第27話 最後の希望 -2- 女神の帰還
突然ボクたちの目の前に現れたアンナさんは、随分と雰囲気が変わっていた。
髪は短くショートボブにカットし、黒のアーミージャケットにカーゴパンツ、ツバの長いカーキ色のワークキャップを被っている。
「髪、切ったんですか?」
「うん、切っちゃった」
クミの問いかけにアンナさんがニコッと笑った。
ヘアスタイルが変わっただけでなく、凛々しいというか、頼もしそうというか、ボクにはまるで戦場に向かう女性兵士のように見えた。
「ジャンヌダルクだ」
ヒロが思わずそう口にした。とにかくその姿が颯爽として見えた。
「今までどうしてたんですか?」
「何してたんですかあ?」
「心配してましたよ!」
皆から次々に言葉が飛ぶ。
「ごめんごめん。皆、心配かけて本当にごめんね」
アンナさんはそう言って、ボクたち一人ひとりの顔を見ながら、言葉を噛み締めるようにゆっくりと話し始めた。
皆、本当にごめんね。
今日までどうしてたか。そうね、まずそこから説明しなくちゃね。
あの日、父もタケルも目の前で連れて行かれて、それはショックだったわ。
しばらくその場に放心状態でしゃがみ込んでたけど、「アンナー、逃げろーっ!」ってタケルの声が遠くで聞こえて我に返ったの。
二人の姿はもう見えなかったけど、私は二人のためにも絶対に逃げなきゃと思ったわ。
レジスタンスメンバーだとバレたら捕まると思ったから、GPS追跡を考えてスマホはずっと電源を入れなかった。
それから一人で日本各地を転々としてたの。寝台列車に乗ってまず青森まで行った。特に当てがあった訳じゃないわ。とにかく東京から遠く離れたかったの。
当然観光するわけじゃないし、何をするでもなく、そこから気の向くまま秋田、山形と日本海沿いに移動を始めてね。最後は九州の長崎まで行って来たわ。そして行く先々でいろんな人と話をしたの。
同じ世代の若者や、私の親世代の人たち、おじいちゃん、おばあちゃんも。もちろん貴方たちのような中学生や高校生ともね。
それでわかったの。禁句法に賛成している人なんて日本に一人もいないってことが。
それは改めて聞かなくても想像できたことだけど、自分の足で各地を回って、自分の耳で直接声を聞いて、私の中で確信に変わったわ。
このままじゃいけないって。日本をこのままにしていては、絶対にいけないのよ。
随分と長い時間、皆にも連絡もせずに心配かけてごめんね。
でも私はもう揺らがないし逃げないわ。私にもオリジンの血が流れている。たった一人になっても闘うわ。
そう決心して東京に帰って来たの。
「お帰りなさい、アンナさん!」
「お帰りなさい!」
「お帰りなさい!」
ボクたちはアンナさんの帰還を心から歓迎した。
テルたちメンバーが戻ったとはいえ、タケル団長を失い、ボクたちだけで心細かった騎士団に新しいリーダーが誕生した。
アンナさんの表情を見ていて、変わったのは外見だけでなく、その内面の変化もボクたちは感じ取っていた。
覚悟を決め、何かを決意した表情に、芯の強さのようなたくましさを感じる。
それはきっと情報や思い込みをただそのまま鵜吞みにせず、自ら足を運び自らの耳を傾けて、心で感じ取った事実から得た確信のようなものなのだろう。
簡単に使ってしまう決意や決心、覚悟といった言葉に重みを持たせるため、それはとても大事なことなのだと思った。
アンナさんは更に美しくなったようにも見えて、ボクは信頼と心強さに加え、ドキドキするような憧れが入り混じった複雑な気持ちになっていた。
「アンナさん、またきれいになったみたい」
「やめてよ。お世辞言ってもお土産はないわよ」
クミの言葉にアンナさんが返し、女子たちが和やかになる。
「皆は元気だったの?」
皆それぞれにいろんなことがあったが、皆「大丈夫です」と答えた。
ボクたちがこの間それぞれ感じてきた様々なことは、アンナさんが辿ってきた時間と比べると、どれも小さなことだと思った。
アンナさんが話を続ける。
開演までまだ時間があるわね、もう少し話を聞いて。
私の父、そう皆はオリジンって呼んでくれてるわね。父は私が中学二年の時に捕まったの。二学期が始まってすぐの頃よ。学校から帰ったら家の中が無茶苦茶で、母と妹が抱き合って泣いていたわ。
