第28話 最後の希望 -3- ミツバチたちの戦い

 開演時刻の五分前となった。

 ホームベース後方の審判席の奥から、観客席に手を振ってアッキたち三人が走り出てきた。

 満員の観客が総立ちで拍手と大歓声で迎える。


 三人はステージ上で手際良くスタンバイを終え、アッキがギターをかき鳴らしてスタンドをあおり始めた。

 地鳴りのような歓声が天井に反響し、ドーム全体を包み込む。


 ニイナさんの「さあ、行くぜーっ!」の掛け声と共に、RANのライブが始まった。


 一曲目は最初の配信曲、「サングレ・ヴィエルネス Bloody Friday」

 アッキが初めて作詞作曲した曲だ。

 ボクたちは座席に座らず、ベンチの中で立ち上がってステージを見守る。

 オーロラビジョンに映る歌詞を目で追いながら、観客も一緒になって歌い始めた。


敵の弾丸 肩かすめても

例え片腕 撃ち抜かれても

希望の光を 消しはしない

サングレ・ヴィエルネス 血まみれの金曜日

サングレ・ヴィエルネス 血だらけの金曜日

君の胸に 帰るときまで


 ステージの三人がとにかく嬉しそうだ。早くもステージと観客席が一体になっていく。

 アッキは五万人もの観客を前にしても、全く緊張していなさそうだ。

「あれ、オレたちのアッキだよな」

「そうだよ、オレたちヒカリの騎士団のアッキだよ」

 テルとヒロが嬉しそうにつぶやく。


漆黒闇が 覆い尽くしても

紅蓮の炎が 焼き尽くしても

夢への道を 閉ざしはしない

サングレ・ヴィエルネス 血まみれの金曜日

サングレ・ヴィエルネス 血だらけの金曜日

君と共に 歩むときまで


サングレ・ヴィエルネス 血まみれの金曜日

サングレ・ヴィエルネス 血だらけの金曜日

君の胸に 帰るときまで

君と二人 眠るときまで


 サビのリフレインまで歌い切ったアッキがいい顔を見せた。万雷の拍手と歓声がドーム中にこだまする。


 三人がアイコンタクトで二曲目の演奏に取りかかると、鳴り続いていた拍手と歓声が静まり、静かなギターソロのイントロが始まった。


 カコがクミの耳元に顔を近づけた。

「アッキとリコが最後までもめてたの。この曲の順番のことで。アッキは一番最後に歌いたがったんだけど、リコが最後までやれるかどうかわからない、だから前の方で歌えって譲らなかったの」

