剣道×なぎなた!

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剣道×なぎなた!

 なぎなたと剣道はどちらが強いのか、という命題がある。

 答えを先に言ってしまうと、一応なぎなたの方が強いということになっている。得物の長さによる間合いの広さが違うためそう言われているのだ。

 実際のところ、本当になぎなたの方が強いだろうか?

 勝敗というものは単純なものではなく、なぎなた初心者と剣道の達人が戦えばかなりの確率で剣道が勝つというのは想像するに難くない。つまり先ほどの答えは『同等の実力であれば、なぎなたが勝つ』ということなのだ。

 同等の実力──それは如何にして同等の二人を見繕えばいいのだろうか。段位、経験年数など、指標になる物は数あれど、競技が違うため実力を計るのは難しい。

 実力を揃える、という方法ならもっと単純な方法がある。

 最強の剣道選手と最強のなぎなた選手で戦えばいいのである。



「まさかうちの学校に配属されるとは思いませんでした」

 第二体育館の電気は節電のために間引いてあるので点けても少し薄暗い。明かりの確保と風を通すため開けられる扉は全開にしていて、磨かれた板間には土曜日のさっぱりとした日が差していた。体育館向こうでは野球部のベースへ駆ける音が聞こえ、更に向こうの校舎からは吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。外はまだ夏の気温が残っていたが、室内までは入ってこない。温度の低い、静謐な空気が漂っている。

「私も驚きましたよ! 着任挨拶のときに見知った顔がいるとは思いませんでした。とはいえ、まともに話すのは今日が初めてですね」

 頭を下げ、額に手拭いを当てて顔を上げる。少しきつめに頭に巻いて、余った端を挟む。左隣にいる彼女は視界の外にいたが、表情は容易に想像出来た。少し高めの柔らかい声に似合う、人を和ませるような朗らかな笑顔を浮かべているに違いない。

 彼女──剣道家の相内さんは、いるだけでどこか空気を和らげるような雰囲気を持っている。小柄で小動物のような可愛さもあり、一見すれば誰もが思わず守ってあげたくなるような人だった。しかし実際はそんな弱々しい小動物ではない。全日本剣道大会にて五連勝で記録更新中。強さは更に磨きをかけ、太刀打ち出来るものはおらず今や打倒相内を掲げる者もいるほどだ。

 敢えて見た目で彼女の強さを知れる部分があるとするならば、背筋だろうか。腰から頭までスッと通った背は、しゃんと茎を伸ばしたタンポポのようで心地良い。朝の電車で遠目に見てても、手すりを持っておらずとも急ブレーキでバランスを崩す様子はない。体幹がしっかりしているなと思いつつ半袖から伸びる腕を見れば、筋肉の筋が浮き出ていた。レースの襟のシルエットがふんわりとした服を着ているのも、もしかしたら腕や肩の筋肉を隠すためなのかもしれないと勘繰ってしまう。

「テレビでは見たことありましたし同じ教師ということは知っていましたが、九州が出身だと記憶していたので驚きました」

 剣道の全国大会はテレビでも放送されるので、毎年試合は見ていた。胴に下げる垂れネームには、九州の地名が入っていたはずだった。(ちなみになぎなたもかつてはテレビ放送されていたようだが、今はされていない)

「夫の転勤に合わせてこちらに来たんですよ。私も比企和さんがこちらのご出身と窺ってはいましたが、まさか同じ高校に配属されることになるとは夢にも思わなかったです。まさかなぎなたの皇后杯三連勝中のあなたに会えるなんて」

 そう──相内さんが剣道で五連勝中であるように、私もなぎなたの全日本大会で三連勝中なのだ。現在の剣道最強となぎなた最強がこの高校の小さな第二体育館に集まったのである。

 なぎなたは得物の長さゆえに型の競技(演技競技)のみと思われがちだが、防具を着けた試合競技もある。剣道とはコートの広さや防具の形などに多少の違いはあるが、基本ルールは同じなので異種試合というものが成立した。

 試合の約束が取り付けられるのは早かった。着任挨拶のあと、どちらからともなく声をかけ簡単な自己紹介をして「いつどこでしましょうか?」と内容を確認するまでもなく場所と日程を決めた。どうやら最強は最強と戦いたいと思うさがらしい。

 面まで防具を身に付けて、コートへ入り蹲踞そんきょの姿勢になる。ギャラリーは公に試合をするわけではないので外部の人はいないが、練習の終わった剣道部員となぎなた部員が試合を観戦するために残っていた。審判も残っていた三年生達に頼むことになっている。

 相対し、目を合わせ、礼をしたあと中段に構える。

 相内さんの雰囲気が変わった。ヒリつくような空気に肌が粟立つ。鋭い眼光がこちらを射抜き、その視線に高揚した。さては、本性はそちらですね? 嬉しくなった私は、自然と口角が上がる。

「はじめ!」

 中段の構えのままお互いに出方を窺う。実力は中段の構えただけでも分かるというが、本当にそうらしい。相内さんの構えには隙がなく、少しでも動けば出来た隙にすかさず打ってくることを確信した。

 得意技は知っていた。

 技をかわしてからの抜き胴。

 対する私は出鼻の脛打ち。

 ただここで異種試合であるが故にお互いにその得意技は封じられることとなる。

 なぎなたの試合は胴打ちで決まることはほとんどない。構えで胴が塞がるため、空くことが無いのだ。打ってもケガをさせる可能性の方が高い。そのため打つこともなければ打たれることもない。

 また、剣道には脛打ちが無い。普段は脛を打つことも打たれることも無い。そんな状態で脛打ちで勝つなんて、本当の勝ちと言えるのか? 私は否だと思う。プライドが許さない。メン、コテ、ツキで勝ってこそ本当の勝ちと誇ることが出来よう!

 動いたのは相内さんが先だった。ブレの無い動きで、

「メン!」

 と普段とは違う、低く鋭い声で打突部位を発声する。凛としたいい声だなと攻撃を避けつつ、構えを変えて小手を狙う。しかしそれは見切られて、相内さんはパンッとなぎなたを払って再び面を狙った。私は足さばきで避けて、威嚇を兼ねて脛を打つ。そして互いに間合いを取り、中段に戻る。 

 なるほど、一筋縄ではいかない相手だと言うことはよく分かる。スピードも反応も早く、それでいて基本に忠実だから無駄な動きがない。電車で見たように、体幹は強く体勢を崩すようなことも無い。納得の強さだ。

 次に仕掛けるのは私から。構えを変えて連続技で小手、面を打つ。近い間合いで竹刀となぎなたを合わせ、相内さんが引きながら面を打つが間合いが近いからこれは入らない──

「メンあり!」

「えっ」

 私の心の声を代弁したのは、他ならぬ相内さんの方だった。

 思わず審判を見ると、相内さんも審判を向いていて、二人の視線を受けた主審の教え子の肩が跳ねる。怯ませてしまった、と反省しつつなぎなたを下ろした。

 教え子は戸惑ったような顔で、「無しですか……?」と目で訴えている。私と相内さんは目を合わせて互いの同じ意見を声に出して確認する。

「……審判は絶対なので」

「仕方ありませんね」

 そもそも剣道やなぎなたを始めて数年の教え子に、正確な審判を求めるのも酷な話である。つまり最強同士の試合には最強の審判……正確には経験のある審判も必要なのだった。

 再び中段に構えて刃先を合わせる。「はじめ」の声が掛かる直前に、クスリと面の向こうで彼女が微笑んだ気がした。纏う雰囲気が変わった。緊張感はそのままに、目の光が獲物を見付けた猫のような光を湛えている。

『今日はお遊びなので、もっと楽しみましょうよ』

 そう目が言っていた。

「はじめ!」

 相内さんは開始早々竹刀を振り上げて、

「スネ!」

 と剣道では中々お目にかかれないスネを打ってきた。私はそれをかわしながら、彼女の意図を組む。

『どうせなので、正式な試合ではない今日しか出来ない試合をして楽しみましょうよ!』

 そう言うならば、私も彼女に倣って楽しみましょうか。

 私はメンを打つと、彼女は竹刀で払う。その威力を使って頭の上でなぎなたを大きく回し──

「スネ!」

 振り返してスネを打った。

「一本あり!」

 プライドに反してスネで一本を取ってしまったが、まぁこれならばいいだろう。

 なぎなたには頭の上で振り返して打つ技があるのだが、一般的に試合で使うことは少ない。単純に隙が多いからだ。実際に試合で使ってみたいと思っていたし、いい機会だ。今日は存分に試させてもらおう。

 そうしてお互いやしたい技をし合い、楽しんでいたら時間が来て、結果は一対一の引き分けとなったのだった。

「振り返しで一本取られたの初めてです! 比企和さんはやっぱり刃筋が綺麗ですね。メンかスネか、打たれる直前までどちらか全然分からなかったです」

「相内さんは目が良いですよね。刃筋が綺麗って言ってくれるのは嬉しいですが、全部見切ってたじゃないですか」

「そんなことないですよ! 本当にギリギリで余裕無かったですもん。また試合したいなー」

「ではこの試合の続きは来月の西日本大会ということで」

 西日本大会にはエキシビションマッチとして、なぎなた対剣道の団体戦があるのだ。私達はその試合に出ることになっていた。そのときの審判はなぎなたと剣道の両方から審判資格を持った人が務めることになっている。

「そうですね。それまではおあずけで。あっ、けど異種の練習には付き合ってくださいね?」

「手の内明かしていいんですか?」

「それはそちらも同じでしょう? 奥の手は見せませんし」

「同じく」

 やったー! と無邪気に笑う彼女はやっぱり強く見えなくて、同時にこうして試合を楽しむところが彼女の強さに繋がってるのだろうと思う。

 面を外し、腕を上げて伸びをする。楽しかったな、と自分自身も充実感に溢れていることに気付いて遠い昔のなぎなたを始めた頃のことを思い出していた。最初は何も出来なくて、練習して出来ないことが出来るようになったら嬉しくて、負けたら悔しいけど更に強くなるために練習するのはやっぱり楽しくて。

 彼女が強いから、私も負けずに更に強くなろうと、心を新たにするのだった。

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