第15.5話 配信記録【4月3日/8時23分始~22時42分終】
【爆裂のイエローダイヤ/新宿第七ダンジョン中層/採集依頼/黄土竜の泥】
頭上から燦々と降り注ぐ日差しの中、辺り一面茶と黄の岩と砂が広がる灼熱の地にて6人の人影が1体の巨大な異形と相対し、目まぐるしく動き回りながら戦っていた。
:うおでっっっか
:アークソアツイ
:見てるだけで気持ち悪くなってくるビジュアル
:なんできみこんな砂地にいるん?
:こいつ砂漠エリア生息のくせに使う魔法が水なの意味不明なんだよな
:だいだらぼっちが元ネタってマジ?
:神性が無いらしいからガセやで
:巨人判定は残ってるから不明やで
:全身泡立ってるんですけど!
:親分、いつものやっちまってくだせぇ!
「【エンチャントファイア】」「【ヒートウェポン】」
一人が先頭の巨漢の武器に火の力を授け、
「【プロテクション】」「【ファイアプロテクター】」
一人が同じく守護の祈りで彼の身を包み、
「【崩れ落ちろ】」「【曝け出せ】」
「【シャドウバインド】」
相対する異形に呪詛が突き刺さり、影が本体を縛り上げる。
動きを止めた異形へ砲弾のように巨漢が迫る。
異形は自身の周囲に幾何学模様の魔法陣を展開するが、それもどこからともなく飛んできた矢に貫かれるとガラス細工のように呆気なく砕かれる。破片はキラキラとステンドグラスのように鮮やかに散っていった。
「【発破】ァ!!!」
巨漢の振るった燃え盛る大剣が異形の首――と思わしき部位――を爆炎と共に切り飛ばした。
彼らは放物線を描いて足元に落ちてきた首を油断なく見据え……異形の身体が力なく倒れる轟音と砂ぼこりが晴れてからようやく一息ついた。
:ヒューッ!
:あの太さをぶった切るとか相変わらずどんな火力してんだ
:バフとデバフは大事ってはっきりわかんだね
:はいはいすごいすごい
:男はどうでもいい、女を出せ
:それしか能のない一発屋のくせに
:感動した
:でっけぇモンスターがワンパンで死ぬ光景からしか摂取できない栄養素がここにはある。俺はいつまでもあんたについてくぜ
:結局あいつなんなんだよ
:ただのモンスターだよ
:ただちょっと耐久が高すぎて分割しても復活することがあるだけのモンスターだよ
:今回全然魔法使ってこなかったな
:そら妨害しとったしな。破魔矢飛んでたろ?
:今日は何時までやるんですか!?
:水分補給しっかりしてね
:画面端ィ! ロリ見えてェ!!
:あんちゃんそこどいてふともも見えない!
:水着配信とかやりませんか?
:↑砂漠で肌晒せって殺す気か?
:女はいらねぇ! ここは漢の配信だぞ!!
:今日の上腕二頭筋はご機嫌斜めだな。そういう太刀筋だ
「サンドウォーカー、撃破確認っと。はい色眼鏡さん木偶の坊さん縁の下の力持ちさんいつもスパチャありがとうございまーす! 今日はまだまだ先を目指して――」
「いつものこととはいえあれだけの相手を一撃だなんて流石は御堂さん!」
「おう、当たり前だ。千代田、隅田! お前らはさっさと魔石取っとけ!! 10分で次行くぞぉ! ――ホロ、肩揉め」
「わかりました御堂さん!」
「……うっす」
「はぁ~い」
火魔法の使い手は配信ドローンの前で視聴者の相手をしており、千代田と呼ばれた小太りの男と、隅田と呼ばれた猫背の男が異形の死体へ駆けていく。
後に残ったのは呪詛の反動で動けず、背丈に合わないロングマントを尻に敷いて座り込んだ小柄な女性と、ホロと呼ばれた長身の女性に肩を揉ませている巨漢――恐山御堂だけ。
「ホロ、お前また破魔矢を使ったな。何番だ? 通常は?」
「え~っとねぇ、5番と……4番だったかなぁ。普通のは2本だけだよぉ」
空気をビリビリと震わせる声の圧に物怖じせず、力の抜けた声で答えるホロ。
「そうか、お前の取り分から差っ引いておくからな」
「えぇ~、またぁ!? 今のは必要経費ってやつでしょ~!」
「お前が最初の5番で上手くやってりゃ4番まで使わずに済んだんだろうが! なんだあの軌道は! 曲芸がしたいなら一人でやれ!!」
「だってだってぇ! あいつの蘇生強すぎて5番だけじゃ足りなかったんだもん!! 経費! 経費~っ!!」
「そこまで言うなら後で青崎に言っとけ。……チッ、守銭奴が」
「そんなこと言うならマッサージ代も請求しちゃうよ~?」
「その耐暑マントを誰が支給してやったのか思い出させてやろうか?」
「干からびちゃうのは嫌だにゃあ……」
