僕は消しゴム

藤野 悠人

僕は消しゴム

 文房具売り場の一角で、僕はたくさんの兄弟たちと並んでいた。同じ工場で生まれて、同じ工場で加工されて、同じパックに詰められて、僕たちはこの街の文房具売り場にやってきた。みんなお揃いの形をして、お揃いの服を着ていた。


「どんな子が買ってくれるのかな」


 隣にいた兄弟が、僕の方を見てそう言った。


「さぁ、それは買われてからのお楽しみだね」


 そう答えた僕も、どんな子が買ってくれるのか、楽しみだった。文房具売り場には色々な人が来た。スケッチブックを買っていくおじさん、クリアファイルを買っていく大学生、色鉛筆やクレヨンを買っていく女の子など。僕の兄弟たちも、いろんな人に買われていった。


 僕を買ってくれたのは、もうすぐ小学校四年生になる女の子だった。お母さんと一緒に、文房具売り場にやってきた。


「れな、何が欲しいんだっけ」


 お母さんが女の子に聞いた。


「消しゴム」


 女の子はそう言って、僕たちを見つけた。


「あ、お母さん、あったよ」


 女の子はそう言って、僕を指先でつまんだ。こうして、僕はれなちゃんの消しゴムになった。


 可愛い白色の筆箱には、たくさんの先輩たちがいた。


「お、新入りだな! これからよろしく!」


 同じくらいの長さに削られた鉛筆たちや、透明な物差しが、僕を見てそう言った。これからみんなで、この子のために頑張るんだ。


 れなちゃんの所にやって来てから、一ヶ月が経った。ある日、家に帰ったれなちゃんは、油性ペンのお兄さんを片手に持って、僕の背中に何かを書き始めた。僕はビックリした。僕は鉛筆くんが書いた文字を消すけれど、僕自身に何かを書くなんて初めてだった。


「油性ペンのお兄さん、れなちゃんは何を書いてるの?」


 きゅっ、きゅっ、という音を立てて、僕の背中に文字を書いている油性ペンのお兄さんが、優しく笑いながら教えてくれた。


「おまじないだよ。好きな男の子の名前を書いているんだ。誰にも気付かれずに使い切ったら、恋が叶うんだってさ」


 そうか。れなちゃんは僕に、おまじないを掛けているんだ。


 ようし、任せとけ。この背中は、絶対に誰にも見せないぞ。


 それからの毎日、僕はれなちゃんが書いた名前が見えないように、これまで以上に気を付けて服を着た。ちょっとのズレも許されない。これは、僕とれなちゃんとの大切な約束なんだ。れなちゃんが誰を好きなのかは分からないけれど。しまったな、油性ペンのお兄さんに訊いておけばよかった。


 ある日、図工の授業で、れなちゃんたちは学校の外に行くことになった。町内にある公園で、景色を見ながら絵を描くんだって。普段のランドセルとは違う鞄に入って、僕たち文房具も、れなちゃんと一緒に公園に行った。


 れなちゃんは、仲良しのいずみちゃんと一緒に、大きな木の木陰に座って絵を描き始めた。れなちゃんは絵も上手だ。時には描いて、消してを何度も繰り返す。れなちゃんの所にやってきてから、僕も随分と頭が丸くなった。


 ふと僕は、れなちゃんの視線が、遠くの方を行ったり来たりしていることに気付いた。何を見ているんだろう。僕の所からはよく見えない。れなちゃんが持っている鉛筆くんに声を掛けた。


「鉛筆くん、れなちゃんが何を見ているか分かるかい?」

「男の子たちを見ているみたいだよ。あれは、かずき君と、ひかる君と、たくみ君みたいだ」


 しばらくすると、鉛筆くんとバトンタッチ。僕はれなちゃんが絵を描いた画用紙の上にやって来た。れなちゃんが描いた絵をこっそりと見てみる。そこには、とても丁寧な風景の絵が描かれていた。れなちゃんの目から見た、公園の広場だ。そこにはひとりだけ、誰かの後ろ姿が描かれている。僕はすぐにピンと来た。この髪型、このシャツ。これは間違いなく、ひかる君だ。そのひかる君の絵を、れなちゃんは少し慌てたような手つきで、僕の頭を使ってゴシゴシと消してしまった。


 役目が終わると、再び鉛筆くんの出番だ。


 そうか。れなちゃんは、ひかる君のことが好きなんだね。きっと、僕の背中にもひかる君の名前を書いたんだね。他の文具たちには訊かれなかったけれど、もし訊かれても、僕は絶対に話さないよ。


 僕は消しゴム。文字を消すこと、れなちゃんの秘密を守ることが、僕の役割なんだから。

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僕は消しゴム 藤野 悠人 @sugar_san010

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