父は新聞記者をやってからフリージャーナリストになり、世の中の不正を暴くようなネタばかりを追いかけていた。正義感の塊みたいな人だからね。
私が小学生の時にクーデターが起こって日本が変わってしまったわ。禁句法の施行もその時からよ。
その直後から父が精力的に反対活動を始めたのを覚えてる。だってクーデターの主犯が自分の弟だったわけだからね。
将軍を名乗っているタケヒト叔父さんは、元々は優しい人だったのよ。
家に来た時は一緒によく遊んでくれたし、幼稚園ぐらいの時、私たち姉妹を遊園地に連れていってくれたこともあるの。三人でコーヒーカップや回転木馬に乗ったのを覚えているわ。
父とは高校まで同じ学校だったんだけど、叔父さんは自衛隊幹部を目指して防衛大学に進み、父は私立を出てから新聞社に入ったの。
進路が別れる時に「お前は力で国を守れ、俺はペンで国を守る」と、父がそんな話をしたって言ってたわ。
タケヒト叔父さん、本当は悪い人じゃない。自衛隊に入り国防の精神に燃えていたはずなのに、あの三悪にうまく利用されてしまった。だから、早く目を覚まして欲しいって願ってるの。
将軍ゴトウがオリジンの双子の弟だというのは以前聞いた。
弟の間違った行動を兄が正そうとしているように見えるが、そのことに兄弟お互いの感情がどう働いているかはわからない。
ボクには三つ下の弟がいるので、兄の立場で弟に対する気持ちは想像できるが、弟から見た兄に対する感情はよくわからない。
アンナさんの話を聞いていて、オリジン、将軍ゴトウ、それぞれが相手に対して今どんな感情を抱いているのだろうと、ボクはふと考えたが答えは出なかった。
「ところでアンナさん、よくここに入れましたね」
クミが尋ねる。確かにベンチ席には招待客しか入れないはずだ。
「私も招待客だもん、ふふ」
「え?アッキの?」
カコが尋ねる。
「うううん。アッキじゃないわ」
「じゃ、リコ?」
メグが尋ねる。
「違う、違うわ。ニイナよ。ニイナは私の妹なの」
「えー!」
「そうだったんですか!」
皆が驚いた。ドラムのニイナさんとアンナさんが姉妹だったとは。
「あの元旦の動画を観てね、私から妹に連絡したの。スペイン語は学生時代に少し勉強したから、妹が最後に言った言葉の意味はわかったわ。連絡を絶っていた私を心配してくれてただろうし、妹は妹で自分にできるレジスタンスをしようとしてるんだって思ったの」
ニイナさんが動画のラストで口にした言葉は、「ヴェン エルマーニャ」「お姉ちゃん、来てね」という意味だった。
「さっき控え室でニイナに会って、久々にいろいろと話せたわ。元気そうで安心した。ニイナは私以上にお父さんっ子だったから、ずっと父のことを心配してる。家にいるところを目の前で父が連行されたわけだからね、私以上にショックを受けたはずよ。かわいそうに。ニイナはタケヒト叔父さんに対して、ずっと複雑な思いを抱いてきたはずなの」
そうか、オリジンが捕まったのはニイナさんが小学生の頃だろうな。
絶対に忘れられない記憶だろうし、とても傷ついただろう。
妹を気遣う、姉としてのアンナさんがそこにいる。兄と弟、姉と妹……今の日本の現状に、ひとつの家族が翻弄されているということだけが、ボクにはわかった。
「今日は音楽でぶちかますって、ニイナがさっき言ってたわ」
アンナさんがそう言って笑った。
ヒロがさっき言った、ジャンヌ・ダルク。
その名は確かフランスの女性軍人だ。三色旗を掲げて民衆を率いる有名な絵が浮かんだ。
壊滅状態だった東京レジスタンスに、勝利の女神が舞い降りたかのようにボクは思った。
アンナさんだったら、アンナさんを中心にだったら、またレジスタンスを建て直せるような気がした。
二年前、ボクたちがヒカリの騎士団に入団してすぐの頃、レジスタンスの活動意義をわかりやすく講義してくれた時に、アンナさんが言った力強い言葉。
「正義は騎士団と共にある。一緒に闘いましょう!」
今その言葉をはっきりと思い出した。
今がまさにその時。最後の戦いの時が来たのかもしれない。
アンナさんがボクたちにとっての最後の希望だと確信した。
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