ひつじたちの戦争

本田翼太郎

第1話 テディは死んだ

 紫色の手拭いに包まれた箱はとても軽かった。いくつかの骨だけを残して、テディだったものは消えた。


 墓標には、戦果を表す十六の星と名前が刻まれている。


 四角くくり抜かれた穴に骨壷を納めると、大人たちの太い手によって重い墓石で蓋をされた。テディは空が好きだったから、アルはそのままにして欲しかった。けれども、自分ひとりでは墓石を動かすことはできないし、大人たちにお願いするのもはばかられる。


 せめて、石の底に青空の絵を描いてあげたかった。


 ふと見上げると、鉛玉みたいな雲が空を覆っていた。


「アル、大丈夫ですか?」

「ええ、ただ少し、絵を描いてあげれたらと思ったんです」

「テディの顔をですか?」

「いえ、空です。今日のじゃなくて、石鹸の香りがするような、そんな空を」


 ベルネさんはおだやかに笑んでいた。


「アル。あなたは戦闘人形(ドール)に感情移入しすぎるところがあります。その優しさは人として生きていく上では大切なことなのだけど、この仕事を続ける上では捨てたほうがいいものです」


 どうして優しいなどと言われるのか不思議だった。優しい人は、誰かを戦争に行かせたりはしない。


「ベルネさん。テディは死にたくないと言ってました」


 ベルネさんは何も言わなかった。ただ、黒い帽子にぶら下がったベールの向こうにある目が、ひどく寂しそうに見える。

 

「それから、殺したくない、とも」


 テディは初陣で三体の敵を討ち、華々しいデビューを飾った。それが戦いを重ねるごとに弱くなっていき、妙なことを口走るようになった。


「テディは悪夢にうなされていました。戦場に転がる自分の死体を眺めて、苦しんでいたようです」


 テディは言っていた。自分を救うために他者を殺すのだと。でもそれはひどいことで、自分自身を救いから遠ざける行為だとも。


 テディにそのことを教えてくれたのは、他でもない自分自身の死だったという。日は高く、丘を照らし、まばゆい風景のなかにひとつ、自らの死だけがぽっかりと影となって落ちている。沼のように濁った瞳の奥に、生存への執着と渇望が沈んでいるのを見つけて、テディは銃を恐れるようになった。


「アル、あなたに必要なのは休暇です」とべルネさんは言った。「それから温かいミルクもね」

「それは、解雇くびということですか?」

「いいえ、あなたほどの調律者コーディネーターは他にいないもの。早く元気になって、戻ってきてくれないと困るわ」


 毅然として見えるように頑張っていたけど、アルは内心でホッとした。今までにも、十箇所以上の農場を解雇されている。他にできる仕事もないので、べルネさんにまで見捨てられては困るのだ。


「他のスタッフには私から話しておきます。それから、今日言ったことを忘れないで」


 べルネさんが立ち去った後、胸ポケットに刺しておいた一輪の花を、テディの墓標に捧げた。その花弁は青く、石鹸みたいにほのかな香りがした。

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