第4話

 一瞬、視界が真っ白になった。

 まるで何もない空間で、ハルと二人っきりになって見つめ合っているようで、不思議な感覚だった。


 他の階から、キャーキャーと雷を怖がる女の子たちの声が聞こえてくる。

 でも、私はそんなの怖がっているどころじゃなくて、息を飲んでハルを見つめた。


「……は? 何、その質問」

「重要なことなの!」

「何だよ、それ……期待したオレ、バカみたいじゃねぇ?」


 ぶつぶつ言いながら、廊下にしゃがみ込んだハルは、項垂れてため息を繰り返した。

 

「ねぇ、答えてよ」

「前も言ったじゃん。ツンデレ好きだって」

「……でも?」

「ツンしかないのは嫌だけど、自分の前だけでデレてくれたら、嬉しいもんじゃねぇ?」

「ツンデレ、好きなんだね!」

「……まぁ、好きか嫌いの二択なら。でも、好きになるって、そういうとこじゃなくて──」

 

 つまり、あのトイレにいた二人の情報は間違いってことね。あんなツンデレとかけ離れたぶりっ子が告っても、きっとハルと付き合うことはないわね。

 自然と口を深いため息がついて出た。


「はー、良かった!」

「人の話聞いてるか?」

「ごめん。聞いてなかった」

「あのなぁ……まぁ、いいや。帰ろうぜ」

「うん。って、私の鞄!」

「お前なぁ。もう少し、考えて行動しろ、単細胞!」

「単細胞じゃないし!」

「あー、はいはい。ほら、行くぞ」


 さっさと歩き出すハルを追って、歩き出す。

 ふと窓の外を見ると、いつの間にか雨が上がっていた。雨雲は過ぎ去ったみたいだ。


「なぁ、きらら」

「だから、その名前で呼ばないでって。恥ずかしいから」

「何でだよ。俺、好きだけど?」

「……は?」


 階段を降りていくハルが、踊り場で立ち止まって私を見上げた。


「だから、きららって名前、可愛いと思うし、好きだって」


 にっと笑ったハルは、硬直した私に手を伸ばす。


「ほら、行こう」

「……なっ、なに言ってっ……」


 手を引っ張られて踊り場に下り、私はどうしたら良いか分からなくて、思わず手を振り解いて階段を駆け下りていた。


「おい、きらら!?」

「鞄、取ってくる!」

 

 呼び止める声を振り返る余裕なんてなくて、ため息をついたハルが「ツンデレ代表はお前だって」と言ったのを聞くことが出来なかった。

 もしも聞いていたら、私は、彼に告白をする勇気をもてたのかもしれない。


 教室のドアを開けた時、ふと気付いてしまった。

 名前が可愛いって何なのよ。好きって言われたのも名前じゃない。

 もしかして、ハルは私をからかっただけ。──そんな考えが脳裏をよぎった。とたんに、恥ずかしさが込み上げ、私は蹲って言葉にならない悲鳴を上げていた。


 その時丁度、雷が忘れ物をしたと言わんばかりの雷鳴を轟かせたのは、何かの気まぐれだったのかもしれない。

 学校のあちこちから、悲鳴が上がった。


「おーい、帰るぞ。きらら?」


 教室に入ってきたハルが、机の陰にしゃがんでいる私に気付いて近づいてくる気配がした。


「何だ、雷が怖いのか? 可愛いとこあるじゃん」

「ち、違うし!!」


 私は、別に雷が怖くて蹲ってたんじゃなくて、自分の心がぐちゃぐちゃで──なんて言える訳もなく、真っ赤な顔をしていると、ハルが手を伸ばしてきた。


「ほら、手握ってやるから。帰ろうぜ」


 私の気も知らないで、人たらしなハルは満面の笑みを浮かべた。

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恋する爆弾低気圧接近中!?~私の彼に近づく悪い虫は、みーんな吹っ飛んじゃえ♡~ 日埜和なこ @hinowasanchi

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