第26話 復讐するは我にあり
少し時を遡る。ラムダ村での任務を終え、〈教会都市〉ミレインへ帰還してすぐに、アクエリカの執務室に呼び出されたデュロンは、簡単な報告を行っていた。
いつも通りデュロンの制服の袖の中にアクエリカの使い魔が一匹入っており、現場での一部始終はすでにほとんど伝わっているので、本当に簡単な報告に終始したわけである。
これもいつものように、アクエリカは柔和に笑って、労いの言葉を口にした。
「お疲れ様。あなたも大変だったわね、帰ってゆっくり休みなさい」
恭しく退出したところで、デュロンは扉の前で待っていたらしいベルエフに、肩を組まれて連れ出される格好となる。
「おうおう。なんかよ、お前最近特に俺の頭を飛び越えて、アクエリカから直接指示を受けることが多いじゃねえか。おじさん寂しいったらねえぜ」
「いや、それは俺に言われても……今回とかは名指しだったみてーだしよ」
「隅に置けねえ奴だなあ。で、どんな任務だったんだ? なんかおじさんに隠してることはねえか? たとえば道中でかわいい女の子と仲良くなったとか、そういうことがあったら俺はもう、全力で言いふらすつもりなんだがよ」
「アンタ最悪だな!? なおのことなんも話したくねーわ!」
「まあそう言わずによ……え? なに? それともほんとにやましいことがあるわけじゃねえよな? お前どうせ黙っててもおじさんにはわかっちまうんだから、洗いざらい明かして楽になっいまえや、なあおい?」
「うわー、めんどくせーのに捕まっちまった」
あまりに根掘り葉掘り訊いてくるので、結局寮へ帰る道すがら、ことのあらましを事細かに喋ることになった。
アクエリカには話さなかったこと……といっても単にアクエリカがすでに知っていることも含めて、すべてだ。
「なるほどねえ……そりゃ傍で見てるだけでもキツかったろうな……それでデュロン、お前はどう思ったんだ?」
漠然とした問いかけだったが、なにに対するものかはわかっていた。
その意図も理解しているため、デュロンは遠慮がちに、慎重に答えていく。
「復讐ってのは、やる方も結構しんどいんだなって思ったよ。単なる遂行能力だけの話じゃねー。結局のところどいつが悪いんだっていう、標的の見定めから始めなきゃなんねーわけだろ。きっちりやり切るのは、相当な労力がかかるんだろうからな」
ベルエフは眼を閉じ、噛み締めるように感じ入っていたが、やがて見開き、遠回しに切り出した。
「ああ、そうか……そうだよな……いや、もちろんそれも重要だとは思うけどよ。ほら、ギャディーヤの野郎が言ってたんだろ? ミレインに帰ったら、俺に訊いてみろってよ」
完全に予想外の話題だったため、反応が遅れたデュロンに、ベルエフは快活に笑いかけてくる。
「そろそろ最強を視野にねえ……あいつもなかなかいいことを言うじゃねえの。じゃ、改めて俺から尋ねようか。どうだ、デュロン? やってみる気はあるか?」
少し考えてみたが、具体的なイメージが浮かぶでもなく、首をかしげるしかない。
「正直ちょっとよくわかんねーな……いまいち魅力を感じねーっつーか……現実的に俺がそうなれるとも思えねーし」
「本当か? 俺の見解は、ギャディーヤとは少し違うね。この世界において最強の存在ってのはつまり、この世界においていつでもどこでも、敵が誰だろうと、なんでも好きなものを好きなだけ守れる奴ってことだ。これならどうよ?」
「……」
「つーかギャディーヤもたぶん、自分でわかっててあえてそういう言い方をしたんだろうけどな。実のところそのスティングって子が、奴の本音を代弁してると思うぜ。あいつはちょっと歪なだけで、趣旨としては俺が言ってんのと、そう変わらねえんじゃねえかな?」
「……」
しばらく黙って思案した結果、デュロンはおもむろに右手を掲げ、天を指差して宣言した。
「やっぱ魔族に生まれたからには、一度は最強志さないとな!」
「うっわ、こいつちょっろ……」
「なんだよ!? アンタが嗾けたんだろ!?」
「いやいや、別に悪いとは言ってねえから。でもお前のそういうとこほんと引くわ」
「間違いなく褒めてねーよなそれ!?」
ひとしきりからかった後、まだ仕事が残っているようで、ベルエフは元来た方向へ踵を返しながら、肩越しに手を振って言い置いてくる。
