第6話 真相

「ところで、高橋先生、私が、何故、この事件に、ここまで首をつっこんだか、わかりますか?」




「……」




「それは、行方不明になった、いや、先生、あんたに殺された小西真希は、実は、私の本当の子供だったからですよ」




「な、な、な、何ですって!そ、そんな馬鹿な!」




「一挙には信じられないでしょうが、これは、既に真希ちゃんの父親も知っていることながです。


 いいですか、小西真希の父親は、国立の一流大学出で、将来の頭取を約束されたような頭・健康・人物ともに、飛び抜けた人だったがです。ただ、それ故、仕事に邁進しすぎて、若い頃は、毎日が午前様だった。


 で、その時、真希ちゃんの母親と私が出会ったがです。二人は深い仲になりました。関係を持ったのはたった一回です。でも子供ができたのです。ただ、私自身は、たった一回のことやから、まさか自分の子供とは思いませんでした。これを、真希ちゃんの父親が不思議がったのです。ほとんど関係らしい関係もないのに子供ができるとは、とね。


 そんな状態であって、結婚して既に六年も経つのに子供ができなかったのに、急に子供ができるとは、誰が考えても変でしょう」




「……」




「そこで、まず、真希ちゃんの父親は、忙しい中を休みをとって、まず自分の健康診断をしたのです。その結果、ある重大な事実が判明したがですよ」




「じゅ、重大な事実とは?」




「小西真希ちゃんの父親は、無精子症だったがです。子供なんかできる訳がなかったがです」




「そ、そんなことが!」




「これは事実です。で、父親は、その診断書をもって、母親、つまり私の相手に、それとなく事実を聞いたのです。彼女は、総てを話したそうですが、さすがに将来の頭取候補、腹が太い。


 自分は無精子症だから、この子供は、天から授かったものとして育てようと、そう決心して大変にかわいがって育てたんです。私は、その話を、真希ちゃんの母親から聞きました。そのようなこともあって、私は、独身を通しているがです」




「で、親子の対面を果たしたのは、真希ちゃんが中学一年生の時でした。彼女のほうから会いに来てくれたがです。手には、自分の父親が無精子症であるという診断書を持って。




 父親の唯一の誤算は、その診断書をキチンと処分しておかず、年頃の娘に見られたことだったがです。真希ちゃんが不良少女となったのは、それが大きな原因の一つだったのやろう、と、今でも私は思っているがです。これで総てが分かったでしょう?」




「いや、それでも、分からん、分からんちゃ。


 じゃ、じゃ、何で、小西真希は、私の自宅を訪れて、あんな風に私を誘惑し、しかも一千万円もの大金を要求なんかしたんや?」




「先生、身に覚えがないがですか?真希ちゃんが、不良少女となったもう一つの原因は、先生にもあるがですよ」




「そ、そう言えば、下着を、あ、あの、そのう……」




「この話は、中学一年の時に私に会いにきた、真希ちゃんが言っていました。あんな変態で偽善者はいない、とね。で、いつか復讐してやると宣言していましたから、多分、その復讐のために、先生の自宅を訪れたのではないか?と私は考えておるがです」




「それで、橘さん、結局、私にはどうしろと。いや、正直な話、私は、一体、どうすればいいんやろう」




 高橋は、既に、気力を失い、生きる屍のようになって見えた。




「高橋良介先生、私も、実の子供を殺された被害者とはいえ、人妻に手を出して妊娠させた人間です。そういう意味では、私も、そんな大きなことを言える立場ではないがです」




「じゃ、自首しろとでも……」




「そ、それだけは、やめられたほうがいい。今、自首しても、何度も言いますが、まず、先生の残された二人の娘さんの将来が台無しになります。弟妹も、学校の先生は続けられなくなります」




「そ、そんなら、私が取るべき道は?」




「一つだけあります」




「そ、それは、どんな方法が?」




「先生は、現役の教頭で、小西真希ちゃんの指導に当たっていました。しかし、彼女は失踪したまま行方不明のままです。そこで、その責任を、自分の字できちんと書き綴って、つまり教頭としての責任を痛感したことにして、ご自分で、ご自分を始末されることですね。そうすれば、教師の鏡として、同情されることはあっても非難されることは絶対にないでしょう」




「じ、自殺か。……しかし、確かに、今のまま、自殺してしまえば、誰にも迷惑はかからんですちゃのう」




「私の、言ったとおりの方法で、真希ちゃんの死体と、斎場の係員の死体を処理したのであれば、目撃者は全くいない訳ですし、それに斎場の火葬炉のボタンを押すときも、当然、軍手をされたんでしょう、この小説のように」




