ダンジョンの調査


「うわあぁぁ、コトリちゃんだぁぁ。ひっさしぶりー!」

「あっ、ニコ先輩。昨日は当直だったんですか?」

「そぉなの。昨日もバースト対応でもう無理ぃ。あたしはもう無理だぁ。なんかあたしが当直のときばっかりぃダンジョンがバーストしてる気がするんだけど」


 わざとらしく足元をふらつかせたニコ先輩が、背中から両腕を首に絡めてくる。


 ハンター連盟による事前の対策によってダンジョンバーストによる災害は数を減らした。とはいえ、ダンジョンバーストそのものが存在しないわけではない。


 ダンジョンから半径10キロメートルを死守している彼ら、ダンジョンバースト鎮圧課バスチンの活躍によって、被害が食い止められているにすぎない。


 ダンジョン犯罪対策課が解散になってから1ヵ月。

 私とニコ先輩は別々の部署へと再配属され、 彼女はハンター連盟の中でも比較的激務と噂されるダンジョンバースト鎮圧課へと転属になった。


『無理。絶対無理。もうハンター連盟やめる。でも、やめてどうしよう。あたし他にできることあるかな? ねえ、コトリちゃん。どう思う?』


 なんて涙目になっていたニコ先輩だったが、「無理だ、無理だ」と弱音を吐きながらも、なんだかんだでもう1ヵ月続いている。


「コトリちゃんの方こそ、念願のダンジョン攻略部はぁ、どうなの?」

「調査課ですけどね」


 私が憧れていた『ダンジョン攻略部 危険ダンジョン消滅課』のお隣さん、『未開ダンジョン調査課』が私の転属先だった。


「毎日、とても刺激的ですよ」

「あはははは。コトリちゃんもそういうこと言うんだぁ」


 ウソ偽りない本音だ。

 地図はおろか、情報すらないダンジョン進んでいるときは、まるで高さ200メートルに設置された鉄骨を目隠しで渡らされているような恐怖感で心臓が飛び出そうだ。


 ベテランのハンターでさえも常に生傷が絶えず、全治数か月の重傷を負う者も珍しくないブラックな現場。

 危機察知の固有スキルを持っているおかげで、私はこの1ヵ月大きな怪我をすることなく仕事ができている。正直、ダンジョン犯罪対策課の何倍も向いていると思う。


「今日は関東ダンジョン技術研究所と合同調査なんですよ」

「へえ。ダン技研ってことは」

「はい。鹿尾かのお理事のところです」


 ニコ先輩はニヤニヤと笑みを浮かべながら、「ご愁傷様」と背中を二回叩く。


 紺屋こうや課長たちから狙われる原因を作った私はまだしも、ただただ巻き込まれて囮にされたニコ先輩にとって、鹿尾理事の印象は最悪だ。


 ダンジョンバースト鎮圧課バスチンに行くときも『鹿尾アイツの管轄じゃないだけマシだと思うことにする』と言っていたくらい。


「また一緒に働けるといいねぇ」

「ええ。そのときはよろしくお願いします」


 私たちは握手をして別れた。

 ハンター連盟はそれほど異動の多い組織ではない。それぞれの部署で求められるスキルが違うため、長い時間をかけてスペシャリストを育成していく方針だからだ。


 どちらかが昇進して管理職になるとか、今回のように所属していた部課が消滅するような大きな出来事でもない限りは、ニコ先輩とまた一緒に働くことはないだろう。


 そんなことは、ニコ先輩の方がよく理解わかっているハズだ。

 かと言って、社交辞令と片付けてしまうのも違う気がした。


 きっと、私も彼女もダンジョン犯罪対策課ハンタイに未練がある。

 もっと何かできることはなかったのか、と後悔しない夜はない。




 

 電車を乗り継いで約3時間。

 千葉県鴨川市についた私は関東ダンジョン技術研究所ダン技研へと向かった。


 7月ともなると、日差しがジリジリと肌を刺してくる。

 日傘をさすも海風に煽られてほとんど役に立たない。


 幸先の悪い千葉遠征にため息をつきながらダン技研へ足を踏み入れると、休む間もなくダンジョンに連れられる。いつもやっていることだから、これからやることの説明すらされない。


 ダンジョンの調査にはいくつかの段階がある。


 最初は踏破。

 とにかくマッピングして、ダンジョンの地図を作る。


 つぎに罠のチェック。

 取り外せる罠は排除するが、不可能な罠はマップに情報を書き込んでいく。


 そして検分。

 魔素の濃度や、ダンジョンの特異性、モンスターの出現率や分布を調べていく。


 これらを階層ごとに行っていくのが『ダンジョンの調査』だ。

 最後の検分には必要な機材や、精密な記録が必要となるため、おおざっぱなハンター連盟だけでは役者不足として、ダン技研との共同調査が行われる。


 つまり、今回は検分だ。

 対象が上層ということもあり、危険はそれほどない。

 罠の位置もマップにしっかり書き込まれている。

 見落としがないとはいえないが、少なくともマッピングされているルートは概ね安全であるといえる。


 だから、だろうか。


 ダン技研のスタッフも比較的若く……というか、めちゃくちゃ若い。

 プロハンターになって2年目の私が言うのもなんだけど、たぶん大学卒業したての新卒社員か、下手すると学生バイトなんじゃないだろうか。


「本日の調査には学生インターンも同行させて頂きます」


 案の定、ダン技研のリーダーらしき人物がそんなアナウンスをした。

 学生バイトじゃなくてインターンだったか。

 バイトとインターンの違いはよく理解らないけど、とにかくアマチュアの学生が数人混ざっていることは理解った。


 今回調査するダンジョンはサイズは小さいし、魔石の獲得効率も高いとはいえない。ローリスクローリターン、というフレーズがぴったりのダンジョン。


 だからこそ、私のような新米プロハンターが担当することになったのだろうし、学生インターンを笑えるような立場ではない。


 ふっ、と小さく息を吐く。

 ダンジョンの調査はもちろんだが、今日の大きな任務はダン技研のスタッフ、とりわけ学生インターンを守りきることになりそうだ。


 守るべき学生たちの顔を眺める。

 不安と、緊張と、高揚感が入り混じったような表情が並ぶ中、ぼーっと明後日の方を見ている学生がいる。


 何人も学生が集まれば、こういう変わり者も混ざるのだろう。


 短くまとめた髪型の人が多い中、その学生は長く黒い髪を揺らしている。

 ちらりと覗く長いまつ毛。


 どう見ても……私が知っている人だった。



 

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