第15話 お家事情
『遠藤キト。女。17歳。探索者養成学校3年生。ランク無し。上層探索許可証発行済み。
技能:【巨大化】【鬼人化】【炎魔法】』
『遠藤クコ。男。17歳。探索者養成学校3年生。ランク無し。上層探索許可証発行済み。
技能:【土魔法】【高温耐性】』
探索者養成学校とは読んで字の如く、若い内から優秀な探索者を確保するために生まれた制度と教育機関であり、在学中は限定的ながら未成年でもダンジョンに入ることができる。
――その他にも学歴やら資格やらが書かれているが、ある一点に目が留まってそれ以外に意識が向かなくなっていた。
「兄……」
「あ、はい。戸籍上は僕が兄で、キトちゃんは双子の妹になります。……戸籍上では、ですけど」
「本当は腹違いの
もしかしなくてもその話ってここから更に重くなります?
とは問えず、黙って頷いた。
先を促したように思われたのか二人は話を続ける。
「父は遠藤家の……あ、遠藤家というのは京の都でもそれなりの歴史を持つ家なのですが、そのご党首様であらせられまして。己の血を継いだ優れた子供を増やすために数多くの女性に種を蒔く見下げた種馬屑野郎ではありますが、Aランクの肩書を恐れて誰も意見できないのです」
「僕たちの母も昔ダンジョンで活動中に目を付けられて……」
「その話って長くなる?」
ぐう、と猛獣の唸り声が小さくも確かな音を立てて流れをぶった切った。
市希の顔を見るといつも浮かべている笑顔が薄れて虚無に近付いている。空腹の合図だ。
このまま放置しているとまず手始めに自分の指を
とりあえず応急処置としてカロリー摂取と栄養バランスを重視して作られた棒状のおやつを口元に差し出す。
鳥のように先端を咥えたかと思えば一瞬で引き抜いて全部口の中に消えていった。もごもご、と数度咀嚼をしてすぐに飲み込む。
先程とは別の意味で怯えの気配が混ざった二人に再起動した笑顔を向ける市希。その光景はまるで獰猛な獣が目の前に餌を見つけたようにも思えた。
「れいちゃん、さっきの長良さんも呼んで新パーティー結成のお祝いをしない?」
「……顔合わせ?」
「それは結婚では……」
言われてみればたしかにそうだ。恐れながらも言葉を慎まないキトのツッコミ力に感心する。
顔見せ……もなんか違うような気がするしなんと言おうか。
自己紹介の場?
……なんだっていいか。
「あなたたちのお家の事情がどうとかってさ、一緒に活動してたらたぶんわたしたちも関わることになるよね? どうせお姉さんのことも穏便に済みそうにないんでしょ? 技能研の思想がプンプンしてくるからね!!」
「そ、それは………………ない、とは言い切れませんね……」
「父は多忙ですし立場が立場なので家の者がこっちまで来る可能性は低いはずですけど……はい、ホロ姉さんのことではおそらくご迷惑をお掛けすることに……本来であれば私たちだけで解決しなければならないことなのですが……」
「じゃあさ、パーティーの問題ってみんなで共有した上でどうするか決めるべきだよね!」
そうかな……そうかも……。
これといって反論する要素が無い市希の案が通り、長良さんに連絡を入れて合流してから全員でギルドを出た。
有望そうな戦力とセットで厄ネタがついてきた、などと口さがない人間なら毒づくところかもしれない。それくらい厄介そうな話が見え隠れしていたが今更なかったことにはできないのでなるようになれだ。厄で言えばこちらも人の事言えた身ではないし。
市希以外が初対面の人間だらけで落ち着かないが、これから長いことダンジョンで背中を預けることになるかもしれない仲間にいつまでも緊張するわけにはいかない。
頑張って慣れよう。そのうち気にならなくなる………………と、いいなぁ。
こちらの緊張を察したのか、やや強引に市希に手を握られたまま近くの焼肉屋へ。
探索者が多い街だけあって防音性の個室がスタンダードらしい。広さもそこそこ、当然お値段もそこそこ。
パーティーの共有資金から出すからこれからみんなで頑張って稼ごうね、と食べ放題飲み放題の一番高いコースにした後に言い放った市希に何か言うべきか逡巡する長良さんには目礼で謝っておいた。すみませんうちの子こうでもしないとお店潰しちゃうんです。
たかが数万、されど数万。
人数で割った上での余剰資金として考えても、この面子でダンジョンに潜ればすぐに稼げるだろうが、それはつまりもう逃がさないという意思表示に他ならない。
「まずはこのページにあるお肉全部、4人前ね!」
誰がどれだけ食べる計算なんだろうと不思議そうな3人に「最低でもこの分量は市希が全部食べるので各々好きなものをどうぞ」と促す。
自分が頼むのはもちろんウーロン茶だけだ。市希の分から何枚か分けてもらえば、あとは個人に出される副菜やご飯などで十分腹が膨れる。というか他人と同じ空間だとそこまで食べる気にならない。
