第12話 今回はご縁が無かったということで


 ――新宿特区、第二ダンジョンターミナルビル『新宿ギルド第二支部』第十八多目的室。




「それではあなたの技能とダンジョンへの意気込みをお願いします!」

「ひぇっ、あ、はい、あの……【水魔法】が少々と……えぇっと、ダンジョンには……特になにも……あぁいえ! 実は昔から興味がありまして――」




「――ありがとうございました! 誠に残念ではありますが今回はご期待に添えない結果となりました。あなたの今後のご活躍をお祈り申し上げます!!」


 そう笑顔で見送る彼女の手元で映し出される画面に『不採用』の赤文字スタンプがポンと押される。

 悪夢のような3文字を見るたびにお腹が痛くなるのだが、立場が変わればこうなるのも仕方のないことだ。


 ……このやり取りが30回以上続いているのも自分の境遇と重なって辛さ倍ドンだが。


「れいちゃん大丈夫? もし辛かったら今日は面接だけだしわたし一人でも……」

「……大丈夫」


 情けない姿を見せるのも今更だし虚勢を張る意味もないだろうが、まだ精神が限界を迎えたわけでもない。その程度で根を上げていたら妹にシバかれる。


 市希と自分だけの連携ならおおよそ慣熟したと言っても過言ではない。

 しかしいつまでも2人でやるわけにはいかないと何度も相談した上で今日ここへ来たのだ。


 日本でダンジョンが最も多く、そして探索者シーカーが最も多く訪れる不夜の街、新宿特区。ダンジョンの為だけに10年単位で整備された世界最高峰の最終防衛ライン。

 ここだけでも20近いダンジョンが存在し、地上へ溢れ出さんとするモンスターの処理が年中無休で四六時中行われている。


 コンビニが24時間フル稼働しているのも都会のすごいところだと思う田舎民並感。地元では夜はどこも閉まっているのが常識だ。……ギルドは別として。




 そんなギルドの一角、有料で貸し出される探索者シーカーの為の一室でパーティーメンバーを募集するのが今日の予定だ。


 なお、成果は……。


「んー、どうしてみんなあんなに挙動不審なんだろうね? いい歳した元社会人の人だっているのにみーんな怖がっちゃってさ。失礼じゃん! ナンパ目的のロクデナシなんて論外だよ論外!! 遊びなら外でやって欲しいよねまったくもうっ!」

「……。」


 たぶん市希が一人でやったら怖がられることはないのだろうな、と思いつつ。

 しかしナンパ目的で来た、大した情熱も信念も目的も持ち合わせていない浮ついた人間には自分の存在はさぞかし効くようでそれだけでも隣にいる価値があったと思う。市希が靡く可能性など元から万に一つもないが時間の無駄がないのは楽でいい。


 しかしいくら自分の人相が悪く威圧感を放っておりモンスター以上に恐れられることがあるとはいえ、それでダメになるようなら仲間になど入れられるはずがない。ダンジョンでは全員の命を平等にベッドするのだ、味方に気を取られるようでは互いに信用し切れず必ずどこかでほころびが出てしまう。


 自分如きにビビるようではこの先思いやられる。

 だってダンジョンの方が絶対もっと恐ろしいモノなのだから。


「うー、本当はもうちょっと実戦経験のある人に来てほしいんだけど……わたしのランクが低いのがいけないのかなぁ」

「それを言ったらランク外は……」

「れいちゃんはいいの! 頼りになるってわたしが知ってるもん!!」


 他人からはそう見てもらえないのだがこれも市希が持つ無意識の身内贔屓による弊害か。目が曇っているとは誰にも言わせない心積もりだが、それこそ何も知らない人間に示せるだけの実力も実績もない。

 というかランクが高すぎてもそれはそれで集まる面子の実力差が広がって面倒なことになると思うのだが。


 ランクというのは主に踏破した階層に準ずる、探索者シーカーとしての格の指標みたいなものだ。


 最初期の日本では十から一までの等級で表していたそうだが海外との制度統合時にFからAA(日本のみSへと続く)までの7FEDCBAAA+1S段階で表すローマ字へと変更された歴史を持つ。


 ランクFは本来であれば10階層のボスを撃破した者が得られる地位だが、市希が5階層で遭遇したイレギュラーの脅威度を加味して特例でFランクを与えられた経緯がある。

 ……意識していなかったが同じく生還者である妹もFランクということか。羨ましいような、鼻が高いような、どうでもいいような。

 ランクがついたからって何かが変わることもないか。


 探索者シーカーはランクが与えられて――10階層を突破できるようになってからが本番……つまり専業で食っていけるラインと言われているが、日本でのランク取得率はあまり高くない。

