#63(最終話) 幸せの形




 新企画が始動し、俺もハルカさんもリカコさんもそれぞれの役割を果たすべく忙しく日々を過ごしていた。


 ハルカさんはこれまで作って来たレシピや研究ノートをイチから洗い出して、料理研究家としてこれから売り出していく方向性(どんなテーマやジャンル、どういう部分に特化した料理をメインに扱っていくか)を、模索し始めている。


 俺はリカコさんの指導の下、SNSでHHMクッキングのアカウントを作り、そこで料理教室の日々の出来事やレシピなどを紹介し、時には料理を研究したり料理教室で教えているハルカさんの姿を動画撮影して公開している。

 因みに、ハルカさんや生徒さん達には撮影する際はマスクをして顔を隠して貰っている。 マスクしてると三割増しで美人に映るからね。

 また、日常業務の傍らで、過去の手書きのレシピを電子データ化してデータベースを作る作業も始めた。


 リカコさんは、以前の会社ではWEBセミナーを企画運営してたし、マナーや作法などの教本も扱ってた関係で書籍関係も知識や実績もあるらしく、それらのノウハウをフル活用して、料理研究家としてのハルカさんの宣伝やレシピ紹介をするHHMクッキングの専用サイトを立ち上げ、当時のコネクションも使って売り込みに飛び回ってくれている。




 半年もするとリカコさんの戦略は順調に効果を出し始め、料理教室への問い合わせも増え、平日の料理教室は毎日盛況で忙しくなり、地元のタウン情報誌などでも紹介されるようになり、そしてリカコさんが東京の大手出版社に企画を持ち込み、粘り強く交渉して、遂にムック本での出版第一弾も決まった。



 しかし、そんな多忙の日々の中で、ハルカさんが体調を崩しがちになってしまった。

 最初は、夏場の暑い時期に忙しかったから、秋になりその疲れが一気に出て来た一時的な物だと考えていたが、中々体調は戻らない様子だった。


 料理教室の方は、俺が一人で切り盛りして何とかしていたが、料理本出版を控えた大事な時期で、俺は不安を拭いきれずにリカコさんとも相談しなくてはと考えていると、ハルカさんが改まった様子で俺に話があると言って来た。




「8月頃にね、変な夢を見たの」


「ん?夢?」


「うん。 真っ白な白馬がね、ウチにやって来て家に上がり込んで来たの。 そのまま2階の寝室まで上がって来て、私とフータローは裸で抱き合ってベッドで寝てたんだけど、白馬見てビックリして動けなくて、でもマリンだけはその白馬に慣れた様子でまるで歓迎してるみたいで」


「んんん???ナニそれ」


 体調不良に関係する話かと思って身構えてたけど、なんの話だ?

 病気と関係ある話なのか?


「それでね、その白馬が私たちの傍までゆっくり歩いてきて、フータローのお腹をペロリと舐めて次に私のお腹もペロリって舐めたの」


「うーん・・・」


「それで、私たちが声を出せずに驚いてると白馬がヒヒーン!って鳴いて、そこで目が醒めて」


「・・・」


「その日から1ヵ月くらいしたら体がダルく感じる様になって、生理止まってるし今月に入ったくらいから吐き気とかもあってね。コレもしかして!?と思って病院に行って調べて貰ったの」


