第26話 最後の希望 -1- キンセアニェーラ

 元旦零時の一斉動画配信は日本中の注目を集め、まずリコファンを中心に盛り上がりを見せたが、それに負けないほどのアッキ人気が高まっていた。

 アッキは既に国内では知らない人がいないほどの知名度になり、海外音楽関係者も感心を寄せ始めている。

 中々盛り上がらなかった日本中の新春ムードを、RANが一変させた。


 RANは一曲目を配信して以降、この一か月間で五曲を連続配信していて、その全曲をアッキが作詞作曲し、リコが編曲した。


「タカシ、一番新しい曲聴いた?」


 クミが言ったのは「キンセアニェーラ In Your 15th Birthday」という曲だった。

 ヒナ鳥を愛しく思う親鳥の気持ちを唄った詩だが、一途で健気な男女の想いにも読めるラブソングだった。

 ググって知ったが、キンセアニェーラとは十五歳の少女の誕生日を祝うメキシコの習慣らしい。


「アッキのセンターマイクにぶら下がっているの、何かわかった?」

 え?なんだろう。見逃したのか、ボクにはわからなかった。

「一瞬だけどマスコット人形が映ってるの。カコがプレゼントしたやつ」

 ああそう言えば、アッキがアジトに来た時にカコが何か手渡していた。それだったのか。


「あの曲、誰のために作ったんだろうね。羨ましいな、ふふ」

 十五のキミとは誰か、伝えたいこととは何か、思わせぶりな歌詞だった。


 そして迎えた一月十五日。


 その日は朝から冬晴れの青空が広がり、窓から顔を出すとしんとした空気に包まれた。

 例年より低い気温に一瞬肩をすぼめたが、心地良い緊張感でボクは瞬時に目が覚めた。


 ライブ会場の東京ドームは十五時の開演時刻にも関わらず、徹夜組が一万人以上出て、警察が出動していると朝のテレビニュースが流している。

 しかし東京レジスタンスにはそのガードに当たる組織力はなく、数少なくなった隊員や下部組織であるボクたちには「各自判断」との連絡が一昨日届いていた。

 代わって立ち上がったのが、禁句法違反者家族支援団体であるレインボウの関係者や違反者家族の人たち、及びチャリティーの主旨に賛同した一般の国民たちだった。

 その数は数え切れないほどに膨れ上がり、警察や特禁警の突入阻止のため、早くもドーム周辺に集まっていた。


 アッキとリコはプリズン脱走の身であるから、現れれば捕まるだろう。

 しかし今の段階では、合法的に開催されるライブイベントを中止にさせることはできないはずだ。

 ドームを守るように取り囲むボランティア部隊の人垣の外側で、警察も特禁警も今はことの成り行きを静観しているようだった。


「すごい人ね」


 騎士団メンバーと待ち合わせをした21番ゲート前にクミと着いた。

 JRも地下鉄もドームに向かう人たちでいっぱいで、駅からここまで歩くのに三十分もかかった。

 集合時間とした午後一時にはまだ時間があったが、押し寄せる人の波は増える一方だ。


「早く出てよかったでしょ?」

 今朝、徹夜組が出てると知って、早目に家を出ようとクミから連絡してきた。

「カコにもラインしたんだけどね」

「後で来るって?」

「全然既読になんないの。何してるんだろ、カコ」

「ふーん」

 まあ心配しなくてもカコはちゃんと来るだろう。アッキのステージを絶対に観たいはずだもんな。


「でもさ、タカシ。ドーム借りるっていくらぐらいするの?百万円?もっと?一千万?え、もっと?」

「さあ、見当もつかないや。だけどそのメキシコのバナナ王って人がポンとお金出したんだって。そんな記事読んだよ」

 そのバナナ王、現地でレイ・デル・プラターノと呼ばれている人物は、リコとはメキシコ日系人社会でのつながりだが、そこまで親交があった訳ではないとネット記事には書いてあった。

 しかしイベントの主旨を知り、日本の現状を憂いて、スポンサーとして名乗り出てくれたらしい。

「すごいね、人のためにお金を使うって。偉いね」

 クミの言う通りだ。今のこの国の状況に、世界も救いの手を伸ばし始めたということなのか。

 だとしたらアッキとリコがやろうとしていることは、ボクたちの想像以上に、世界規模の注目を集めているということだ。


「無事開演できるかなあ」

「そうだな。特禁警も警察もこんなに集まってるもんな」

「アッキたち捕まっちゃう?」

「さあ。でもそんなの覚悟の上だろうね」

「なんで?」

「例え自分たちがそうなっても、反抗への意思を示したいとか、そっちの思いが強いんじゃないかな」


 アッキたちRANが作ってくれたこの舞台。これは日本国と日本国民の闘いだ。決してオーバーではなく世界も注目している。

 これだけの人が動いているんだから、ボクたちが希望を捨てるわけには絶対いけない。


「オレたちもできることをやる」

「そうね、そうよね」

「だってオレたち、ミツバチだもん」

「そう、ワタシたちミツバチよね」


 アッキも騎士団の一員として自分にできることを目一杯やっている。だからボクらも自分にできることを精一杯やるんだ。

「騎士団続けてること、親はなんて言ってるの?」

 クミに初めて聞いた。

「パパは反対だけど、ママは応援してくれてる」

「うちと一緒だ」

「そうなんだ」

「うん」

「ワタシたち一緒だね。一緒、一緒」

 そう言ってクミが嬉しそうに笑う。

「タカシ、この前なんで騎士団続けてるかってワタシに聞いたでしょ」

「うん、聞いた」

「こんな時間を持てるからかな」

「こんな時間?」

「そう、こんな時間」

 ん?

「ふふ」


 こんな時間か。

 うん、こんな時間ね。そうだね、確かにそうだ。クミの言う通りだ。

 こんな他愛もない会話を交わす時間が大切だと思うし、我慢することなく、もっと言葉も自由に使って、素直な気持ちを伝え合いたいと思う。


「あの四人、本当に来るかな?」

「うん、きっと来るよ」

 テルたち四人とは大晦日に再会して以来、この日まで会っていなかった。

 今日のライブには全員行くとの返事はあったが、再び騎士団活動することへの親の承諾も、その後どうなったかは連絡がなかった。

 やっぱり再入団が許してもらえなくて、このライブに来ることも諦めたのかな。


 ドームには数えきれないほどの人々が集まり続けている。

 徹夜組は若者が中心だったが、この時間になると老若男女を問わず、小さな子供の手を引いた家族連れの姿も多い。

 駅方面から来る人の波が途絶えず、さっき午後一時の開場時間を繰り上げて入場が始まった。


「お待たせ!」

 クミと駅の方ばかりを見ていたら後ろから声がした。

 カコだった。

「あー、カコ!よく見つけたね」

「21番ゲートの柱の下に二人立ってるの、すぐわかったよ」

「そう?」

「仲良さげにしてるから目立ってた」

「カコ、何言ってんの」

「ふふ。クミ、ラインさっき読んだ。気づかずゴメン」

「それはいいけど、あれ?カコ、今どっちから来た?」

「へへへ」

 カコは舌を出して後ろのゲートの方を指さした。


「これ」

 首から「STAFF」と書かれたカードをぶら下げていた。

「え?どういうこと?ちょっと、カコ、どういうこと?」

「昨日の晩アッキから連絡があったの。早めに来てって」

「ホント?」

「楽屋に入れてもらっちゃったあ」

「いいなあ、ずるーい」

「へへへ」

 カコが満面の笑顔を見せた。

 これまでアッキのことで泣いているカコを何度も見てきたから、今日ぐらいはいいよね。カコ、よかったね。

 クミが楽屋ってどんなところとか、アッキとどんな話したのとか、根掘り葉掘りカコに聞いている。

 二人はキャッキャ言いながら盛り上がっている。アッキたちは捕まるのを逃れるため、三日前からドーム内に潜伏していたらしい。


 集合時間を二十分過ぎたが、依然として四人は来そうにない。

 諦めてそろそろ中に入ろうかと三人で話し始めた時、


「おーい!」

「来たぞー!」

「駅から人が大渋滞で遅れちゃったあ」

「待たせて、ごめんねえ」

 テルたち四人が手を振って、大勢の人の波から走り寄ってきた。


「結局来ないのかと思ったよ」

「わりーわりー」

「あれから親の説得、どうなった?」

「うん、四人で順番に家を回ってさ、必死にお願いした」

「騎士団またやりたいってね」

「一軒一軒、四人で一生懸命話をしたね」

「そう、一生懸命ね」

 四人が口早にまくしたてる。

「それで皆、許してもらったの?」

「うん、大丈夫。最後、メグんところが手こずったけど」

「メグのお父さんがなかなか認めてくれなくてさあ。昨日三回目でやっと」

「皆、ごめんね。うちのパパ本当に頑固で」

 メグが申し訳なさそうに唇を歪めた。


「それでね、メグのお父さんに、うちの娘が危ない目にあったらどうすんだーって、すごい剣幕で怒られたの」

「そうそう、そしたらテルが、ボクが命かけて守ります!って叫んだんだぜ」

「メグのお父さん、テルの迫力に押されて何も言い返せなかったわ」

 興奮気味に話すヒロとハナが嬉しそうだ。


「テル、本当にそんなこと叫んだの?」

 クミがテルに詰め寄るが、その顔は嬉しそうだ。

「ああでも言わないとダメだと思って、つい」

「テル、カッコいい!」

「いやあ、勢いだ勢い」

「最後に塾通いを続けること条件に渋々OKしてくれたの」

 メグが恥ずかしそうに目を伏せた。

「テル、メグをちゃんと守れよ!ヒュー」

「うるせー」

 ヒロの冷やかしにテルが真っ赤になった。


「そろそろ中に入ろうよ」

「そうだそうだ、行こう行こう」

 各ゲートから入場が続いているが、入場の長蛇の列は最後尾が見えない。だったら先に並んどけばよかったと後悔した。

 列の最後尾を探しに歩き出そうとした時、カコが「こっち、こっち!」と手招きして関係者ゲートを指さした。


 入り口でカコがスタッフ証を示し、ボクたち全員分の名前を告げると、会場スタッフが手元の名簿を確認し、すんなりと全員を中に通してくれた。

「スタッフ証の効果すごーい」

「カコ、やるう。ありがとう」

「アッキが皆に関係者席を用意してくれてるの」

「えー、そうなの」

 アッキ、ありがとう。でも関係者席ってどんな席?皆が浮足立った。


 中にいた別の会場スタッフが座席まで案内してくれた。アッキが用意してくれた関係者席は、なんと一塁側ベンチ席だった。

 プロ野球のオンシーズンであれば、人気球団のスター選手や監督が座っている場所だ。

 そんな初めての場所に、特に男子が興奮して声をあげる。

「ウォーッ!」

「いつもこの辺に座ってるよな、マツイ監督」

「そうそう、この辺この辺」

「すげー」

 大興奮したテルとヒロがベンチに座り、ピースサインした写真をお互いに撮り合ってはしゃぐ。

 ピッチャーマウンド付近にはステージが組まれ、スピーカーやドラムセットなどが既にセッティングを終え、静かに主役の登場を待っている。

 グラウンドにアリーナ席を設けていないのは、特禁警対策かなと思った。これならどのスタンド席からもきっと見やすいだろうし、ステージからも周囲を見通せるので、何かあったら気づきやすいだろう。

 ベンチからは丁度目線の高さにステージが見えて、最高の特等席に違いなかった。ボクたちの興奮はマックスに達しそうだった。

 他にもリコの招待客らしき人たちで、一塁側、三塁側共にベンチ内は満員だ。スタンドの観客席もどんどん埋まっていっている。


「皆、久しぶり!」


 興奮がおさまらず、グラウンドや観客席を見渡していたボクたちの背後から、聞き慣れた声がした。

 振り向くとボクたちのすぐ後ろに立つ女性の姿があった。


 ずっと行方がわからなかった、アンナさんだった。

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