 本番は明日から始まる実技試験。

 一次、二次、三次と、どんどん難しくなるそうだ。

 試験内容も毎年変わるらしく、過去の情報が役に立たない。


 受験生全てが同じ条件だから文句は言えない。



 新宿駅で降りてすぐ、丸みを帯びた特徴的なビルが目的地だ。


 ハンター連盟本部。

 ここに来るのは初めてではないが、受験者として訪れてみるとちょっとした威圧感を受ける。


 同じようにビルへと入ってくる人たちの中には、俺と同じように緊張した面持ちの男女がちらほら見える。彼らも受験生なのだろうか。


 受付で受験票を提示して中に入ると、すでに大勢の受験生が集まっていた。

 俺とそう変わらない年頃の一団から、静かにたたずんでいる妙齢の方まで年齢は様々。性別は男性の方が明らかに多い。


 百人以上はいるであろう受験生の中で、プロハンターの資格を得られるのは数人。


 生唾を飲み込む音が聞こえた。

 それも自分のノドから。


 強い緊張感に大学を受験した頃のことを思い出した。

 俺はスマートフォンを取り出すと、メッセージアプリを開いて遡る。


【プロハンターはどうですか?】【もちろんプロハンターじゃなくてもいいです。でも私は、潜木さんと一緒にお仕事ができたらすごく嬉しいです】

【それは楽しそうっすね】


 三カ月ほど前。関東ダンジョン技術研究所にインターンとして参加したときに、コトリさんと交わしたメッセージだ。


 プロハンターの資格を取っても、必ずしもハンター連盟で働く必要はないこと。

 最近はダンジョン関連企業に入社するプロハンターも多く、関東ダンジョン技術研究所もその一つであること。

 プロハンターのテストに必要な準備、勉強、対策。


 どれもコトリさんが教えてくれた。

 そうでなければ、俺はきっとこの場所に立ってない。


 慎一郎シンに誘われてインターンシップに行っていなければコトリさんと再会することはなかった。

 DunTuber『吉音イナリ』をやっていなければコトリさんや鹿尾さんと知り合うこともなかった。

 一年前のあの日、イレギュラーモンスタージャガーゴイルを倒して音無さんを助けてなけれれば動画がバズることもなかった。


 ひとつひとつの選択と、彼らとの出会いが、きっと俺の人生の分岐点だったんだと思う。そしてこれからも選び、出会って生きていく。




   第二章 了



🦊 🦊 🦊 🦊 🦊 🦊



 昨年のカクヨムコン応募作としてスタートした本作も、途中で更新頻度を下げさせて頂きつつ、なんとか第二章まで書き切ることができました。

 確率破壊でレアアイテムドロップひゃっはー!の初期コンセプトはどこにいってしまったのやら、いつしか青い若者たちの悩みを描いたドラマになっておりました。


 それでも多くの皆様に作品をお読み頂き、感謝の念に堪えません。


 間もなくカクヨムコン10が始まります。

 今年も新作で挑戦する予定ですので、本作はひとまず完結とさせて頂きます。

 いつか続きを書くかもしれませんが、翔真とはしばらくお別れです。


 新作も読んでやってもいいぜ、という方がいらっしゃいましたら、作家フォローをしていって頂けますと光栄です。新作はじまったら通知がいきますので。


 これからも、どうぞ宜しくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】🦊家族思いのお稲荷さまは顔バレNGです ― ダンジョンで配信していた女子大生を助けたばかりにバズってしまった🙄 ― 石矢天 @Ten_Ishiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