追い詰めた男【実験作10】

カイ艦長

追い詰めた男

 相手をにらみながら坂本雄一は木刀を二本、両手で構えた。

 目の前にいるのは兄・浩一を闇討ちしたと思しき憎い野郎だ。

 名前は知らない。だがおもむろに懐から銃を抜き出して、雄一を牽制するように悠然と銃口を向けてくる。浩一の死因も銃撃によってである。

 距離はおよそ十メートル。トリガーを引かれたらかわすのは困難だろう。


「貴様、名を名乗れ。俺のことは知っているんだろう」

 現代に伝わる宮本武蔵の二刀流・二天一流を極めている雄一としても、明らかに分が悪い。

 なんとしてでも、やつが撃つ前に距離を潰さなければならない。


「これから死んでいくやつに名乗る名などない」


 銃も万能ではない。確かに離れた場所を撃するのであれば銃器ほどすぐれたものはないだろう。

 しかし、距離を詰められると銃口を敵に向けるのに難渋する。

 接近戦に持ち込めば剣術の右に出るものはない。


「貴様、手慣れているな」

「さて、それはどうかな」


 雄一がこの男を手慣れたヒットマンと断定したのは、こいつが照門と照星で狙いを定めていないからだ。

 素人なら、確実に当たるように、照門と照星を視線で合わせて狙いを定めるだろう。そうせずにとも的に当たるのであれば、やはり手慣れていると断ぜざるをえない。


 あとはいかにして雄一が接近するまでこいつの銃を使えなくさせるか、だ。そこに奇襲の入り込む余地がある。


 二天一流の開祖・宮本武蔵はあらゆる手段で敵の意表を突き、六十数戦無敗を誇った。

 もちろん銃を相手に勝負した記録は残っていない。

 しかし、銃弾の飛び交う関ケ原において一兵卒として戦った経験はあるという。


 武蔵ならどうするか。雄一は頭をフル回転させた。

 彼の足では十メートルを一気に詰めるのに二秒弱かかる。

 足は速いほうだが、これが限界である。


 ヒットマンが銃口を向けて弾丸を放つまでに〇.五秒もかからないだろうから、一.五秒ほどの距離を縮めなければならない。


 最初から銃使いと戦うことが決まっていたので、いくつか策の持ち合わせはある。

 そのなかで、最も優先されるのは銃の狙いを外すこと、次はトリガーを引かせないことだ。

 相手がヒットマンであることを考慮すれば、ふたつを同時に達成しないかぎり撃ち殺される未来しか見えない。


 まずは話を続けて注意を惹きつけ、距離を縮められるだけ縮めるのが得策だろう。最低でも五メートル内に近づけられば、剣のリーチを考えて五分の勝負を挑めるはずだ。


「なぜ兄を殺した。警察から聞いた話では、兄は恨みを買うようなことはしていなかったそうだが」


 冷静を装いながら話を始めて、左斜め前へ歩みを進める。

 敵は右手で銃を構えており、その手を外側へ向けさせることで狙いを外させる。こちらの動きを追わせることでスキが生まれるのだ。


「やつは俺たちの組織に目をつけられたんだ。目障りだから殺した。ただそれだけだ」


 警官の兄から昔聞いた話だが、銃の狙いは体の中心方向へは修正しやすいのだそうだ。逆に中心から離れる方向へ動く敵を追うのは至難だという。

 その教えどおりにやつの右手の外側へ回り込むように動いていく。

 両手に持つ木刀はだらりと下げたまま、会話を続けていく。


「本当にそれだけが理由か。怪しいものだな。兄がなにか知ってしまったから。組織にとって弱点となるようなものを知ってしまったから、口を封じたかったんじゃないのか」


 銃を構えたまま体をひねってこちらを中心に置こうとする。こちらの注文どおりに動かないのは仕方がない。

 やつがヒットマンであれば、ターゲットはつねに正面に置きたいだろうからな。だが、こちらの思惑どおり、じりじりと距離は狭まっている。

 すでに七メートルほどにまで接近できた。あと二メートル詰められれば五分の勝負に持ち込めるが、そろそろこちらの狙いもバレる頃合いだ。

 となれば、察していない今が攻めどきか。


「まあそちらの事情は知ったことじゃないがな。俺は仇を討ちたいだけなんだからな」


 進行方向へダッシュして射線から逃れると、右手に持っていた短い木刀を敵の銃に向けてぶん投げた。そしてさらに加速して一気に間合いを詰める。


 まさか銃めがけて木刀が飛んでくるとは思わなかっただろう悪漢は、向かってくる木刀に一発撃ち込んで半分ほどを砕いたが、残った破片がやつに襲いかかることとなった。

 その間に左手の木刀を右手に持ち替えて、さらに距離を詰めると敵がガードしていない右脇腹めがけて一閃する。


 防御できずにまともに木刀を食らった敵のあばら骨が複数本折れる感触を得た。これで銃撃を抑制できる。あとは銃を手放させて継戦能力を奪い取るだけだ。


 痛みで動きが止まったやつの右手首を木刀で一太刀浴びせると、銃を取り落とした。それを右足で押さえつけた。

 これでもうこいつに戦う術は残されていない。

 格闘術がいかに巧みでも、あばら骨を負傷していれば満足に振るえまい。それに走ってこの場を去ることすらできないはずだ。


「勝負、あったわね」


 建物のなかに身を潜めていた女性がこちらへ歩いてきた。


「銃砲刀剣類所持等取締法違反で現行犯逮捕します。ずいぶんと大怪我をしたようだけどね」


 雄一は事の成り行きを見守っている。女性刑事が手錠を取り出して悪漢を拘束した。それを契機としてガタイのよい男女が湧いて出た。これ皆刑事なのか。これなら俺が命を張る必要なんてなかったんじゃなかろうか。


「坂本雄一くん。君も木刀とはいえ人に怪我を負わせています。本来なら傷害罪に問われるところですけど、相手が銃を持っていたことから正当防衛を主張できます。どうするのかしら」


 兄の同僚だった高中さんに向き直って右手の木刀を手渡した。


「まあ、兄の敵討ちができたので、傷害罪でもかまいませんよ。その代わりそいつを確実に殺人で裁いていただけるのでしたら」


「線条痕を確認しないと確かなことは言えないけど、まあ日本で流通の少ない三五七マグナムだからおそらく同一でしょうけどね」

「では俺も大人しく傷害罪で捕まりますよ」


「いえ、あなたはお兄さんの無念を晴らしただけ。ずいぶんと古い刑法でいえば決闘罪というところかしら。まあそもそも適用されたことが極めて稀な罪状だから、今回も決闘罪は成立しないでしょうけどね」

「それじゃあ敵討ちがまかりとおる世の中になりませんか」


「あなたの場合は警察からお願いしたところもありますからね。犯人逮捕に協力いただいたということで、傷害罪の逮捕状より犯人逮捕に協力した感謝状が妥当かもね」





 ─了─




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