第24話 全属性付与一本槍!(ふざけているわけではない)

 それから半月ほど似たような日常を繰り返し、隕石回避が〈第四勢力フォース・フォース〉のルーチンワークと化してきた頃……10月31日、ちょうどハロウィンの日に、それは起きた。


 荷物待ちの用事があるというヴィクターと、ジャンケンで勝ったジェドルを隠れ家に残して、エモリーリとパグパブと一緒に買い出しへ行っていたスティングは、なにごともなく戻ってきた。

 しかし隠れ家に入るなり、リビングの隅に知らない禿頭の巨漢が膝を抱えて眠っているのを発見し、三人は揃って飛び上がる羽目になる。


「おわぁ!? なにそのハゲ、どっから生えてきたの!?」

「エモちゃんちょっと最近口悪すぎない?」

「そのおハゲ様はいずくにかハゲ散らかしあそばし……えっと……ですわ?」

「そういうことじゃねぇと思うぞパグ……ぶっちぎりで失礼すぎるだろ……」

「もしかして新入りくん? 俺に初めての後輩ができた感じかな?」

「スティング、君の冷静さが本当に助かると実感してる。そうなんだよ。こいつはウーバくん。ジェドル、さっき僕がした説明をみんなにしてあげて」

「やだよ、めんどくせぇ。お前そういうの喋るのが仕事みてぇなとこあんだろ」

「やれやれ、しょうがないな。ウーバくんは元々、神の依代って名目で……」


 言いかけたヴィクターを遮り、エモリーリが声を上げた。


「来るわよ! こんな時間にも活動してんのね、隕石おじさん!」

「しまった、尾けられてたか……おかしいな、ちゃんとフードで顔隠してたのに」

「スティングくんだけじゃなく、わたしたちも仲間として顔を覚えられちゃったのかも。もう少し隠密に……」

「反省会は後にしやがれ、さっさとずらかんぞ! オラ、起きろウーバ!」


 下ろしたばかりの荷物を担ぎ直し、ふと振り返ったスティングは、部屋の真ん中に突っ立ったままの親友を訝る。


「……ヴィクター?」


 彼は端正な顔立ちに苦渋の汗を滲ませ、食い縛る歯の間から呟きを漏らした。


「ダメだ……今回は逃げるわけにいかない」

「は? こんなときになにを大ボケかましてんだテメェは、残り一分切っちまうぞ!?」

「これまでの隠れ家はいくらでも替えの利く、ただの使い捨てだった……だけどここはヴェロニカの生家だ。彼女が残したままの貴重な資材や資料、下手すりゃそれ以上の秘密や財産が山ほど眠ってる。ここを失うのは、僕らにとって埋めがたい損失となる!」


 にわかに事態を把握するに至り、冷静だった一団は浮き足立ち始める。


「えっ……え、じゃ、どうするのよ!?」

「君らは行け! 僕はこの場所と心中する!」

「それ伝説の秘宝が納められてた崩壊しつつある洞窟ですでに致命傷を負ってる番人が一人残ることを決意するとかのクライマックスでやる感動的なやつ……」

「マジでふざけてんなこの野郎!? もういい、無理矢理引きずってくぞ!」


 抵抗虚しくあっさり運ばれていくヴィクターに続いて、アジトから脱出したスティングだったが……どうしても後ろ髪を引かれる気持ちに逆らえず、取って返して壁を登る。一番高い屋根に立って、すでに視認可能な距離まで接近済みの死を見上げた。