道中交わした名前だけの自己紹介から改めて挨拶をし、全員分の飲み物が届いたので乾杯の音頭を市希がとる。
「それじゃあ……あっ! 新しいパーティーの名前考えてなかった!!」
「そのうちでいいのではありませんか?」
「今じゃなくても……」
「それもそうだね! じゃあ、これからみんなよろしくね!! かんぱーいっ!!」
乾杯、と静かにジョッキが掲げられて飲ミュニケーションが始まった。
なお18歳は成人ではあるが、20歳未満の飲酒を禁止する未成年者飲酒禁止法が未だに残っているので
アルコールの類が嫌いなわけではないが……好きでもないので必要が無ければ飲むつもりはない。酔うのも良い気分ではないし。
前菜の葉っぱをもしゃもしゃと食んでいると本命の肉が列を成して運ばれてくる。
市希が楽しそうに網をひとつ占領して肉で埋め尽くしているのを隣に、今日知り合ったばかりの3人が常識的な量をじっくりと焼いて食べているのが対照的だ。
「はいっ! ではここでこのパーティーのルールを決めたいと思います!!」
わーぱちぱちと市希が声に出して盛り上げようとしているのでとりあえず小さく拍手をする。長良さんも無機質な瞳で眺めつつも同じく拍手をしてくれているのに好感を抱く。
キトとクコは今度は何を言い出すのか若干戦々恐々としながらも、場の流れを察して拍手し始めた。
「そのいちっ! 無礼講! 面接のときみたいなお堅い口調をずっと続けてたら疲れちゃうし、みんな砕けた口調で話した方が口頭伝達も早いと思うの!!」
「仕事上この喋り方が素と言えます。改善を求められるのであれば善処しますが」
「同じく……私も普段からこうですのでお気遣いなく」
「ぼ、僕も敬語が一番慣れているので……」
「……。」
それならそれでいいと思うのだが、市希のテンションがやや下がったように思える。
ただの記録で誰に向けたものでもないのに見ている特殊な層に配慮する必要性は無い。
長良さんはともかく年少組が流行りの
「……そのにっ! 対等かつ平等な関係! 誰が偉いとか誰が多く分配するとか、そういう火種は無し!!」
最も多くの網面積と食事量を誇る市希がそれを言うのはギャグだろうか。
とはいえ、均一の役割と働きを強いるのを平等とは言うまい。分担による効率化をした上で誰もが納得する答えを出すのも大事。
不満や疑問、言うべきことは言えばいいのだ。自分はそのへんどうでもいい内は何も口に出さない。
ただし、必要だと思えば発言も吝かではない。
「いっちゃん」
「なーにっ、れいちゃん!」
「ワンマン」
パーティーリーダーとして振舞おうとしているのは昔と比べて成長を感じられて結構なことだが、現在の浅い関係性の中で市希の提案に「否」を突き付けられるのは自分だけではなかろうか。
今の議題がどうでもいい、どちらでも構わないような些事だからかもしれないが。
「あー……や、やっぱりそう思う? 前にもね、めーちゃんにまったく同じこと言われたんだけどね、みんなそのままでいいよって言ってくれてたから……ごめんね……」
「いいならいいんじゃない」
別にそれがダメとは言っていない。
ただの確認だ。市希との付き合い方が分かっていない3人が、これから先もついていけるのかという。
問いかけるように視線を向けると、
「
「「リーダーシップは大事と存じます!」」
良いらしい。
仲間に恵まれたと喜ぶべきか意見のすり合わせを育む機会が無かったと考えるべきか。年少組がまだ一歩二歩距離を置いている感じがする。
まぁ出会ってすぐだし仕方ないか。
……何様だと問われるべきは自分な気もしてきた。内心反省。
「じゃあこのまま続けるね!」
「うん」
市希のこの持ち直しの速さは是非とも見習いたいところだ。
……あと、喋りながら肉を焼きつつ隙を見て食べる器用さも。
Tips:技能向上研究組合――通称『技能研』。ダンジョンと共に発現した【技能】の解明を第一とする実力主義の集団。「大いなる力を持つ者には大いなる権利と義務が生じる」から始まった教義はダンジョンへの強い恐怖と復讐心によって「探索者とはダンジョンを制する為に存在し、非探索者は探索者を支える為に存在する」ものへと変移していった。「技能の強さが人の価値」という選民思想も広まり、潜在的な支持者も含めれば全国民の数%はいると推察されている。現代の優生思想再発のきっかけでもある。
――日本では未だに重婚が合法化されておらず、それと関係があるとは明言されていないが形式上でのみ独身を貫く女性の割合が高くなっているらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます