お前と一緒だと楽しそうじゃん


 豊島区にある私立R大学。

 敷地内にぎっしりと建物が詰まったキャンパスには、青々とした葉をまとった木々がたくさん並んでいた。


 俺は左手に二本の缶コーヒーを持ってキャンパスを歩いている。

 一本はもちろん自分の分。もう一本は友人である慎一郎シンの分だ。


 食堂、カフェ、レストランと食事スペースはいくつもあるが、俺たちが向かうのはいつも軽食堂。今日にいたっては昼ご飯の時間をずいぶんと過ぎている、それでも集合場所は変わらない。


 軽食堂に入った俺は、どこにいたってすぐに見つけられるハズの、ピンク色の髪をメンズ用のカチューシャでオールバックにしたシンを探すが、どこにも見当たらない。


 早く着きすぎてしまったのだろうか。

 俺は首を傾げながら、軽食堂をうろうろしながらシンを探す。


「おい、翔真しょうま! コッチだ、コッチ」


 声のした方を見ると、カラフルな半袖シャツに、丸いサングラス、ただし髪の色が真っ黒になったシンの姿があった。


「……シン!?」

「おう。似合うだろ?」


 ピンクの髪を見慣れていたせいか、すぐに同意の言葉が出ない。

 まるで別人のようで、似合う似合わないの判断ができなかったのだ。


「そう……だな。あ、これやるよ」


 俺は手に持っていた缶コーヒーの片方を差し出す。


「だから俺、ブラック飲めねぇって」

「微糖だよ」

「…………ウソだろ?」


 そこまで驚くことはないだろう。

 確かにいつもは、自動販売機のアタリで出てきたブラックの缶コーヒーを無理やり押し付けていたけど。


「宝くじでも当たったか?」

「そんなところだ」


 本当はシンへのお礼のつもりで買ってきたものだ。

 続けるのも、やめるのも、俺の自由なんだと思い出させてくれたシンのおかげで、俺は一歩を踏み出せた。そのお礼。


 恥ずかしいから直接伝えたりはしないけど。


「お前、なんか顔が晴れ晴れしたな」

「そうか?」

「……わかった。例の面倒な女がいるバイトを辞めてきたんだろ?」


 なんて察しのイイ奴。

 思わず目を見開いてしまった。


「ほら。当たった」


 缶コーヒーを開けながら、したり顔で笑うシンに、


「すげえな、お前」


 俺はただ驚かされるばかりだ。


 窓から吹き込む風が温かくなってきて、湿度を含み始めている。

 まだ温かいブラックの缶コーヒーを飲みながら、いつも買っている缶コーヒーもそろそろアイスに切り替えようかと考えていたところに、


「あのさ、関東ダンジョン技術研究所の」

「……ん゙っ゙!? ごほっ。ごほ。え、なに?」


 シンの口から聞き覚えのありすぎる言葉が飛び出して、のどまで入っていたコーヒーも俺の口から飛び出してしまった。汚したテーブルを、慌てて紙ナプキンで拭く。


「うわっ、なんだよ。きたねぇなあ」

「ごめん、ごめん。ちょっとコーヒーが変なところに入って。何の話だっけ」

「だから、関東ダンジョン技術研究所のインターンシップだよ」

「インターンシップ?」


 なんだっけそれ、と首を傾げる俺を、シンはあきれた顔で見ると小さくため息をついた。


「もう忘れたのかよ。去年、お前を誘っただろ?」

「…………あ、ああ。アレね。覚えてる、覚えてる」


 完全に忘れていたけど、今ちょうど思い出した。

 一緒に申し込もうとか言われたものの、うやむやにして逃げたんだった。

 そういえば、あのときもここで缶コーヒーをふきだした気がする。


「たしか……4月にエントリーとか言ってたよな? もう結果とか出たのか?」


 エントリー期間は長くても1ヶ月くらいだろう。

 つまり今年のエントリーは終わっている、ということ。


 巻き込まれなくて良かった、と胸を撫で下ろしたのもつかの間、


「それがさ。今年は6月にズレたんだよ」

「なんでっ!?」

「ほら、例のダンジョン連続襲撃事件。あれの影響で研究所もインターンシップどころじゃなかったらしくて」


 そういえばハンター連盟理事の鹿尾かのおさんが所長を兼任していたんだったな、と思いながら俺は「あー、ね」と相槌を打つ。


「だから、ほら。エントリーシート出さないと」

「ん?」

「ん? じゃねえよ。お前も出すんだよ」

「…………なんで?」

「俺一人じゃ不安だから、って前にも言ったろ?」

「それは聞いたような気がしないでもないけど、別に俺じゃなくたって――」

「一緒に行くなら、お前とがいいんだよ」

「……ええぇぇ」


 真っすぐな目で、少し照れくさそうに言うシン。無下に断ることはできなかった。


「なんで俺なんだよ」

「理由はまあ、色々あるけど……。お前と一緒だと楽しそうじゃん」


 一番の友達だと思っている相手に、そんな風に言われて悪い気などするはずもなく、俺の心はグラグラに揺れていた。


「二人でエントリーしたって、どっちも合格するとは限らないし。何ならライバルなんか一人でも少ない方がいいんじゃないか?」

「二人で合格するかもしれないだろ。それに、どっちかだけでも合格すれば、職場の様子も聞けるし。就活の参考になる」


 そういう考え方もあるのか、と素直に感心した。

 これまで就職のことなんか真面目に考えてこなかった自分と、髪を黒く戻して就活に備えているシンとの間に差を感じる。


 俺は吉音イナリをやめて先、人生をどう生きていくのか。

 大学生活というモラトリアムも、すでに半分を切った。 


「とにかく俺はさ、お前と一緒に行きたいんだって」

「…………わかったよ」


 ほかの学生と同じように就活をするにしろ、それ以外の道を選ぶにしろ、インターンシップを経験しておくことは悪くない。


 そして。

 相変わらず俺は、押しに弱い。

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