最終話 エピローグ 告げるとき

「タカシ、起きなさい。テレビ観てごらん」

 母さんの声で目が覚めた。

 アラームをかけていなかった目覚まし時計を手に取ると、午前八時を回っていた。


 あの日から丸二日以上経っていた。

 この間ボクは家から一歩も出ず、ほとんどベッドの中で過ごしていた。

 何もする気になれず、食事もあまり喉を通らなかったが、眠ることだけはできた。

 誰とも話す気が起こらず、スマホもバッテリーが切れたまま放り出していた。

 ただボーッとしているか寝ているかで、気づけば日付が二つ変わっていた。


 スマホと充電器を持ってリビングに行くと、テレビが点いていた。

「昨日の夜も起こしに行ったのよ。あんた泥のように眠ってたから。ほらこれ」

 母さんが指さしたテレビ画面に目をやると、将軍ゴトウの姿と「軍事政権終結!」の文字が目に飛び込んできた。


 軍事政権……終結……


 終結?

 え?終結?

 どういうこと?


 すぐには事態が飲み込めなかった。

 チャンネルを変えてみたがどの放送局も同じような映像を流していて、局毎に「終結」や「終幕」など、赤や黄色の目立つテロップが画面に躍っている。

 キャスターやコメンテーターたちが皆、興奮気味に様々な意見や憶測を語っていた。


 どの局も繰り返し流している映像は、昨夜十時に行ったという将軍ゴトウの緊急会見の録画で、やっと理解できた会見内容の要点はこうだった。


・本日をもってニッポン党による現政権を終了し、日本を民主主義国家へ戻す

・来月の二月二十六日に総選挙を行い、民主主義による新政権を誕生させる

・ニッポン党は解散し、次の選挙には誰も出馬しない。新政権発足までは責任をもって残務処理にあたる

・スーパー・ソルジャー・マシンはプログラミングを修正し、自衛隊所属兵器として国の防衛にその能力を発揮させる。まずは近隣国による領海侵犯が続いている南方海洋の防衛を強化し、離島には常駐配備する

・三人の幕僚長を収賄罪で警視庁に告発した。厳格にそして直ちに法的措置に移行する

・国家安全禁句法は本日をもって廃止し、プリズン収監者は明日以降、順次解放する


 なんてことだ。

 ボクが知らない間に、予想もしない形で事態が大きく動いていた。


 禁句法が終った?


 本当に?


 すぐには信じられなかった。


 テレビのチャンネルを何度も変えてみたが、どの局もよく似た同じ内容を放送している。


 本当に?

 禁句法が、終わった?

 本当に?


 会見の最後に将軍ゴトウはカメラに向かい、

「長年に亘る禁句法施行により、国民の皆さんに多大なるご苦労とご迷惑をおかけしたことを、心よりお詫びする」

 そう述べて深々と頭を下げた。


 会見場を去ろうとするゴトウに記者から質問が飛んだ。

「将軍!突然の心変わり、決断の理由は何ですか!?」

 ゴトウは立ち止まり目をつぶって天を仰ぎ、そしてこう答えた。

「……姪っ子が、目を覚ましてくれた」

 寂しげに笑ったようにも見えた一瞬の表情だった。


 姪っ子って……


 !


 もしかしてアンナさんのこと?