 カコは胸の前で両手をぎゅっと握り、真っ直ぐにステージのアッキを見つめている。


翼の中に 安らぐきみと

その温もりは 二つでひとつ

愛しさばかりが あふれ出で

この日が千年続いたら

この身を星に差し出そう

ずっとこれから ずっとこのまま

きみが生まれた この日にハレルヤ

きみが生まれた あしたは会えるや

キンセアニェーラ 十五の夏に

その時きみへ 伝えたい


 間奏に入った。

 一番最近配信された「キンセアニェーラ In Your 15th Birthday」だ。

 カコが両手で口を押さえ、目を真っ赤にさせている。

 クミがボクの腕を掴んできた。見ればクミも瞳を潤ませている。



 その時だった。


「ボスッ!」


 突然大きな音がドーム中に響いた。


「ボスッ!」

「ボスッ!」


 続いてまた同じような音が二度響いた。

 それと同時にドーム内に強風が吹き始め、「ゴォーッ!」という轟音が立ち始めた。

 上を見上げたボクたちはすぐに音の正体をこの目で捕らえ、あまりの驚きに体が固まってしまった。


 なんとドームの天井を突き破って三体のマシンが突入してきたのだ。

 天井は確か樹脂コーティングした繊維素材で、空気の圧力差で屋根を支えていたはずだ。小学生の時に社会見学で訪れたことがある。

 三体が天井近くを旋回し、そのジェット音がドーム内に大きく反響する。


 いつ入場ゲートのガード部隊を突き破って、特禁警たちが突入してくるかとの心配と、そうならないでくれとの一縷の望みにも似た緊張感を持ってはいた。

 突入してくるなら当然地上からだろうと思い込んでいた。スタンド席か、直接グラウンドからかと。

 まさか頭上から来るとは想像もしていなかった。


 体に吹きつける風はどんどんと強くなり、クミたちは舞い上がる髪を手で押さえ、アンナさんも飛ばされないようキャップに手をやった。

 激しくなる風の音とマシンのジェット音が重なり、隣の人の声も大声を出さないと聞き取りづらい。

 ボクたちも満員の観客席の人々も言葉にならない声を上げ、三体のマシンを目で追うだけだ。


 皆が天井に注意を引いている隙を突くかのように、大勢の特禁警たちが外野スタンドの下からグラウンドへと、次々に雪崩れ込んできた。

「放水車だ!」「放水車!」

 そう叫ぶ声が聞こえた。

 入場ゲートをガードしていたレインボウや一般の人たちに向け、なんと放水車が放水を始めたようだ。

 なんてことだ、国はそこまでやるのか。一般の国民に向かってそんなことまでやるのか。


 雪崩れ込む特禁警の後ろから警察隊が続き、地上側からもマシンが続々と入ってきた。飛行していた三体も、二体がグラウンドに、一体がバックスクリーン席に着地した。

 演奏を止めたステージの三人は身構えるが、グラウンドの四方八方から押し寄せて来る黒服の集団とマシンの姿に、逃げ場を見出だせず立ち尽くす。


 ボクたちも思わずグラウンドに走り出た。

「ああ、アッキ!」

「アッキーッ!」

 皆、ステージ方向に走り出す。


「キャーッ!」

 後ろから走って来た特禁警にメグが突き飛ばされた。ベンチ席の奥からも次々と黒服がなだれ込んでくる。

「メグ!大丈夫!?」

 クミたちが走り寄ってメグを助け起こそうとする。

「テメーッ!」

 メグを突き飛ばした特禁警にテルが掴みかかる。ヒロも続いてその腕にしがみつこうと手を伸ばす。

「小僧、コラーッ!」

 振り払おうとする男の左腕にテルがガブリと噛みついた。ヒロも続いて右手の指に噛みついた。

「痛い!痛いっ!やめんか!」


 ヒカリの騎士団のシンボルマークはミツバチだ。皆、入団時に手渡されたワッペンを必ずどこかに隠し持っている。

 そのワッペンに刺繍されたマークの意味を、その時タケル団長が説明してくれた。


「いいか、ミツバチは一匹じゃ弱い存在だ。しかしやつらは危険が迫ると力を合わせて敵と戦うんだ。蜂球といって、相手がスズメバチだろうと、巣に侵入した敵に集団で群がり相手を蒸し殺すんだぞ。お前たちは今日からミツバチだ。一人ひとりの力は小さいかもしれないが、それがまとまれば大きな力になる。それを忘れるなよ」


 あの時の団長の言葉が今よみがえった。

 ボクもテルとヒロが噛みついた男に手を伸ばした勢いで、男の顔面を引っ掻き、掴んだサングラスを投げ捨ててやった。


「痛てーっ!いい加減やめんか!ゴラッ!」

 男が二人を振り払い、テルが頬を殴られ吹っ飛んだ。ヒロはボディーにヒザ蹴りを入れられ、「ううっ」としゃがみ込む。

 ボクはステージに向かって走って行く男の背中めがけ、足元に転がっていたペットボトルを投げつけたが届かなかった。


 鼻血を出して倒れ込むテルにメグが走り寄り、お腹を押さえてしゃがみ込むヒロにハナが駆け寄った。


「どけーっ!」

「キャーッ」


 後ろから来た男に今度はクミが突き飛ばされた。

 転んだクミが膝を抱えて倒れ込む。


「クミーッ!」


 ボクは瞬間的に怒りの感情がわき、叫びながらクミに駆け寄った。

 くっそー、クミに何するんだ。


 その時いきなりガーンとボクの後頭部に衝撃が走った。

「どかんか、クソガキーッ!」

 後ろから殴られて、ボクは前のめりに転んで手をついた。

 倒れこんだ膝や手の痛さよりも、後頭部の衝撃が強烈で耳がキーンと鳴っている。


「大丈夫!?」

 アンナさんが助け起こしてくれた。

 ヒジ鉄を入れた特禁警の男はボクを一瞥しただけで、ステージに向かって走って行った。


「アンナーッ!」

 ステージから引きずり下ろされていくニイナさんが、こっちを向いて叫んだ。

「ニイナーッ!」

 ボクをクミに任せて、アンナさんが走り出す。


 しかしすぐに後ろから、特禁警の男がアンナさんの右肩を手荒に掴み、被っていたキャップを投げ捨てると「こいつ、レジスタンスだ!」と叫んだ。

 そして瞬く間に、三人がかりでアンナさんを後ろ手に絞り上げて身柄を拘束した。


 ボクと目が合ったアンナさんが悲痛に叫ぶ。


「タカシくん!撮って!動画で私を撮って!」


 ボクは慌ててポケットからスマホを取り出し、急いでそれをアンナさんに向けた。

 アンナさんがカメラに向かって叫ぶ。

 叫ぶその口を塞ぐように特禁警の手が伸び、髪の毛を乱暴に鷲掴みにされたアンナさんが三人に連行されていった。


 ステージ上のアッキ、リコ、ニイナさんも、それぞれに取り押さえられ、連行されていくのが見える。

 アッキの「最後まで歌わせろっ!くっそーっ!」と叫んだ声をマイクが拾った。




 グラウンドから人の姿が消えた。


 風の轟音が鳴り響いている。

 破られた天井の繊維素材が千切れ、大きくはためきながら垂れ下がった。

 風力は強まる一方で、天井の一部が崩落しかけていた。



 その後、どうやって家まで帰ったか覚えていない。

 グラウンドに座り込んだテルが「ミツバチは所詮、ミツバチじゃないかーっ」と叫んだのを覚えている。


 これまで何度も絶望の淵に立たされてきたが、今度ばかりは本当に、本当に総てがおしまいだ。

 ボクたちの目の前でアッキたちだけでなく、アンナさんまでもが捕まり連行されていった。

 ボクたちは最後の最後の希望を失った。


 連行されていくRANの三人とアンナさんをただ見届けるしかできなかったボクたちは、幼子のように声を上げて泣いた。


 膝から崩れ落ちて泣いた。


 肩を抱き合って泣いた。


 絶望感。


 無力感。


 脱力感。


 とにかくボクたちは終わったんだ、総てが終わってしまったんだと、燃え尽きたように人工芝のグラウンドにへたり込み、涙が枯れ果てるまで泣き続けた。




……次回いよいよ最終話

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