 銃社会の欧米と違い一般的に個人で運用できる武器に限りがあるためだと言われているが調査結果は公表されていない。

 ……上層のボスで通常の物理武器を無効化するような奴は(基本的に)ほぼいないのでやはり銃火器の差があると思うが……その分、中層以降は人間自身の自力が無いとお話にならない相手が増えてくるので銃に依存しすぎるのも問題か。

 ワンチャンに賭けてボスを倒しました、ランクもらいました、代償として腕がなくなりました、なんて割に合わない生き方をしてなんになろうか。探索者シーカーにおけるプロフェッショナルとは、引退するまで仲間全員が五体満足のまま続けられる人たちを指すのだ。




 関係ない話はこのへんにして。


「あと何件?」

「えーっとねぇ、あと4件だね! 次は~」


 すっすっ、と軽快に指を流して面接者のプロフィールを流し読み。

 その内容を聞く前にコンコンとドアがノックされる。


「どうぞー!」

「――失礼します」


 はきはきとした声と共に入ってきたのは自分よりも一回り年上であろうスーツ姿の長身の男性。


 ただし目だけが死んでいる。

 ちょっぴり親近感を抱く。

 それ以外はどこからどう見ても普通の会社に勤める、仕事ができそうなサラリーマンといった風貌だが……人は見た目に寄らないということをよく知っているので決めつけは良くない。


 彼は澱んだ瞳でこちらを一瞥し、ほんの僅かに歩みを止めたが不動の表情筋で何事もなかったかのように動き出した。

 期待値が高まってそうな市希に促されるまま席に着く。


「本日はお越しいただき誠にありがとうございますっ! 早速ですがお名前の確認と技能、迷宮に懸ける思いをどうぞ!!」

長良ながら 辰巳たつみ、37歳。前職は東南欧交易株式会社で営業をしていました。技能は【弾頭強化】、【不感】、【索敵】を有しています。迷宮へは養育費の為に潜っています」


 ……市希の【引斥】ほどではないが珍しい技能だ。


 効果は読んで字の如く。

 【弾頭強化】は日本以外でなら引く手数多だろうが、弾丸でなくとも『弾』と認識できれば技能を適用させられたはずなので代用品もなくはない。パチンコ玉だって撃ち方次第では弾だ。


 【不感】に関しては……踏み込んだ話になる可能性もあるのでまだ触れない。

 【索敵】は言わずもがな、ダンジョンでも特に重要な技能のひとつに数えられる。不意打ちによる死亡事故は探索者シーカーの死因ランキングトップである。


「ふむふむ………………れいちゃん、どう思う?」

「……今のところは悪くない、と思う」

「わたしもそう思う! ――長良さんはどうして探索者シーカーになったんですか? 前職の経験を生かせば命を懸ける必要のない転職先だってたくさんあるかと思いますが!」

「……お恥ずかしい話ですが、前職の時に家庭を顧みず働き続けた私は妻と息子に見放されてしまいました。あるとき急な出張があり、半年ぶりに家に帰ると……机の、上に……離婚届が………………ん”ん、それ以来息子とは話もできず、妻とも定期連絡と送金しか交わせておりません。ですが、息子が好きだったDTuberダンチューバーになれば――いえ、なれずともその界隈に身を置けば何かきっかけが掴めるかもしれないと思い、活動を始めた次第です」




 ……お、重い!


 いやもっと重い話だって世の中にはあるが、不幸自慢を披露する意味などないし、理由なんて人それぞれで優劣を付けること自体間違っている。


 もしかしたら自分は目の前に座る長良という男が纏う雰囲気に圧されているだけなのかもしれない。勝手な親近感を抱いたことを申し訳なく思う。


 これが、家庭を持ったリア充とそれを失った哀しみを知る大人の風格……!!











Tips:探索者シーカーランクは(第5階層を除いた)5階層ごとのボスを撃破した者へ送られるものではあるが、それがイコールで本人の実力や人格を保証するものではない。ちなみに諸外国の最高到達階層の問題でSランクより上は存在しないが日本でのみ非公式でSSランクとSSSランクが設けられている。ギルドの超AI曰く「日本人はこういうのがお好きなのでしょう?」とのこと。そうだよ。

――なお現状50階層以降のボスへ到達した者は確認されていないのでSSSランクの称号は空席となっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る