 充電器につないでいたスマホを手にすると、二日の間に驚くほどたくさんのラインやメールが届いていた。

 それらに目を通してこの二日間の、時系列での事態の流れがようやく飲み込めてきた。


 あの時、アンナさんに言われて急いで撮った動画を、ボクはすぐにヒカリの騎士団のグループラインに送った。ボクのスマホはそこでバッテリー切れになった。

 クミたち騎士団メンバーがその動画を拡散させようと、友人知人にとどまらず多くのフォロワーを持つ著名人にも次々とSNSで送りつけた。

 するとあれよあれよという間に多くの人たちの手で拡散され、この動画と共にハッシュタグ「#目を覚まして」は長時間に亘ってトレンド一位を独占した。

 当然、テレビやネットニュースでも取り上げられ、ボクが撮影したアンナさんの動画が日本中を駆け巡ったのだ。

 今観ているニュース番組でもその映像が使われている。


 動画は、両脇を屈強な特禁警に抱えられて連行されるアンナさんが、カメラ目線で叫んでいる。その背後には何体かのマシンの姿も映り込んでる。


「タケヒトさん、タケヒトおじさん!あなたは間違ってる!あなたも本当は気づいているでしょ!優しかったタケヒトおじさん!目を覚まして!早く元の……ウグッ」


 特禁警の一人に無理やり口を塞がれ、後ろから髪を掴まれるところで映像は終わった。

 この映像が間違いなく事態を終結に向かわせたのだ。


 民衆を戦いの勝利へと導いた国民的ヒロイン。アンナさんはやっぱり現代のジャンヌ・ダルクだったんだ。

 そしてそのことに関われたボクたちは、一人ひとりは小さな存在かもしれないが、力を結集し、やるべきことをやった。

 それは団長に教わった通り、一人ひとりが最後にミツバチのチカラを存分に発揮したのだとボクは思った。


 二日間、ただふて寝していた自分のことを恥じた。

 どうせ無駄だとか、わかったつもりになって簡単に諦めてしまうのではなく、何事も信じて最後まで行動することの大切さを、ボクはクミたちから学んだ。



 禁句法が撤廃された。


 だったら、ボクにはやりたいことがある。


 ボクたちが生まれる前から禁じられていた言葉が自由になった。

 その意味をしっかりと噛み締めて、ボクはクミへラインを送った。


(今からアジト来れる?)


 すぐに既読になった。

 返事を待つが、反応がない。

 どうしたんだろう、無理なのかな。

 少し不安になりけた時、着信音が鳴った。


(南改札で待ってて)


 うん、わかった。そう文字を一旦入力したが、送らずに消した。

 なんか違う。

 うん、わかった……それだと言葉がなんだか重い。

 呼び出す理由はきっとクミにも伝わったと思うけど、あまり深刻ぶるのもイヤだった。


 なんて返事しようか。


(OK)と入力し変換してみる。

 幾つかの絵文字や無料スタンプが並んだ。

 並んだスタンプの中からコアラが両手を広げているのを選んで送った。

 重く深刻に受け取られるのはイヤだったし、かと言って軽く受け止めて欲しくもない。

 真剣だけど深刻じゃない。

 そんなボクの微妙な心情を表すのに、そのスタンプのコアラのすましたような無表情が丁度いいように思えた。

 その送信が既読になるのを見届けて、ボクは急いで家を出た。



 混み合う電車に乗り合わせた人たちも、到着した新宿駅構内を行き交う人々も、皆晴れやかな顔をしている。

 世の中の空気が数日前とは確実に変化しているのを感じる。


 南改札を一歩外に出た。きれいに澄み渡った青い空が気持ちいい。

 昨日までボクたちの頭の上を覆っていた厚く重々しい黒い雲が、一気に晴れたかのように心地いい。

 駅前にいる何組かのカップルが、確かめ合うようにあの二文字を囁き合っている。

 飲み明かしたのだろうか。朝から酒に酔った若者グループが、二文字を大声で連呼しながら通り過ぎて行った。

 耳障りだった盗聴器の警告音は一切鳴り響かない。マシンの姿は一体もない。


 暗い牢獄に長く押し込められていた禁断の二文字が、いま満天下に解き放たれて、人々の口先に〝光り〟を灯している。


 ヒカリの騎士団って名前。

 まさしく〝光り 〟を取り戻すための名前だったのかな。

 そんなことが頭をよぎり、ボクには街全体がキラキラとまぶしく輝いているように見えていた。


 改札前でクミを待つ。

 彼女にちゃんと伝えないといけない。

 いや、伝えたい。

 心からちゃんと伝えたい。

 あの勝利の金曜日、マシン軍団の出現に邪魔されてボクが口にできなかった言葉。

 今日こそちゃんと伝えたい。


 今か今かと駅の雑踏の中にクミの姿を探す。

 彼女との幼稚園からの記憶や、騎士団に入ってからの数々の思い出が甦る。

 いつも近くにいたクミ。

 笑った顔、ちょっと頬を膨らませた顔、楽し気な表情や涙を浮かべた横顔、いろんな顔が浮かんでは消える。

 まだかまだかと待つ時間は、一分が一時間のようにも長く感じる。


 あっ、ついに改札機の向こうにクミの顔が見えた。いつものピンクのマフラーが小走りして来る。

 ボクは改札に向かって走り出していた。


 大丈夫。ちゃんと伝えられるだろう。

 ボクは生まれて初めて口にする言葉を前にして、自分でも驚くほど冷静だった。

 気持ちは確かに高ぶって、心臓の鼓動の高まりも感じてはいるが、何よりも何ものにも代え難い大きな喜びと嬉しさに満ち溢れていた。

 そして今まで味わったことのない自由の尊さを、ボクはしっかりと噛み締めていた。



 ロスト・ワード・ジェネレーション。

 言葉なき世代。

 もうボクたちをそう呼ばせはしない。


 呼ぶのなら、「ヒカリの世代」、シャイニング・ジェネレーションとでも呼んでくれ。





 瞳を輝かせたクミが少しはにかみながらボクの前に立った。

 そして真っ直ぐにボクを見て、最高の笑顔で微笑んだ。


 冬の日差しが暖かい。


 ボクの周りから総ての音が消えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

L.W.G. ロスト・ワード・ジェネレーション ~禁じられた言葉~ コロガルネコ @korogaru_neko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