「スティング!? 今度はテメェか、なにしてやがる!?」


 ジェドルの問いに答えて、言葉とともに動作で意志を示すスティング。

 左手から生成した槍の穂先を、まっすぐ上に掲げて叫んだ。


「俺が……俺がこの隕石を止める!」

「はあっ!? なに言ってんのあんた!? ママはこっちよ、早く来なさい!」

「いやテメェがなに言ってんだ!?」


 結局性癖をブッ壊されたのはエモリーリの方だった。彼女がいなければこの半月で、スティングは確実に死んでいただろう。

 ここが重要な協力者の生家だというのなら、このたった一回くらい、スティングは自身の尻拭いを果たすべきなのだ。

 そして一方でヴィクターに教えられた、仲間という存在がどういうものかも忘れてはいない。


「でも俺一人じゃ無理だってのもわかってる! だから……俺が隕石を止める! みんなは俺がそうできるように、周りからサポートしてくれ!」

「薄々わかってはいたけどよ、あいつ一番イカレてんな!?」

「む、無理だと思う……さすがにここは放棄した方が……」


 やはりダメか……と落としかけた肩を、スティングは優しく掴まれる感触を得た。

 正確には空気の塊に包まれて、もろとも宙に浮いたところで、傍らに現れ助力してくれる存在の正体に、ようやく思い至ることができる。


「君は……ウーバ、くん?」

「おれ、ウーバくん。おまえ、おれの創造主マミーの家を守ると言った。おれ、おまえを死なせない。ヴィクターも、おまえのともだちで、おなじ望み。おれ、おまえに従う」


 ウーバくんは全身に風の魔力を纏うことで、翼もないのに自力での飛行を可能としている。それをスティングにも適用してくれているのだ。

 それだけではない。彼の両手から半透明な七色の魔力が溢れ、スティングの上半身から、掲げた槍の穂先に向かって流れていく。


 終端で突破力を補強するだけでなく、全形が二人を守る傘にもなる。

 攻防一体の虹……これがウーバくんの能力なのだ。


「ありがとう! じゃあ一緒に……冷たっ!?」


 剥き出しの土踏まずにひんやりしたものを感じたスティングが、思わず下を見ると、泥のようななにかがくっついているのがわかる。

 さらに振り向けば、それが伸びてくる根本はというと、ジェドルとパグパブが地面に両手をつき、錬成系の魔術を発動しているのが見えた。


「ったく……ウーバがやるっつーんなら、俺らがなんもしねぇわけにはいかねぇだろうがよ」

「スティングくん、ウーバくん、二人とも上に集中して。わたしたちが勝手に支援するから」


 ジェドルがパグパブの肉片を喰い、二人で彼女の固有魔術〈撃賊鼎鑊バンディットシマー〉を使っているのだ。

 油状に捏ねられた土が鎌首をもたげる蛇のように迫り上がり、スティングの固有魔術〈濃縮還元コンセントレダクト〉の起点となる足の裏に、どんどん供給されてくる。


 金属成分を抽出し高密度で精製される槍は肥大し、次第にスティング自身の腕力では捧げ持つこともできない重量になっていくが、それもウーバくんが後ろから支えてくれる。

 さらに後ろから二人分の気配が近づいたかと思うと、そのウーバくんの背中に莫大な魔力を供給してくれるのがわかった。


「言い出したのは僕だから、責任は取らないとね!」

「二人とも、攻撃のことだけ考えなさい!」


 迫る隕石の熱量を感じながらも、眼を閉じたスティングは、胸の内になお上回る灼熱を感じ取る。


「みんな、ありがとう! 一気に行くよ!」


 カッと見開くと同時、ウーバくんの風でさらなる揚力を得て、スティングは一気に上昇する。


「うおおおおお! 全属性付与一本槍オールエレメンツエンチャンテッドワンスピア!!」


 視界が光で埋め尽くされ、かつてない手応えを感じた次の瞬間、スティングは地面に転がっていた。

 あまりの衝撃で、わずかなりとも気絶したのかもしれない。


 それもそのはず、スティングは両手が消し飛んでおり、周囲には細かな隕石の破片が作った小さなクレーターが群発していた。

 仲間たちは五人とも無事なようで、それぞれ離れたところに座り込んでいるのを見て、スティングは安堵する。


 そして肝心の隠れ家はというと、落着によるダメージを上手く傘状に弾き散らせたようで、ほぼ破損なく保持することに成功した。

 どうせ再生能力で治るのだが、スティングの手を哀れに思ったのか、ウーバくんが近づいてきて、この魔族社会では結構珍しい、回復魔術らしきものを掛けてくれた。


「ありがとう、ウーバくん。回復までできるんだな……君は本当にすごいし、優しいな」

「おれ、手伝っただけ。でかい石を壊したの、スティング」

「いや、あれほとんど君の力だったよ……」


 譲り合う二人を見かねたのか、パグパブが口を挟んできた。


「そうかな? 土台がヘボだったら、押し負けて折れてたと思うな。ウーバくんの魔術はすごいけど、スティングくんの魔術だってすごいと、わたしは思うな」


 みんな本当に優しいなと、スティングは彼女にも笑顔を返すしかない。


「やっぱあんたらのパワーおかしいわ……」

「つーかスティングお前、技名叫ぶタイプなんだな……」


 頭が回っていない様子で、呆然と呟くエモリーリとジェドルの隣で、ヴィクターが起き上がりながら寸評を口にする。


「みんなで頑張れば一発は凌げることがわかったのは、収穫ではあるけど……これは割に合わないな。普段はこれまで通り、普通に躱していく方針でいこう。

 そして、すぐに次が来るよ。さっさと逃げなきゃ、せっかく防衛成功した意味がない! 総員退避、全速力で退避!」


 号令に是非もなく従い、〈第四勢力フォース・フォース〉は夜に紛れて姿を晦ますのだった。

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