面会


「あなた達はダンジョンがどれだけ危険な存在か、まったく理解できていません」


 透明な強化ガラスの向こうから、紺屋こうやが苦言を呈する。

 鹿尾かのおにとっては、もはや聞き飽きたセリフだ。


 ダンジョン関連法案に反対する団体も、左派リベラルと呼ばれる活動家たちも口をそろえたように同じセリフを口にする。


「ダンジョンが危険であることは、我々も、そして政府も重々承知していますよ」

「ご自分の家族をダンジョン災害で失っても、同じことを言えますか?」

「………………さあ。あいにく、私には家族がいないんです」


 記録を調べていくと、紺屋が磐梯山ダンジョンのバーストで妻子を亡くしていることが判明わかった。網場あば帆立ほたても似たような境遇であり、被害者家族として知り合った仲らしい。


 三流の週刊誌などには『ハンター連盟のずさんな採用』などと叩かれている。

 彼らと同じような境遇で、立派にプロハンターとして活動しているものが何人もいる事実にはあえて目を向けないようだ。


 つまるところ誰かを叩くネタさえあれば良いわけで、もし境遇で採用に差をつけていたら、見出しが『ハンター連盟の卑劣な差別』にされていたであろうことは想像に難くない。


 ただ……、課長に据えた紺屋の希望を飲むかたちで、網場と帆立をダンジョン犯罪対策課に配属した結果が今回の事件へと繋がったことを考えると、反省点がないわけでもない。


 刑務官が顔を上げて時計を確認している。

 あまり無駄話をしている余裕はなさそうだ。


「部下の筒城つつき海里かいりを攫ったのはなぜです?」

「彼を狙ったわけではありませんし、襲ったのも私たちとは別のチームです。それに、あれは彼が悪いんですよ。私たちが狙っていないダンジョンへ向かうよう指示しておいたのに、人の言うことを聞かないんですから」


 どうしようもなかったのだ、と紺屋が小さく首を横に振る。

 事前に網場と帆立から聞いた話とも矛盾はない。


「すぐに殺さなかったのは?」

「知らない仲ではありませんでしたからね。私は別に人を殺したいわけじゃないですし、それがそれなりに付き合いのある人間となれば尚更です」

「殺すのは気が引けるのに、目と耳を潰して治療もせず、西海にしうみ琴莉ことりをおびき寄せるエサにするのは構わないんですか。都合のいい良心ですね。彼の目、もう元のようには見えないそうですよ」

「それはかわいそうに。潰したのは私ではありませんが……、命が助かっただけでも感謝して欲しいものです。ダンジョン災害で失われた命はもう戻ってはこないのですから」


 小さく息を吐いて苦笑する紺屋に、鹿尾はただただ呆れていた。

 

 筒城を殺さなかったことも自分のためだし、彼を利用したのも自分のため、そのくせ自分たちはダンジョン災害の被害者だと訴える。あまりにも自己中心的な考え方。


 それでも彼の中では筋が通っていて、自身の考えが正しいと信じているのだろう。

 でなければ、強硬手段を持ってダンジョンを消滅させたりはしまい。


 事実確認のための面会は特に問題なく進んでいく。

 だがそのことに鹿尾は違和感を覚える。


 通常、たかが犯罪者の聴取にハンター連盟理事である鹿尾が出てくることはない。

 そうせざるをえなくなったのは、紺屋が黙秘を貫いていたからだ。


 どうやって口を割らせようかと思案してきたというのに、当の本人は黙秘どころか饒舌なくらいだ。


 そんな鹿尾の胸の内を見透かしたように、


「さて。そろそろ私から質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 彼にとっての本題を口にした。

 つまるところ、何か鹿尾に聞きたいことがあった彼は、鹿尾が出てくるまで黙秘をすると決めていたのだろう。


「…………答える義務はありませんが?」


 メガネを指で押し上げながら、鹿尾は紺屋を睨みつける。


「私だって答える義務はありませんでしたよ。でも、ちゃんと聞かれたことに答えたじゃないですか。少しくらいお返しをくれても良いのでは?」

「……質問によりますね」


 鹿尾が少しだけ譲歩の姿勢を見せる。

 実刑判決がほぼ確実な相手とはいえ、わざわざ情報をくれてやる義理はない。

 だが、あまり無下に扱ってまた口を閉ざされるのも面倒だ。

 

「最後に現れたアレはなんですか?」


 紺屋の表情から笑みが消え、その瞳は真っすぐ鹿尾を見据えている。


「アレ?」


 聞きたいのは吉音イナリ、もとい潜木翔真のことか。

 もちろん彼についての詳細な情報も、機密にあたる。


「とぼけないでください。あんなバケモノをよくも」

「バケモノとはまた、大げさな。彼はただの協力者ですよ」

「大げさ? やはりあなた達はなにも理解わかっていない。あれほどのレジェンダリーアイテムがあれば、国だっておこせますよ」

「レジェンダリーアイテムといったって、魔素が無ければその能力を十全に発揮することはできないんです。それとも、ダンジョンの中に国を興すとでも?」


 鹿尾の言葉に、紺屋は一瞬悲し気な表情を浮かべると、なにかを諦めたように首を横に振った。


「魔素がいつまでもダンジョンの中にあるのなら、ね」

「何を言って――」


 しかし、話はそこで終わった。

 彼の横にいた刑務官が立ち上がり「時間です」と告げると、彼は無言で立ち上がり部屋の奥へと下がっていった。

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