第25話 復讐鬼は黄金の守護獣に跨る
スティングと彼のつるんでいる小僧小娘どもに、さらなる追い打ちを食らわせようとしたメルダルツだったが、どの道まだインターバルが終わらない。
ふと足を止めて振り返った彼は、奴らが出てきた民家に眼を留めた。
いつも簡単に隠れ家を放棄するあの連中が、なぜか今夜だけは死守していた。
あの家は奴らにとって長期的価値のあるものなのではないか?
ならばそれを砕くのも……ここまで来ると相当に迂遠で、ものすごく間接的なものになってしまうが……これもまた一つの復讐の形であろう。
スティングの捕捉を一旦放棄したメルダルツは、その場で裁きの手を掲げる。
魔力を練り上げ、インターバルの終了を待って、新たな隕石を落とそうとした……直前に、慌てた声が横合いからかかった。
「ストップ、ストーップ! ちょっと待った!」
ひとまず制止に従い手を下ろしたのは、その栗色の髪に浅葱色の眼の、メルダルツより二回りほど年下と思しき男に、メルダルツ自身に近いものを感じたからだ。
一見ヘラヘラしているが、この男は私と同類だ……というのが第一印象だった。
ただしこいつはまだなにも失っていない、という注釈が付くが。
なぜならその男の眼は、未来と希望を見つめる、生きた輝きを放っているからだ。
ただこいつはそれを守るためなら、どんな遠回りも辞さないし、どんな手段にも手を染めるだろう。
「なんだ? 見ての通り、私は連中の拠点破壊で忙しいのだが」
「やれやれ、落ち着きなよ。ヴェロニカにどんな恨みがあるのか知らないけどさ、あんたさてはズブの
「ほう……そういう君は、なかなかその道に通じているようだ。指導鞭撻賜わろう」
「あ、意外と話通じるタイプなんだ、助かる……いいかい、敵の物資も情報も、トラップもイカサマも、ただ潰すんじゃつまらない。そっくりそのままいただいて、相手を叩くのに使ってやるのさ。相手の優位を逆用する快感は、なかなかどうして病みつきになるものだ。もっとも俺はどちらかというと、それをやられたときの屈辱により詳しいけどね」
「なるほど、一定の説得性がある。承服しよう。ところでそのヴェロニカというのが、あの家の持ち主の名前なのかな?」
「えっ、そこから? じゃあ、なんだろう、あなたはヴィクターの……」
「どうした、ウォルコ? そいつが隕石の使い手なのか?」
話の途中で割って入り、新たに姿を現したのは、長い臙脂色の髪に、落ち窪んだ鳶色の眼の偉丈夫だ。
ウォルコと呼ばれた男は間に入って取り持つように、他の二人を手で指し示す。
「みたいだね、でもまあ聞いてよ。こちらの……えー、どなたですか?」
「私はギルベルト・メルダルツ、しがない占星術師だ。ヴィクターというのは、あの銀髪の青二才のことだな? 私が用があるのは、奴の仲間らしいスティング・ラムチャプただ一人だ。いや、正確にはスティングを殺すことで、ギャディーヤ・ラムチャプへの復讐を果たしたい」
「すんごいハキハキ告白してくるんですけど、この紳士絶対イカレてるよ」
「目上に対して面と向かってそういうことを言うものではないぞ」
メルダルツはもうそんなことを気にできるような精神状態ではないのだが、二人は結構真面目なようだ。
「反省します。ていうか、驚いたな。俺は一度、ギャディーヤと組んだことがあって……」
「なるほど、君も死ぬか?」
「いやもうそのときの計画は完全に頓挫したから、今さらあいつに肩入れする理由は特になくなったんですけど! 俺は俺でつまるところ自分の娘最優先だし!」
「そうか、ならいい。それより君、娘さんがいるのだな。大切にしなさい。こんなところをほっつき歩いている暇があるのなら、可愛がれるうちに可愛がっておくべきだ」
「あ、ありがとう。いやしかし俺にも事情ってやつがあってですね……」
「おいウォルコ、貴様なかなかの爆弾を拾ったようだな。同情しておくぞ」
「よーし、そろそろちゃんと名乗っておくね、メルダルツさん。俺はウォルコ・ウィラプス、こっちのさっきから
「俺は俺の信仰のために」
「ってわけなんですよね」
「なるほど、君たちもなかなか酔狂な輩と見える」
「あんたに言われたかないけどね」
やさぐれた様子のウォルコから、ファシムが話の主導権を譲り受ける。
「口を慎め、ウォルコ……それで、メルダルツ氏、我々がここに居合わせた理由なのだが……ウォルコの言った『然る御方』に対し、裏切りを働く者の存在が発覚した。それがあの家で生まれ育った、ヴェロニカ・ゲーニッハという女だ。かく言う俺も、つい数時間前に手酷く担がれたばかりでな。追放されたその足で、一報を受けて参じているという次第なのだ。どうもヴィクターめらを叩くのが、俺とウォルコに課せられた役目の一部であるらしく」
「理解した。私と君らは、どうも利害の一致を見ているようだね」
スムーズに手を結ぶ運びとなったのだが、なぜかウォルコはしかめっ面のままだ。
「俺たちとあなたが組むにあたって、一つだけ問題があるよ」
「なにかな。私は目的達成のためなら、かなり譲歩できると自負しているよ」
「おい、ウォルコ……貴様まさか」
「俺とファシムは二人で〈
「やはりか……そもそもその名称を承認した覚えはないのだが……」
頭を抱えるファシムだが、メルダルツにはウォルコの懸念も理解できる。
「確かにそれは由々しき事態と言わざるを得ないようだね。象徴は理念を映し出す鏡、異体同心となるべき三位一体の偶像を見つけようじゃないか」
「やあ、ロマンを解する男だな。まずあなたの種族名を訊いた方が良さそうだね」
「ああ、どうやら爆弾を拾ってしまったのは、他ならぬ俺だったようだ」
ファシムの様子を訝りつつも、あっけらかんと話を進めるウォルコ。
「詳しい事情は、話したかったら追い追いね。俺とギャディーヤもそんな感じだった……それともこの名は、あなたの前では禁句にした方がいいかな?」
「いや、構わない。私はそこまで繊細な
「どうやらあなたとは上手くやっていけそうだぜ。ほらファシム、なにを嘆いてるのか知らないけど、早く来なよ。ヴィクターたちを完全に見失ったら、また探すのは結構骨かもよ?」
「なぜ俺が悪い流れになっている……」
復讐の鬼になると決めた後になって、朋輩に恵まれることがあるとは思わなかった。
的にかけられたスティングだけではない。星の力は、メルダルツ自身をも祝福している。
ならば進むしかないのだ。その先にどんな結末が待っていようとも。
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