季節限定・博多あまおうの贅沢パフェセット
「珍しいじゃない。
涼しげな目元に、スッと通った鼻筋。相変わらず美人だ。
でも雰囲気はずいぶんと変わった。
少しカールしていた栗色の髪は、ストレートパーマで真っすぐに。
バッグには俺でも知っている有名ブランドのロゴ。指輪やネックレスも増えた。
「
「ふふっ。懐かしいね。潜木くんと初めてここで会ったのは、もう半年も前か。さて、じゃあ私はブレンドコーヒーを自腹で頼めばいいのかな?」
「遠慮しなくていいんすよ?」
音無さんは俺の顔を少し見つめると、メニューブックを手に取ってパラパラをめくった。
「季節限定・博多あまおうの贅沢パフェセットで」
メニューブックの中に差し込まれた、季節限定メニューのシート。
そこに描かれた豪華な苺パフェを指差して、彼女はニッコリと笑った。
「……音無さんって、本当に遠慮とかしないんすね」
「遠慮なんかしてたら、損するだけだからね」
どこまでも彼女らしい答えだった。
俺は博多あまおうの贅沢パフェセットと、ティラミスのケーキセットを注文する。
一息ついたところで、俺は小さく息を吸って止めた。
心臓が踊っている。言わなくては、と思うほどに高く激しく。
そんな俺を見かねて口火を切ったのは音無さんだった。
「それで……、そんな今から告白する高校生みたいな顔してどうしたのかな。怖いから今のうちに断っちゃっていい?」
冗談なのか本気なのか
それが彼女らしさであり、どうにも憎めないところだ。
「ははっ。音無さんは変わらないっすね」
「よく言われる」
おかげで緊張がほぐれた。バレエのプリンシパルように高く跳んでいた心臓も、モンキーダンスくらいまで落ち着いてくれた。
「音無さん、俺。『吉音イナリ』は終わりにすることにしたっす」
「…………ふぅん。やっぱり先に断っておけば良かったよ」
「もう決めたっすから」
一世一代、は言い過ぎだろうだろうけど。
それくらいの気持ちで伝えた俺の告白にも、彼女の反応はいつもと変わらない。
会話が途切れたところに、さっき注文しておいたパフェセットとケーキセットが到着した。音無さんはフォークで苺を突き刺して、
「やめた後は? どっか他の事務所に行くの?」
「いや。もうDunTuberもやらないことにしたんで」
「なにそれ」
なんとも不満げな表情を向けた。
いつも冷静な彼女の意外な反応に、俺は少し目を開いた。
「それだけの才能に恵まれて。それを捨てようだなんてもったいない」
「もったいない?」
「だいたい。潜木くんがシスコンじゃなければ、色んなオープンダンジョンを巡って未知のアイテムを見つけて……、今頃はナンバーワンDunTuberだっただろうに」
これまでも何度も言われてきたことだ。
でも、いくらお金を積まれたところで、そんなタラレバに意味はない。
「俺はシスコンじゃないし。なにより、妹を置いて遠くのダンジョンに行くようなヤツは俺じゃないっす」
「まあ、そうなんだろうね。残念だけど」
何個目かの苺を口に放り込んだところで、音無さんがゆっくりと紅茶を運ぶ。
俺もコーヒーを一口啜って、ティラミスにフォークを伸ばす。
「それに『もったいない』っていうのも違うと思うんすよね。別に二度とダンジョンに行かないって決めたわけでもないっすから」
固有スキルはダンジョンでなくては意味をなさない。
自分が才能に恵まれている、ということも自覚はしている。
「でもDunTuberはやらないんでしょ?」
でもそれは、DunTuberでなくとも活用できるものだ。
「とりあえず、今は」
俺の答えに音無さんは悲しげな表情を浮かべた。
「じゃあ、やっぱりもったいないじゃない。目の前に落ちてるお金を拾わないんだから」
「お金は……大切っす」
「そうでしょ? だったら――」
「でも、お金が全てじゃない」
少しだけ、声が大きくなった。
月並みだという自覚はある。
それでも、これ以外に今の俺の気持ちを表す言葉はなかった。
「……ふっ。あははははっ! 真剣な顔で陳腐なことを言うじゃないか、潜木くん」
一瞬あっけに取られたあと、お腹を抱えて笑い出す音無さんを、俺はまっすぐに見つめた。
「はじめは強引だったすけど、音無さんには……感謝もしてるんすよ。母の入院費も、妹の学費も、しばらくは心配しなくていいくらいの蓄えができたし、ダンジョンバーストから妹を助けることもできたし、コトリさんや、
これは本心だ。
確かに音無さんは誠実ではないだろう。
それでも、俺の人生を変えるほどの影響を与えてくれた、数少ない人物の一人であることは間違いない。
少しだけ口角を上げて、音無さんが苦笑を漏らす。
「ふふっ。考えは変わらないぞ、って顔してんね」
「俺、そんなに考えが顔に出てんすか?」
「油性マジックで書きつけたみたいだよ」
「うえぇぇぇ」
心外だ。
そんなにヒドいとは思っていなかった。
そんなにバレバレじゃ考えていることは全てバレているのと変わらない。
「まあ、いいんじゃない? やめたら」
「え?」
「この業界は水商売だからね。やる気がないヤツが登っていけるほど甘くない。潜木くんには半年でずいぶん稼がせて貰ったし」
もっと引き留められるかと思ったのだけど、思いの外、音無さんはあっさり受け入れてくれた。
スプーンでパフェの底まで救いきった音無さんは、スッと立ち上がって言った。
「ここは私のオゴリだよ」
いつの間にか、伝票は彼女の手に。
俺は最後までこの人に敵わない。
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