第13話 バッドツインズ
「では前向きに検討させて頂きますので、結果は後程お送り致します! ありがとうございましたー!!」
「……ありがとう、ございました」
「よろしくお願いします。では、失礼します」
長良さんは礼儀正しく一礼し、静かに出ていった。
あれだけ無表情で悲観した雰囲気を醸し出していたのにその立ち振る舞いは堂々としたもので、足さばきからして戦闘経験が皆無というのはあり得ないだろう。
ダンジョンでどれだけ頼りになるかは未知数だが、今までで最も好感触の面接を終えて一息つく。
ダンジョンでの探索とは一味違った緊張感で疲労の仕方もまた違う。
「れいちゃんを見ても全然動揺しなかった人、初めて見たね!」
「うん」
おそらく内心では多少なりとも揺れることはあっただろうがそれを表に出さない辺りは流石社会人といったところか。
とはいえこの場ですぐに即決、というわけにはいかない。どれだけ有望な相手であってもひとまず予定に入っている全員分の面接を済ませてから選考するのが常識であり道義である。
例えそれが30人に1人の割合で引き当てた上に分母だけがこれからさらに増える可能性が高いとしても……。
「……ありがとうござい――」
「し、失礼しましたッ!!」
バタン、と騒々しくドアが閉められた。
失礼な奴っちゃな、と小粋なトークでも挟みたいところだが市希の機嫌が再び下降気味であることを考慮すると変につまらない冗談を入れる気にもならない。
当然のことのように、やはり残った面接相手はそのすべてが自分を見るなり怯えたり警戒を露わにして面接どころの雰囲気ではなくなってしまった。
その度に市希が憤り、不機嫌になる。
もちろんそれを表面上曝け出すほど子供じみた行いはしていない。しかし無意識の内にでも拒絶していれば多少なりとも相手には伝わるものだろう。
「ぶー……!」
子供のように頬を膨らませて鳴き声を上げる市希を横目に、それでも1人は良さげな人が見つかって良かったとポジティブに考える。
ダンジョン攻略において特に重要な
さて。
部屋を借りていられる時間にはまだ余裕があるが用が無くなればここにいる理由もない。
帰ろうか、と市希に声をかけて――
――コンコンコンコン。
「……いっちゃん、面接は」
「あっれぇ? 全員分終わったはずだけど……どうぞー!」
とりあえず会ってみればわかるでしょと流れるように本日三十何度目かの入出許可を告げる。そういう物怖じしない姿勢を見習いたいと思ったことはないが、それも彼女の魅力のひとつだと思う。
「失礼します!」
「し、失礼します……」
入ってきたのは二人組の少女――だろうか。
片方はピンクのフリルを基調としたワンピースでいかにも少女と言った立ち姿だが、もう片方はどちらとも言えないユニセックスな格好で線の細い――いわゆる男の娘のようにも見える。似たような服装を好む市希とファッションセンスで話が合いそうだ。
顔つきは瓜二つとまではいかないが血縁関係にあるのは明確。入ってきた時点で性格があまり似ていないこともわかった。
二人はこちらを見て肩を跳ねさせた後にそれぞれ異なる反応を見せ、一方は負けん気で睨み返し、もう一方は目に涙を浮かべて小刻みに震え出した。
業務的な笑顔を浮かべた市希から発せられる怒気が強まったが、すでに気圧されている二人は気が付いていないだろう。
「本日はわたしたちのパーティーメンバー募集の面接にお越しいただき誠にありがとうございます! どうぞご着席ください!!」
促されてしまったからには従うしかない、とあちらも流れに流されて席に着く。
――蛇に睨まれた蛙のような気持ちのまま面接が始まった。もっとも、それはお互い様だろうが。
お腹痛くなってきた。帰っちゃ……ダメだろうな。わかっている。
何故こうも警戒されているのか、なんて腑抜けた問いはしないがそれにしたって見ず知らずの人間へ向けるには悪感情が強めというか……まるで悪事を犯した人間と相対しているような確信的な態度が不思議で仕方がない。前科者と疑われたことはあってもここまでひどくはなかった。
「お二人のお名前と技能と……ここへ来た目的をどうぞ!」
最早パーティー募集を目的としていない態度ではあるが、それはお互い様なので何も言うまい。
こんな出会い方で素直に全部喋るのかは疑問だが。
二人は視線を合わせ、少女然とした方が頷いて先に口を開いた。
「遠藤キト。技能は【巨大化】と【鬼人化】と【炎魔法】です」
「え、遠藤クコ……です。技能は【土魔法】と【高温耐性】です……」
キトと名乗った少女の技能は知らないが、名前からして自身の肉体を変化させて強化する前衛向きの技能だろう。片方だけでも技能無しと比べて優位だろうにふたつを掛け合わせればどれだけの相乗効果があるのか、興味が湧いてくる。
……それも敵意が無ければ、の話になるが。
クコと名乗った中性的な子の技能は比較的ありふれている魔法系統の中でも特に汎用性に富んだ土属性の魔法と、おそらく名前の通りの効果を持つこれまたよくある耐性系の技能で特筆すべきことは何もない。
だが、闇魔法のみの自分よりはずっと才能に溢れている。属性の差とはそういうものだ。キトの炎魔法も十分羨ましいものだがいかんせんふたつの変化技能がある時点で才能の差が……妬む気にもならない。
「今日ここに来たのは――貴方に奪われた姉、遠藤ホロを返してもらう宣戦布告です!」
「…………え、誰?」
いや名前を聞いたこともなければ彼女たちの血縁関係であることを加味しても見たこともないと思う。
市希の呟きに合わせてそっと首を横に振って知らないことを示す。
「とぼけないでください! 純情な姉を甘い言葉と脅迫で騙してお金を巻き上げようとしたのは分かっているんですよ! 挙句の果てに別の女を侍らせるなんて見下げた野郎ですね!!」
ぶんぶんぶん。
首を激しく横に振る。
自分にそんな高性能な対人機能は搭載されていない。
「その眼力でどれだけの人間を不幸にしてきたんですか! 技能があればなにをしても許される、そんな無法な暴挙が許されていいはずありません! ランク持ちだからと言っても犯罪は犯罪、法廷で貴方がどんな言い訳をしようとお天道様はすべてお見通しですっ!!」
「れいちゃんがそんなことするわけないッ! それ以上わたしのれいちゃんを侮辱するようならただじゃおかないよ!!」
立ち上がり今にも飛び掛かりそうな市希を隣から抱き締めてホールド。
身長差で勝っていても力では全くと言っていいほど勝てないので本気を出されたら意味はないが、理性が働いている間はこれで十分だ。
「………………れいちゃん?」
「……怜です」
ヒートアップした少女の隣で疑問符を浮かべて首を傾げた中性的な子の問いに答えるように自己紹介をする。
挨拶は大事。古事記にもそう書かれているらしい。読んだことないけど。
「
「千川、怜……です」
「………………あの、もしかしてここ『新宿ギルド第
「ないです。第
第三支部はあっち、と窓から見える正面の高層ビルを指さす。
ちなみに。ギルドはどこもかしこも似たような造りで、電車の乗り換えや駅の複雑な経路によって街までダンジョンにしてしまったのかと外部の人間から揶揄されているとかいないとか。新宿は元からダンジョンだったろと昔の人は笑うけれど、乗り換え自体がほとんどない田舎者にとっては笑い事ではない。
彼(彼女?)は指摘を受けた途端に頭を抱えて蹲り、しかしすぐに顔を上げて隣の少女の肩を掴んで揺すり始めた。
「人違いだよキトちゃん!! ここ第二ギルドだって!」
「嘘!? だって東口出口の正面でしょ! ちゃんと案内板見て確認しましたよ!」
「……東口と、中央東口が……あって……」
ここ第二ギルドは東口中央改札から出てすぐのところにある。
第三ギルドは東口を出てすぐだ。
都市設計したやつは東京生まれ東京育ちの都会人に違いない。実に許しがたい。
「なんで東がふたつもあるんですかッ!!」
あそこすごく広いから…………気持ちは分かる。
地下と地上を繋ぐ階段のアルファベットと数字の組み合わせとかもね、難しいよね。分かるとも。
ともかく。
どうしてこんな予定外のトラブルが起きたのか判明して良かった良かった。
――とはいかないのが人間社会というものだ。
原因が分かって納得はしたが未だに怒り心頭の市希をどう宥めようか、お腹と頭が痛くなる一方である。
Tips:各ダンジョンは最終階層数によって
この命名規則で60階層以降も続いていた場合はどうなるのかというと超AI曰く「その時にまた各国で話し合うでしょう」とのこと。Sの後ろに数字でも付けるのだろうか。
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