第3話
「光空さん? 顔色が悪いわよ」
「……藤さん、帰るの? この、雨の中」
「えぇ。実は──」
「私の親が車で迎えに来たから、一緒に乗せていくのよ」
私の疑問に答えたのは、後ろから声をかけてきた女子──園原さんだった。
「光空さんも乗っていく?」
「具合悪そうだし、そうしたら? 清野くんと同じで電車通だったわよね」
「じゃぁ、駅によれば良いわね」
とんとん拍子に話を進める二人は、私に同意を求めるような視線を向けた。
て言うか、この二人、仲良かったんだ。知らなかった。
にこりとも笑わない園原さんだけど、私がゆるく頭を振ると少しだけ笑って、そうと呟いた。
「ありがとう。でも、人を探してるから」
「人? もしかして、清野くん?」
「え……あ、うん……」
言い当てられて、どきりとした。
「ちょっと前に忘れ物をしたとか言って、教室に戻ったよ」
「え……嘘」
「すれ違わなかったの?」
「……ありがとう、行ってみる!」
息が少しだけ整ったし、まだ走れる。
踵を返した私は、後ろで園原さんが「連絡したら良いのに」とぽつり言ったのを聞き逃し、それを聞いた藤さんが笑いを堪えてスマホを取り出したことにも気づかなかった。
だって、凄い必死だったから、電話をかけて呼び出すなんて簡単なことすら、思い付かなかったのよ。
新校舎を抜けて階段を上がっている途中で、ポケットの中のスマホが鳴った。
こんな時に誰よ。──引っ張り出してディスプレイを見ると、そこには「ハル」の文字。
「……もしもし?」
『よぉ。すっげー息切れてるな』
「……誰の、せいだと……思って」
『んー? 俺のせい?』
「……そ、そうよ。ハルが……」
ハルがどこにいるか分からないから。
足が急に重くなった。
あれ、もしかしてスマホを使えばよかったんじゃないの。と、ここで初めて気づいたら、どっと疲れが押し寄せてきた。
『通話はすりゃ良かったのに』
「だ、だって……校内で、通話は……」
『放課後までそんな校則守ってる奴いないって』
けらけら笑う声に思わず唇を尖らせて、足を止めた。
「……切るね」
『あ? 良いけど──』
返事の途中で通話をオフにして、大きく息を吸った。だって──
「目の前にいるのに、これで話してるって、変でしょ?」
「まぁ、そうだな」
スマホを耳に当てたままで、ハルが笑った。
「で、なんで俺を探してたの?
「名前で呼ばないでよ。恥ずかしい」
「なんで? 可愛いじゃん」
目の前に立ったハルの手が、私の頬を遠慮なしに掴んできた。
「ちょっ、にゃにふんの──!」
頬が引っ張られ、抗議の声がふにゃふにゃになっていく。いくら周りに誰もいないからって、何をしてくれているんだ、こいつは。
羞恥心を煽られて、全身がカッと熱くなった。
「そんな機嫌悪い顔すんなって。ほら、笑えって。きらら」
「──ぜーったい嫌!」
ハルの手を振り解いて、頬を撫でながら私はそっぽを向いた。
こんなバカなことを言い合うために、ハルを探してたわけじゃないのに。顔を合わせる度に、笑えって言うのよね。もう、何なのよ。
「笑ったら可愛いのに」
「……は?」
「だから、きららは笑ったら可愛いんだから、もっと笑えば良いんじゃね?」
「バカなの? 笑えと言われて、簡単に笑うバカがどこにいるのよ!」
「いや、皆、もっと気楽に笑ってるぞ」
「それは……だって……」
ハルの前だと、いつも通りにいかないんだから仕方ないじゃない。
もごもごと口籠ると、ハルは首を傾げて「それで?」と、私が彼を探していた理由を訊いてきた。
「それは、その……聞きたいことがあって」
「何だよ……そんなの、それこそ通話で良いじゃん」
どこかガッカリしたような顔をしたハルは、壁に寄り掛かると深々とため息をついた。
「何でガッカリしてんのよ」
「……そりゃまぁ、こっちにも色々あんだよ。で、聞きたいことって?」
「それは……ハルって……の?」
尋ねた瞬間、昏い空の向こうでゴロゴロと雷の蠢く音がした。
「ごめん。聞こえなかった。なんて?」
「だからね、その──」
ハルってツンデレ好きじゃなかったの?──尋ねた瞬間、身体をびりびりと震わせるような雷が校庭の中央に落ちた。
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