「はあ」




「で、焼却後の残骨は、粉々に砕いて山や川に散骨した」




「はあ」




「そこまで、完璧な行動なら、下手な推理小説作家は勿論、いや例え相手が本職の警察であっても、先生が犯人だとはわからないでしょう。




 あとは、先生のパソコンから、この小説の原稿を完全に削除し、この原稿は庭で燃やせば終わりです。私は、神に誓ってこのことは口外しません。いくら、実の娘を殺されたとしても、先生に死体隠蔽の方法を伝授したのは事実です。私も殺人や死体遺棄の共謀共同正犯にされちゃ、たまりませんからねえ」




 高橋良介は、総てを観念したのか、すがすがしい顔になっていた。




 二人は、生ぬるくなったビールで乾杯した。寿司を食べた。高橋は、両眼からポロポロ涙を流しながら、酒を飲んでいた。つられて、橘も、もらい泣きをした。


 夜、タクシーを呼んで、橘は、家へ帰っていった。高橋は、最敬礼をして見送ってくれた。




 次の日の夜遅く、高橋は、首を吊って死んだと言う。近くには、手書きの遺書があった。


 


 ……




 さて、以上が、この一連の事件の真実の話である。冒頭で、私がどうしてこの話を知ったのか疑問に思われたかもしれないが、この話に出て来る橘優一郎こそ、正に、この私なのだ。


 


 いや、しかし、この一連の話は、どこか少し変だとは思われはしまいか?


 まずもって、一体、冒頭の書き出しは、何だったのだ?




 更に、変な話としては、小西真希が何故、下着を盗まれたぐらいで、ああまでして高橋良介を追い詰める必要があったのだろうか?それに、橘優一郎という自称推理小説家志望の税理士、つまり私は、本当に、小西真希の実の父親であったのだろうか?等々という点である。




 そんな疑問を、賢い読者の方は、即、お持ちになられたのではないのだろうか?


 そもそも。そもそもである。


 確かに、高橋良介は、自分から観念して自殺してしまった。それは、よくよく考えてみれば、すべて、橘優一郎、つまりこの私の口車に乗せられてのことばかりなのである。


 


 実は、こんな種明かしは、本当は、したくないのだ。(何故って?)それは、手品師が自分のトリックを明かさないのと同じことだからだ。しかし、敢えてそのトリックの一部を開かすとするならば、橘優一郎、つまりこの私が、「出会い系サイト」か何かで小西真希と偶然に知り合い、フラフラと人生を思い悩んでいた小西真希に、どうせ短い人生だからじゃないかと、高橋を誘惑し、脅迫するよう吹き込んでいたとしていたらどうであろう……。


 この場合、高橋を誘惑し、脅迫行為に及んだのは、小西真希本人である。


 で、殺されたのも、小西真希自身の行為が大きく作用しているが、ここに橘優一郎、つまり私の存在は、全く、現れてこないのだ。




 ただ、読者の皆さんには、更なる、疑問が残るだろう。


 


 確かに、この種明かしによれば、橘優一郎、つまりこの私の巧妙な話術とトリックによって、結局、三人の罪のない人間が、この世から消されたことになる。




例え、将来、高橋良介の手による小西真希殺害が警察の手によって暴かれたにしても、(高橋は、絶対バレないと思っていたかもしれないが、事前に市役所に斎場の確認の電話を入れているし、ペットショップで猫を買ったものの、その猫は買った当日から高橋家にはいない、更に、斎場の係員も失踪しているから、地道な操作網に掛かる可能性は否定できないのだ)、少なくとも、橘優一郎、つまりこの私には、一切の罪状は問えないであろう。私は、今までの話を、単なる創作だと頑張り通せば、いいかからだ。




 だが、では何故、そうまでして、この私は、高橋を憎んでいたのだろうか?

 それは、多分、何度、応募しても、ただの一度も賞を取れない、推理小説マニアの心の深層に隠された異常な嫉妬心としか、今のところ言いようがないのである。




 だが、それでもなおかつ究極の疑問がまだ残っているだろう。




 もし、高橋良介が、小西真希を殺害しなかったとしたら、あるいは、あの変な小説を書かなかったとしたら、私は、ではどうしたのかと問われるだろう?

 だが、その時は、また、全く別の方法で、やはり私は、高橋良介殺害の完全犯罪を目指したに違いない……。多分、私はきっと、根っからの悪人なのかもしれないのだ……。


            了




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善良な殺人者!!! 立花 優 @ivchan1202

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