「病院でなんて?」


「オメデタだって!遂に出来たよ!私たちの赤ちゃん!」


「はぁぁぁぁ!?マジっすか!?妊娠してたの!?」


「うん!マジでオメデタ!10週目で出産予定日は5月だって!」


「すげぇ・・・俺が父親・・・?」


「そうだよ!フータローがパパで私がママだよ!」


「と、ととととと兎に角!おめおめ、おおおめでとう!」


 興奮してハルカさんを抱き付こうとした寸でのところで、妊婦の体を乱暴に扱ってはダメだと気付いて、優しくそっと抱きしめた。


「ありがと。フータローのお蔭だよ」


「もう絶対に無理しないでよ?絶対安静だよ?飲酒も禁止!セックスも禁止!」


「ふふふ、大丈夫だよ。無理はしないから」


「ああ、それとリカコさんにも直ぐに相談しないとだし実家のお義父さんとお義母さんにも報告しなくちゃ! ウチの実家はいつでもいいや」


「うふふ、そうだね。ウチの実家とリカコちゃんには私から報告するね」


「あああ!それと!」


「うん?」


 ずっと言えなかったけど、今こそ言うべき時だ!と思い、ハルカさんを労るようにゆっくりとお姫様ダッコで抱き上げ、思いの丈を伝えた。


「ハルカさん!愛してる!超愛してる!俺と結婚してくれてありがとう!俺すげぇ幸せ!!!」


「ううう・・・初めて「愛してる」って言ってぐれだぁ~私もだよぉ~~!私も超愛してるぅ~~!フータローと結婚出来てよがっだよぉ~~!私もしあわぜぇ~~!!!」


 俺の思いの丈を聞いて、ハルカさんは涙を流して喜んでくれて、ダッコされながらも俺の首に抱き着くと、泣き顔のまま何度もキスしてくれた。




 後でハルカさんが言うには、夢で見た白馬が俺達の子供を授けてくれたんじゃないかと。

 その日の朝、目が醒めた時に女にしか分からない特別な感覚があって、その時はそれがなんなのかは分からなかったけど、後で考えるとあの日に妊娠してて、計算も合うらしい。

 男の俺には理解し難い感覚だし、俺は覚えてないけど前日の夜に確かに俺達はセックスしてたらしい。



 ハルカさんからその日の内に直ぐにリカコさんへ報告すると、リカコさんは電話口で『おめでとう・・・自分のことの様に嬉しい』と泣きながらお祝いしてくれた。

 そして直ぐに動いて各所と調整してくれて、料理本は予定通りの日程で出版することになり、11月に入ると身重のハルカさんの代わりに自分が動けるようにと、リカコさんはウチの近所でペット可のマンションを借りて、約2年ぶりにリリィと一緒に名古屋に戻って来た。



 年が明けてもお腹の子は順調に育ってて、ハルカさん自身も健康そのもので、遂に3月にはハルカさんの初の料理本は無事に発売され、リカコさんが各地に飛び回って売り込みしてくれているお蔭で、新人としては順調の売れ行きでスタートした。


 料理本を売り出した影響もあり料理教室の方も益々盛況で、出産予定日直前のハルカさんも教室で先生として教えたりするが、やっぱりお腹の大きな体では俺だけでなく生徒さん達からも心配されてしまい、本人は「全然だいじょーぶだよ」と言っているが俺やみんなからは「大人しく座ってなさい」と毎回注意されて、不満げな顔で置物状態になっている。




 そして、5月の下旬。

 ハルカさんは無事に、男の子を出産した。


 二人で相談して、ハルカ(春香)さんから『春』とフウタロウ(風太郎)から『風』の字を取って、『ハルカゼ』と名前を付けた。


 出産の翌日にはお見舞いに来て、赤ん坊にかぶり付くようにして「ヨチヨチ♪」と超デレデレ顔だったリカコさんは、名前が『ハルカゼ』と聞いて急に「ん?」って首を傾げて、「そんな名前の競走馬居なかったかしら?」と言い出し、俺とハルカさんは顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。



 俺が31歳になったばかりで、ハルカさんは34歳。

 年齢的には二人目はちと厳しいと思うんだけど、ハルカさんは「まだまだ行くよぉ~!二人目も頑張ろうネ!」とまだまだ作る気満々だ。






 大学出て就職した会社では、自分の力を認めて貰いたくて出世競争の中で必死だった。

 その会社を辞めて、リカコさんをサポートする為に結婚して慣れない主夫業にも一生懸命だった。


 会社を辞めたことも主夫になったことも、周りからは逃げたと笑われてたかもしれない。 でも、その時は沢山悩んで自分の道を選び、その道を選んだことを後悔したくなくて必死に頑張った。 

 どれも上手く行かなかったけど、俺はただ幸せになりたくて、頑張った。そして、その経験があるからこそ、今の生活がある。だから、今はもう、未練や後悔はない。


 



 俺の人生、この歳まで色々あったけど、俺達家族はまだ始まったばかりだ。

 きっと俺とハルカさんならこの先残りの人生ずっと、笑いの絶えない幸せ一杯の家族で過ごせるだろう。



 こうして俺は、ようやく自分の幸せの形を作ることが出来たんだ。








 お終い。




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仕事で挫折したら逆プロポーズされた俺の結婚生活 バネ屋 @baneya0513

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