第14話 二度あることは何度でもあること


「「この度はご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした!」」


「ふーんだ!」

「……。」


 なんだかデジャヴを感じる。

 つい先日も同じように頭を下げられることがあったような。

 いや、いつも似たようなやり取りをしている気もするから気のせいかもしれない。




 市希はすっかりむくれてテコでも動かない頑なな態度をアピールしている。

 まぁこれくらいならおやつに甘いものでも与えればそのうち元に戻るからいいとして。


 二人を許せるか許せないかと問われれば当然許せる。

 ただの誤解で実害があった訳でもないし、多少の暴言も身に覚えが無ければ可愛いものだ。それは彼女が持つ正義感の表れでもある。


 ……目つきの悪さに関しては…………事実として諦めた。何も言い返せない。




 市希も別に許すか許さないかで怒っているわけではないのだ。今日一日溜め込んだストレスが小爆発を起こしただけ。たったそれだけの些細な問題に過ぎない。


「わかってくれたなら、それで」

「れいちゃんいいの!? 散々好き放題ないことないこと言われたんだよ! あることなんてひとつも当てはまらない全部が全部誤解まみれの罵倒だったんだよ!!」

「そうです! 私が浅ましくも軽々しく怜さんにぶつけた言葉の数々、そのままにしておくなんて一族の恥でしかありません! どのような処遇でも………………じょ、常識的な範疇でのことならなんでも致しますので、どうかお気の済むようになんなりとお申し付けください!!」


 ん? いまなんでも――




 ――なんてアホなこと考えている場合ではない。


「別に、怒ってない」


 つまりはどうでもいいのだ。いつものことすぎて。

 日常的にありふれた不幸な事故で一々気に病んでいたら――いや少なからず精神的ダメージは受けるが、それは今更な話だ。

 自分に投げつけられた言葉としては気に障る部分もあるがそれが本来誰とも知らない相手へ向けられたものであれば今回のは流れ弾に当たっただけ。内容も概ね同意できる善性のモノだった。


「むぅぅぅ……! れいちゃんのお人よし……」

「その分いっちゃんが怒ってくれるから」


 すでに火花を散らしている市希の隣で同じだけの怒りを発する元気はない。怠惰な自分が不甲斐ないとすら思うほどだ。


 これがもっと暴力的な――血を見るような事態に発展していればこちらとしても実力行使を以てそれ相応の対処をするが。

 その場合でもお前より市希の方が仕事するだろって言われたらそれはまぁ…………はい。


「ですが、それでは……」

「お二人はパーティメンバーを募集しているのですか?」


 なおも何らかの形で謝意を示そうとするキトの隣でクコが口を開く。


 特に隠すことでもないので肯定する。


 ――ぴこん、と小さな電子音が隣から響く。


 市希の端末に探索者証明書が2枚分届いたのを横目に、送り主へ目線を戻す。


「お詫びになるかはわかりませんが、もしまだ有力な候補がいないようでしたら僕たちを加入させては頂けませんでしょうか」

「クコちゃん!?」

「……それは」


 技能面だけを見れば願ってもいない提案だ。

 いかにも有望そうな技能の前衛と、回復ができる上に汎用性の高い土属性の魔法使いが加わってくれればダンジョンの攻略は格段に楽になる。

 ……実力や相性が上手く噛み合えば、という前提ではあるが。それは見知らぬ他人である以上誰だって同条件だ。


 市希は訝しげにしつつも内容にざっと目を通し、不備が無いことを確認してから問いかける。


「なんのつもりなのかな?」

「僕なりの誠意のつもりでしたが、もしご気分を害してしまったのなら謝ります」

「クコちゃん、どういうつもりですか? たしかになんでも……とは言いましたが私たちがここへ来たのは――」

「ホロ姉さんを助けるため、だよね。最初は恐山のパーティー募集に乗り込むつもりだったけど今からじゃもう締め切られてるし……それにやっぱり採用基準が最低Dランクの募集にランク無しの僕たちが行っても門前払いされるだけだよ」

「それはっ! ……そう、かもしれませんけど」

「ホロ姉さんと会うだけなら別の方法もある。まずは今の僕たちに足りないモノを――力を身に着けるべきなんじゃないかな?」


 むぐ、と痛いところを衝かれたような表情で黙るキト。


 あちらの事情は彼女たちが語った以上のことは知らないが、相対する相手がランク持ちであれば同じ土台に立とうとするのも間違いではない。ランクとはすなわち資金力であり手札の多さでもあるのだから。

 肉体的にも法的にも優位なわけではなく、地上に出てしまえばただの人と大差ないとしても。命を懸けた戦場を経験してきた探索者シーカーという存在は甘く見ていい相手ではない。


「……いっちゃん」

「むぅ……れいちゃんはこの子たちを入れるのに賛成なの?」

「いっちゃんが嫌でなければ」


 彼女が嫌なら考えるまでもなくお断りの言葉をこの場で述べるつもりでいる。

 しかし、できればお試しくらいはしてみたいというのが正直な気持ちだ。今の自分たちに足りない役割を埋めてくれる、こんな素敵な巡り合わせをこのまま逃すのは勿体ない。

 人柄自体に問題があるわけでもなし。これから先、市希の安全性が高まるならファーストコンタクトでの悪印象なんて帳消しにできる。


「んんん……! んーっ!! うん! わかった!!」

「ありがとう」


 眉を寄せて悩んだ後にいかにも渋々といった感じで承諾した市希だが、おそらく提案された時点で答えは出ていたと思う。

 すぐに食いつかなかったのは感情の問題と、安く見られないようにとの用心か。

 自分なら互いに利になる話を蹴らず、目の前で懐柔する様を見せて交渉を上手く成立させてくれるだろうという信頼もある……いやそこまで深くは考えていないだろうけど。


「あの……本当にいいんですか?」

「なにさー、言ってきたのはそっちの方でしょ? れいちゃんが良いって言ったんだしいいよ! でも次はないからねっ!」

「はい、それにつきましては本当のほんっとうに……ごめんなさい!」


 許す。

 告げるのはただ一言でいい。

 そして精いっぱいの笑顔を浮かべて新たに仲間となる者へ歓迎の言葉を続ける。


「……これから、よろしく」


「よ、よよよろろろろしくっ、おねがいしましゅ!」

「ひゃ、ひゃい……」




 ――無理して笑おうとするの、やっぱやめようかな。











Tips:ダンジョン最下層に何があるのかというと実は何もない。ダンジョンコアと呼ぶべき弱点にして管理機構は存在せず、ただ次の階層へ続く階段が存在しないだけ。ではどうすればダンジョンが消滅するかといえば、ダンジョン内での破壊行為(大穴を開けるとか火の海にするとかやりすぎると感度が良すぎて暴走する)として草木などのオブジェクトを伐採したりモンスターを倒してリソースを削り、年単位で緩やかに弱らせて崩壊させる手法だけが実証されている。リソースが低下したダンジョンではモンスターや宝箱の出現頻度が落ちるためギルドが補填する必要があり、専用のポイントを配布して提携店での買い物に使える工夫がなされている。

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