第25話 八人の騎士団 -3- ヒカリの再集結
大晦日の午後だった。
総本部からの指示で、新宿御苑近くの隠れ部屋へ食料を届けに、ボクとクミはアジトを出た。カコに留守番を頼んだ。
「あれから連絡ない?」
アッキが突然姿を見せたのが十日ほど前。リコも含めて六人で撮った写真をテルやヒロたちに送った。
「皆に写真送ったでしょ」
「うん、それっきり」
ラインで送った写真に、メグとハナは「ありがとう」と返事があった。ヒロからはサンキューのスタンプだけ、テルは既読スルーだった。
それっきり四人からは連絡がない。
ビルの間から見える灰色の空の下をクミと歩く。
昨日から北風が強く、ダウンジャケットのジッパーを首元まで上げて、両手をポケットに突っ込んだ。
「皆、学校忙しいのかな」
首に巻いたピンクのマフラーに顔半分を沈めたクミがそうつぶやいたが、忙しいもなにも学校は冬休み真っ只中だ。
クミがやけに明るく言ったので、わかって言ったのだろう。学校のせいにしたい気持ちはボクも一緒だった。
「ハナが一度、ワタシたちからは連絡しづらいって言ったの」
「なんで?」
「やっぱりなんていうか、辞めたことに引け目があるんじゃない?」
「そんなの別に気にしなくていいのに」
彼ら四人が退団したことを全く責めてはいなかった。
でも、次のステージに進んだアッキ、辞めていった四人、残ったボクたち三人。騎士団が三つに割れていくようで寂しい気分だった。
「クミはさあ」
「なに?」
「なんで騎士団続けてるの?」
「え?」
一度聞いてみたかった。
「タカシは?」
「オレ?うーん、なんとなく」
「またそんな答え。ずるーい」
自分でもはっきりとはわかっていなかった。と言うより、続ける理由を考えることから逃げているのかもしれなかった。
続ける理由を考えると、辞める選択になるかもしれないことが怖かったのだ。
「一番は、一度やるって自分で決めたことだから。辞めたら自分に負けたような気になるのがイヤだから」
それは正直な気持ちだったが、理由はそれだけじゃないことも自分でわかっていた。
「タカシは自分に負けず嫌いなとこ、あるよね」
自分に負けず嫌い?そんな言われ方は初めてだ。
「タカシさあ、六年の時にアサガオ日記を最後まで書いたでしょ。クラスで一人だけ」
「ああ、あったね。そんなこと」
皆で校庭のプランターに植えたアサガオの成長日記を書いた。
「種まきから開花まで一か月ぐらいだっけ。毎日欠かさず書いたのタカシだけだったもん」
「うん、書いたね」
「テルなんか、〝芽がでた〟の一ページだけだったじゃない」
「はは、そうだっけ。でも、皆が脱落していったから意地になったかもしれない」
それは本当にそう。自分だけは絶対最後まで書こうと思った。
「アサガオとは関係ないことも書いたでしょ。二組の出来事とか」
「だってほとんど変化がない日が多いんだもん。教室にセミが飛び込んできて大騒ぎしたとか、ミッタンがジャングルジムのてっぺんから跳んだとか、確か書いたね」
「あれ、皆面白がって毎日読むのが楽しみだったよ」
「だから続けられたんだよ。しんどかったけど」
「それって自分に負けず嫌い、でしょ?」
「はあ、そうかな」
自分に負けず嫌い、か。
自分に負けるってなんだかいやだな。確かにクミにそう言われると、ボクはそうなのかもしれない。
隠れ部屋のマンションに着いた。逃亡中の大学生が一人でいるはずだ。
インターホンを押し、事前に伝えておいた偽名を告げると、ドアが少しだけ開いた。
ドア越しに食料の入った袋を手渡し、他に何か必要なものはないかと聞こうとした時、ボソッと「ありがと」と一言だけ言って、ドアはバタンと勢いよく閉められた。
思い詰めたような暗い顔の男だった。
こうした時は、いつもいつも気持ち良く感謝されたり、歓迎されるわけではない。
逃亡中の不安や焦りから、ボクたちに怒りをぶつけてくる人もいたし、渡した食料の中身に文句を言う人もいる。
時々、やるせない気持ちになったり、ガッカリしたりもするけども、世の中にはいろんな人がいるということを知る、いい社会勉強の機会だと思っている。
反面教師として、自分がそういう人にはなりたくないなと、気づかせてくれてもいる。
「帰ろっか」
クミとまた二人で歩き出す。
「花園神社お参りして帰ろうよ」
クミが明るくそう言った。
「来年は良い年になって欲しいな」
「ああ、そうだね」
少し遠回りになるが時間はある。花園神社に寄り道することにした。
境内はすっかり初詣の準備が整い、参道には何軒もの屋台が並んでいた。多くはないがお参りしている人もいる。
とそこで、緊張が走った。
境内に一体のマシンが立ち、行き交う人たちを監視している。
皆、マシンを避けるように、目を合わせないようにしてその前を通っている。ボクたちも小走りで前を通り抜けた。
「まったく、神社にまでか」
「本当にね」
二人並んで参拝をした。
ボクはこんな世の中が少しでも良くなるよう、お願いした。
クミには何をお願いしたかは聞かなかった。聞かなくても多分同じだと思ったから。
「あ、ベビーカステラ売ってる。買って帰って三人で食べようよ」
焼き立てのいいにおいをさせている屋台でクミが一袋買った。
「ほらほら触って触って、あったかーい」
紅白模様の紙袋が温かかった。
騎士団を辞めたくない理由のひとつは、こうしてクミと一緒にいられる時間を失いたくないからだ。
アジトだったり、外出だったり、学校に戻るとこんなに一緒の時間は過ごせない。
ひょっとすると気持ちを言葉で伝えられないもどかしさが、余計にそうさせているのかもしれない。
そんなことを考えながら、クミとアジトへの道を歩く。
クミはまだ、じゃがバターだとかチョコバナナだとか、並んでいた屋台の話をしている。
相槌を打ちながら、クミとのこんな時間がずっと続けばいいなと頭の中で考えていた。
アジトに戻り、ドアを開けて驚いた。
「おおーっ」
「えーっ」
クミと同時に叫んでいた。
テル、ヒロ、メグ、ハナの四人が来ていた。四人とも笑顔だ。
後ろでカコも笑ってる。
「タカシ、オレたちまたやるよ」
テルが照れくさそうに答えた。
「えっ?」
「また騎士団やる」
「えーっ、ホント?」
「テルが言い出したんだ」
ヒロが言った。
「はっきりと口にしたのはオレかもしれないけど、四人同じ気持ちだった。騎士団に戻ろうって」
テルの言葉に他の三人がうなづく。
「でも親とか、どうすんの?」
「うん、それはまだこれから。四人で一緒に一軒づつ家を回ってお願いする」
「うちは難関かもしれないけど、皆が一緒に来てくれたらなんとかなるかも」
メグが半分泣きそうな顔だ。
「ダメなら家出するって言うわ」
「家出って、行き先はテルんちだろ?」
「バーカ」
ヒロの冗談にテルが即座に言い返す。心なしかテルの顔が赤い。
「皆、お帰り!」
「うん、お帰り!」
クミとカコが嬉しそうに叫んだ。
買ってきたベビーカステラを皆でつまんだ。こうしてこの顔ぶれが揃うのはほぼ三か月ぶりだ。
「オレ今朝四時起きだぜ」
「まんじゅう屋はつらいのー」
ヒロのぼやきにテルが突っ込む。
「お店抜けてきて大丈夫なの?」
「午前中頑張ったから大丈夫だよ。もうやってらんない」
クミが心配したが、ヒロはサバサバした感じだ。
「まあ、そう言いながら将来はまんじゅう屋の若旦那だからな」
「若旦那?」
「まあ、そん時には誰かさんが若女将なんじゃないの?」
テルの言葉にヒロが目を丸くし、ハナが慌てて、その様子に皆が大笑いした。
目まぐるしかった一年が終わろうとしている。
ボクたち一人ひとりにもいろんな事があった一年だった。
一年の最後に集まることができた騎士団メンバーの顔を見ながら、来年こそいい年にしたいなと、ボクは心から願った。
その夜。
午前零時の除夜の鐘と共に、SNS、ユーチューブ一斉に同じ動画がアップされた。
「オーラー!フェリス・アニョ・ヌエボー!明けましておめでとうございまーす!
オラ、アミーゴ!ボクたちRANから、皆さんに新年の重大発表、あります!」
カメラ目線だったリコが、アッキとニイナさんと顔を見合わす。
「ボクたちRANは、来たる一月十五日、無料チャリティーライブを行います!そうですね?アッキさん」
「もちろん、シー!やります!」
「ニイナさん、どうですか?」
「シー!シー!シー!当日集まった募金は、全額をレインボウに寄付しまーす!
イエーィ!」
ニイナさんがVサインを突き出した。
ニイナさんが言った「レインボウ」とは、禁句法違反者家族支援団体で、プリズン送致となった違反者の家族やその子供たちを支援する国内最大組織だった。
「今回、強力なスポンサーの協力、あれ?キョウリョクが、二つ?強力?協力?どっち?あってますか?あー、ハポネス、難しい。
とにかく、あるスポンサー様のおかげで今回このライブ、できるようになりました!
グラシアス!グラシアス・デ・コラソン!本当にありがとうございます!」
リコはそのスポンサー名を明かさなかったが、メキシコで大農園を経営する日系実業家で、現地では通称「バナナ王」と呼ばれている人物だと、すぐにネット情報が飛び交った。
「この数か月間、この二人と音楽のことだけに没頭できてボクは本当に楽しかった。
この二人、アッキさんとニイナさんにも僕からグラシアスです!」
リコが拳を突き出し二人とグータッチをする。
「どうぞ、たくさんのアミーゴ、来てください!そして、その場所は!……
アッキさん、発表お願いします!」
「一月十五日、午後三時、場所は……」
リコに代わったアッキが、一拍間を置いてニヤッと笑うと満面の笑みで声を発した。
「場所は、東、京、ドーム!
皆、待ってるぜー!」
「ノスベモス、トーキョードーム、
チャオ!」
三人が揃って例のハンドサインを突き出した。
「XXXXXX」
最後にニイナさんが何か叫んだ。
それはスペイン語のようだったが、ボクには聞き取れなかった。
しかしその短い言葉がある人物にも届き、事態を一気に結末へと動かすことになった。
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