「ま、お前が今後そういうことでやっていくってんなら、俺は全面的に協力するからよ。これまで通りなんか困ったら、いつでも相談しに来てくれや」
「ありがとう、旦那。頼りにしてるぜ」
変わらず大きな背中を見送り、帰寮したデュロンは自分の部屋へ戻る。
明かりも点けずにベッドに腰掛け、じわりと滲む自分の緊張に、自分で噎せ返りそうになる。
ついに旗幟を鮮明にしてしまった。もう後戻りはできないかもしれない。
だが後悔しているわけではない。いずれにせよことが起こるまでは、振られた賽の目が出揃うのを待つだけだ。
ギャディーヤには悪いがデュロンの場合、最強とやらを目指そうと目指すまいと、できることが変わるわけではない。
なので取り返しのつかない意思を表明してしまったのは、言葉によるものではないのだ。
いかなる監視下にあろうと、嗅覚による一定以上の感情感知能力を持つ人狼の間でのみ通せる、ある種の暗号が存在する。
仕組みはごく簡単なものだ。口で正反対のことを吹きつつ、全身の毛穴から雄弁に本音を垂れ流す、これだけである。
本題は前半の復讐に関する部分であり、デュロンがベルエフにだけわかるように、及び腰な口調に反して発した気炎は、すなわちこう伝えている。
『復讐ってのも悪くねーもんだと、メルダルツを見ていて、そう思えたよ』
そして……これはクーポの協力を得た葉っぱ筆談のときもヒメキアには伏せていたのだが、今のところベルエフ、オノリーヌ、リュージュ、ソネシエ、イリャヒ、そしてデュロンだけが知っている、ミレイン在住の〈銀のベナンダンテ〉の中でも彼らの間でのみ共有されている、彼らが至るべき最終的な作戦名が存在する。
現在魔族同士で使われている大陸共通語ではなく、ベルエフ、オノリーヌ、デュロンの生まれ故郷であるプレヘレデ王国で、主に人間時代に使われていたプレヘレデ語により、『il piano de oro benandanti』と称するものだ。
直訳で『〈金のベナンダンテ〉計画』といったところだろうか。
これは半年ほど前にデュロンがヒメキアに話したような「本物のベナンダンテ」「最強の傭兵団」「御伽噺の実現」などを漠然と表す概念として、オノリーヌが勝手に名付けているものであり、これ自体にはあまり具体的な意味はない。
肝心の内容はというと、彼らが晴れてジュナス教会の支配から解放されるための、いくつもの道筋を記すものである。
アクエリカを使徒座に担ぎ上げるという現行方針は、あくまでその分岐の一つに過ぎない、もっとも穏当なルートと言える。
中にはゾーラへ打って出て、死んだハザーク夫妻……デュロンとオノリーヌの父ガレナオと母シェミーズの、十年越しの弔い合戦を兼ね合おうという向きもある。
つまるところそれを是とするか否かの判断を、デュロンは今年の死の月が終わるまでを期限に、やんわりとではあるがベルエフから求められていた。
今回の件は踏ん切りをつける良いきっかけとなった……と表現できるのはしかし、結果的にすべてが上手く行った場合に言えることでしかない。
「あー、こえーなー……本当にそういう流れになっちまったらどうしよう……」
独り言では嘆きつつも、自分の肚が自然と決まっていくのを、デュロンは自覚せざるを得なかった。
両親の顔も声もろくに覚えていないデュロンにとって、格別仇討ちを行うモチベーションが高いとは言えない。
だが当時八歳だった知能も情緒も早熟なオノリーヌと、一緒に教会の軍門に下ってくれたベルエフがやると言い、リュージュが、イリャヒが、ソネシエが助力を申し出ているのなら、デュロンが尻込みするわけにはいかない。
同属意識や同調圧力もなくはないのだろうが、それ以上に黙って彼らを死地へ見送るという選択肢を、デュロンは持つことができない。
それにそうなっても結局のところ、デュロンにできることは、おそらくやはり変わらない。
そのような非常時となればドサクサに紛れ、ヒメキアを狙う輩も頻出するだろう。
その魔手から、いつも通りに彼女を守る……そのための力を磨くと考えればいい。
いずれにせよ、今からではまだどうなるかわからない。
復讐するは我にあり……条件や状況が整うかは、神のみぞ知るというわけだ。
〈了〉
復讐するは我にあり(『銀のベナンダンテ』第5章・鼎鬼編②) 福来一葉 @fukurai
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