ずっと近くに
「
「そうっすね。色々と思うところはあるんすけど、まずはやっぱり『怖い』っすね」
「なるほど。それはなぜでしょうね」
「なぜ?」
「純粋な戦闘力でいえば、この国であなたに勝てる人はそれほど多くありません。あなたが保有しているレジェンダリーアイテムとはそれほどの力を持っているのです。それでもあなたは彼らを怖いと感じる、なぜでしょう」
俺は……。
青海海底ダンジョンを思い出してみる。
突きつけられた弾が見えない銃。
俺にとっては脅威でもなんでもない。
逸刻環の力を解放すれば、男が引き鉄を引く前にゼロ距離まで接近が可能だから。
逆に言えば、逃げることもたやすい。
命の危険はほとんどなかった。
にも関わらず、俺は彼らを怖いと思った。
「たぶん……、彼らが人を殺すことを
敵を殺すのはもちろん、味方でさえも無感情に殺してしまう彼らが怖かった。同じ人間であるはずが、自分とは違うナニカのように感じて怖かった。
「そう。彼らは人を傷つけることを
異常者とはなんだ。
正常とはなんだ。
少なくとも俺が出会った二人は、その牙が明らかになるまで普通の人に見えた。
「……わからないっす」
「正常ですよ。人が人を傷つけ、殺し合う。人類の歴史なんて、その繰り返しなんですから。心理的ハードルなんて、ほんの少し『正義』のお墨付きを与えるだけで簡単に乗り越えられます。だから世界から戦争がなくなることはない」
理由があれば、あなただって人を殺すんです。冷ややかな笑みを浮かべる鹿尾さんに、背筋がひやりとする。
「だから、私があなたに『正義』の旗をお渡しします」
「正義の旗?」
「『人の命を救うため』という圧倒的に正しい義です」
🦊 🦊 🦊 🦊 🦊
「それが今回の筒城先輩救出計画ってことですか?」
私の問いかけにキツネさんは小さく頷いた。
長く黒い髪が揺れる。
その隙間から、長いまつ毛とまっすぐに瞳が見えた。
キツネさんの素顔を見るのは初めてだったが、この顔を見るのはおそらく二度目だ。福島県猪苗代町にある弔魂碑の前で、妹らしき女性を連れていた男性によく似ている。
わざわざ確認はしていない。
一度だけ。それもほんの短い時間に、一言二言の言葉を交わしただけなのだ。
向こうはきっと覚えていない。
「鹿尾さんはハンター連盟本部に、しかもダンジョン犯罪対策課にダンジョン連続襲撃事件の犯人か協力者がいるって言ってたっす。でも、どこが黒く染まっているかが
その言葉を信じるなら、私たちは囮にされたということだ。
理事たちは、筒木先輩からの救難信号を『敵の罠』だと判断した上で、あえて罠に掛かりに行った(いや、行かせた)ことになる。
「キツネさんは、鹿尾さんからどういう指示を受けていたんですか?」
「今回の救出計画に同行して、気配を隠したまま敵の動向を探り、ダンジョン犯罪対策課のメンバー全員の白黒がハッキリするまで待ってから、犯人を無力化することって感じっすね」
コトリさんが
私はもちろん気にしていない。
自分の身くらい自分で守れなくて、どうしてプロハンターを名乗れようか。
それにもしあの時、キツネさんが私を助けにきていたら、
ダンジョン犯罪対策課のメンバー全員の白黒をハッキリさせておかなくては、黒く染まった部分が残ってしまう。
「経緯はわかりました。でも不思議なことがもう一つあるんです。キツネさんはあのときどこから……、いや、どこにいたんですか?」
入り口には網場が、奥へ向かう道には紺屋と帆立がいて、他に出入り口はなかった。にもかかわらず、彼は突如として姿を現した。
なんとなく予想はついている。これは確認だ。
「ずっと近くにいたっすよ」
やっぱりそうか。
そうでなくては説明がつかない。
「姿を消す……、いや認識を阻害するアイテム」
「ご名答っす」
つまり、こういうことだ。
私たちと一緒にダンジョンへと入ってきた彼は、筒城先輩を救出したあともずっと私たちの傍にいた。しかし認識阻害の影響を受けていた私たちは彼に気づくことはできず、それどころか彼の存在そのものが意識から外れてしまっていた。
私たちが彼に気づいたのは、帆立が不意打ちを受けて倒れた後から。
恐らくは『意識して注意を向けられる』ことが認識阻害から脱する方法。
「それもレジェンダリーアイテム、ですか?」
「そうみたいっすね。鹿尾さんが色々なダンジョンに連れて行ってくれて、そのときに手に入れました」
「そういうことですか」
鹿尾さんは必要なアイテムが、どのモンスターからドロップするのか把握していたのだろう。だから、そのモンスターが出現するダンジョンに彼を連れて行った。
果たして彼は、キツネさんをどうするつもりなのか。
その後もいくつか気になっていたことを質問して、私は店をあとにした。
キツネさんは「次の予定もココだから」とそのままカフェに残っていたが、なんだか落ち着かない様子だった。
まるで誰かに告白でもする前のような緊張感が伝わってきて、私は小さくため息をついた。
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