いつの間にかこんなことに


 思わず声を掛けようとして踏みとどまった。

 私が潜木くぐるぎさんと知り合ったのは、彼が『吉音イナリ』だったときだ。


 そして今日、彼は潜木翔真しょうまとしてここにいる。

 よく見るとどうやら友人らしき男性も近くにいるようだ。

 不用意に声を掛けては彼に迷惑を掛けてしまうかもしれない。


 2時間ほどダンジョンの調査を行い、休憩のタイミングでメッセージアプリから連絡してみることにした。


【偶然ですね。まさか、こんなところで会えるなんて思いませんでした】


 しばらくして【そっすね】と考えうる限り最も淡泊な返事がきた。

 なぜだろう。心がモヤッとした。


 思いもよらない場所で、偶然の再会。

 運命だなんだと乙女チックなことを言うつもりはないけれど、ちょっとだけ浮かれたメッセージを送ってしまった自分がバカみたいじゃないか。


【インターンですよね。ダン技研に興味があるんですか?】


 一歩引いて、世間話の方へ舵を切る。


【いや、別に】


 思わず小さくため息が出た。

 メッセージの温度差で風邪を引きそうだ。

 あんまりしつこくメッセージを送っても迷惑だろうとメッセージアプリを閉じる。


 そのとき、ピコンと新しいメッセージが届いた。

 送り主は潜木さんだった。


【友達に誘われて応募したら、いつの間にかこんなことに ((+_+))】


 ちゃんとした返事が戻ってきたことに安堵の息が漏れる。

 と同時に、今度は思わず笑い声が口からこぼれた。

 理由も理由だが、最後の顔文字がツボに入ってしまったのだ。


 長い髪に隠れた向こう側で、彼がこんな表情をしているのかと思うとなんだかおかしかった。


鹿尾かのおさんとは会いましたか?】

【インターンの最終面接で】

【驚いていたのでは?】

【まあ、見たことない顔してたっすね】


 ダメだ。笑いを我慢できない。

 私が鹿尾さんの立場だったとしても、同じような反応になったと思う。


 大深層クラスのモンスターを倒し、ダンジョンバーストの鎮圧に貢献し、ダンジョン連続襲撃事件の犯人を捕縛した都市伝説のようなハンター。

 そんな人物がまさか、大学生たちに紛れてインターンの面接会場に現れるなんて想定外だ。


【私も見たかったです(笑)】

【友達に誘われて応募した、って言ったら大爆笑されたんすけど】


 なにそれ。

 大爆笑している鹿尾さんなんて想像もできない。

 ニヤッと悪そうに笑っている表情はすぐに思い浮かぶけど。


【貴重な瞬間ですよ、それ】

【写真撮っておけば良かったっすかね】

【それは流石に怒られると思います】

【撮らなくて良かった】


 面接という特異な状況で、大爆笑している鹿尾さんに無言でスマホのカメラを向ける潜木さん。シュールすぎて、想像しただけで笑いがこみ上げてくる。


【お友達も一緒なんですか?】

【運良く二人とも合格だったんすよ】

【それはスゴいですね】


 ダン技研のインターンはかなり倍率が高いそうだ。

 今年は60倍だとか、70倍だとか、それくらいだと研究所の人が言っていた。


 潜木さんはきっと、鹿尾さんが合格にしたんだろう。

 ダン技研だろうと、ハンター連盟だろうと、ダンジョンに直接関わる組織にとって、彼の才能は唯一無二なのだから。向こうから飛び込んできてくれたものを、みすみす逃す手はない。


 お友達の方は……きっとオマケだ。

 もしお友達が落ちたら、潜木さんも来なくなるだろうことは容易に想像できる。


 鹿尾さんが苦笑いしている姿が目に浮かぶ。


【インターンは面白いですか?】


 ふと気になってしまった、素朴な疑問。

 私は高専を卒業してそのままプロハンターになったから、インターンなるものを体験したことがない。


【大学を卒業したくなくなったっす】

【!!??】

【パソコンっていうか機械が苦手なんすよ ((+_+))】


 またあの顔文字だ。もしかして、お気に入りなのだろうか。


 ダン技研は“技術研究所”の名の通り、ダンジョンを科学的に研究している機関だ。

 パソコンどころか、もっと複雑で繊細な機械を使うことも多い。

 機械に苦手意識がある人には辛いだろう。


【ああ……、それは大変ですね】

【パソコンを使わなくていい仕事ってないっすかね】


 …………メッセージを返す手が止まる。

 今のご時世、パソコンに一切触れることのない仕事って何があるだろう。

 ハローワークの職員でもない私には難しすぎる質問だった。


 パッと思いつく仕事は一つ。

 それだって、多少はパソコンを使用することはあるけど、比較的少ない方だと思う。


【プロハンターはどうですか?】


 メッセージに既読がついた。

 しかし、今度はなかなか返信がない。


 変なことを聞いてしまったのだろうか、と不安になったところで、アームモニターのタイマーが鳴った。


 休憩終了の合図だ。

 私はスマートフォンを閉じて調査の準備をする。


 こんな気分のまま仕事をするのか、と潜木さんの方を見る。

 どうやらすでに準備を終えて、友人と談笑しているようだった。


 こっちの気も知らずに。



 最後に一言だけ、彼にメッセージを送った私は、気持ちを切り替えて仕事へと向かった。


 返事がなくても、構わない。

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