渋々と引き下がるホロの吐息と揉み手を背に、フンと鼻を鳴らす。
周囲の反応を見る限り、特別機嫌が悪いわけではなくいつもこうなのだろう。ホロもさして気にした様子はなく、反省の色も見せない。
「
「……ん」
藤と呼ばれた小柄な女性はこくり、と僅かに頷いた。
その相貌は深く被ったフードにより窺い知れないが、無理を押しているようには見えなかったのかホロもそれ以上問いかけることはしなかった。
「可愛い可愛い姪っ子の扱いがなってないよね~! こういう時、最初に声をかけるべきはあたしみたいな部外者じゃなくって血の繋がった――」
「ホロ、黙ってろ」
「むぅ……元はと言えば貴方が人手が足りないまま
「二度は言わねぇ。黙れ」
振り返った御堂の手がホロの首にかかる。鍛え上げられた肉体に相応しいごつごつとした筋肉質な手は大きく、華奢な女体の首をへし折ることなど造作もないだろう。
苦し気に息を詰まらせながらもホロの瞳は御堂の苛立ちを見透かすように冷めていた。
……それはそれとして力加減を間違えて本当にうっかり半殺しにされそうな予感がしたので手をぺちぺちと叩いているが。
その睨み合いは不穏な気配に気が付いた火魔法使いが慌てたように駆け寄ってくるまで続いた。
「やめろ御堂! そいつの言動がむかつくのは分かるがダンジョンの中で揉め事は厳禁だって先週も言ったよな。アンチに餌やってんじゃねぇよ。……もうすぐ10分経つ、さっさと進むんだろ?」
「………………悪い」
「げほっ! 謝る相手が違うと思うんだけどな~」
「……行くぞ。遅れるなよ」
瞳を潤ませ、君が謝るべきかわいそうな女の子がいますよー、と大げさな身振り手振りでアピールするも無視されたホロ。
それすらいつものことなのか、零れだしそうな涙を拭い、何事もなかったかのように立ち上がって全身に纏わりついた砂を払う。ついでに首輪のような手形の痕も一撫でして綺麗さっぱり消し去っておく。
「御堂くんったらレディの扱いがひどいと思わない? ねぇ、青崎くん」
「喋るな売女」
「ひーん……」
青崎、と呼ばれた魔法使いはその内に秘める属性とは正反対の冷たい視線と、配信に入らない程度の小声で返して御堂の後を追う。
それを横目に藤も無言で続き、危うきに近寄らずを徹底する剥ぎ取り2名もホロの方へチラチラと視線をやるがそれ以上の行動は起こさず、パーティーは再び砂の大地を進みだす。
「あ~あ、つまんないの。でもこのまま放っておくのもなんだかね~」
置いて行かれては堪らないと、ホロも急いで荷物を背負い直して走り出す。
――技能に縛られた不自由で退屈な毎日を過ごす。それが遠藤ホロの日常だった。
そんな環境が嫌で一人こんなところまで来たというのに、結局自由さは感じられない。実家にいた頃よりまだマシだとはいえ、まだ足りない。まだまだ満たされない。
「あの兄様は心配するだけ無駄だとして……クコくんとキトちゃんは元気に学校通ってるかなぁ。でもでも勝手に飛び出したあたしが今更気にかけるのも……うーん、とはいえうっかりこんなの観られちゃったらもっと拗れそうだし……うーんうーんんん……」
Tips:呪術。ダンジョンでは主に呪詛により自分と相手を繋ぎ、自らに呪いをかけることによって対象を弱体化させることを役割とする技能。
自身以外にも、他者同士に制約を課す【ギアス】によって双方破ることができない契約を結ぶ仲介人としての仕事が近年多く見られる。この呪いは非常に強力でダンジョンから出た後も効果が継続し、契約内容とその破り方によっては契約者の死すら引き起こせる。
取得者が非常に少なく、能力の持続性と強制力も考慮されて一般の探索者より重い義務と制約がギルドから課せられている。約束された高収入の対価として見合っているかは人それぞれ。
次の更新予定
毎日 19:00 予定は変更される可能性があります
画面の向こう側の自分 ~ダンジョン配信で変わる世界~ 泉 燈歌 @SeNNT
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。画面の向こう側の自分 ~ダンジョン配信で変わる世界~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
幼女クロアギルド長のラクシア奮闘記/泉 燈歌
★6 二次創作:ソード・ワールド… 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます