記憶と幻想の家
一縷(いちる) 望
記憶の中にしかない家々
それは、私の昔の記憶だ。
「白い家」
私の住んでいる市の山に近い方に、片側一車線のよくある舗装道路がある。
たぶんこれは県道ではなく市道だろう。
その道は、けっこうくねくね曲がっているのだけど、森の中を通り、隣の市に通じている。
で、その森の中で、急に造成された場所があって二軒分の土地があった。
周りはスギ林の中、家が一軒だけ建っている。
そこには白い木製柵があって、白い壁の家。
庭も広い。入り口には赤いその家のポストがある。
で、その家では、その昔、家族間で陰惨な殺人事件があったという。
主人が暴れて斧を振るい、家族の首を斬り飛ばしたとか。
確かめようもなく、本当なのか判らないのだが。
もう何年も人が住んでいない筈なのに、庭は綺麗にされてあって、雑草もない。
噂では、その家の持ち主の親戚が、1,2か月に1度、草取りに来ているのだと言われた。
で、ある日、そこに尋ねて行った人がいて、その人はその家から戻ってこなかったと。
そして、時々人の声がしたり、悲鳴が聴こえたりしたという。
私が高校生の時に、その横の道路を何度か通った時には、白い壁に、何か染みがいくつかあるのを見たと記憶している。
だが。
30年の時を経て、東京から戻った私は、自分の車でその道を通ったのだが、その場所自体がなかった。
そこより道路を少し西にいくと、道は結構登っていて、さらに少し行くと道路はやや水平に近くなる。そこには開けた場所があって、昔も見た潰れたボーリング場があった。
相変わらず、窓ガラスがあちこち割られ、それをガムテープではってある白い壁のボウリング場だ。
赤い屋根はとっくに色褪せているし、アスファルトはひび割れていたが、駐車場も残っていた。
しかし、あの白い家のあったハズの場所は鬱蒼とした杉林だった。
もし、あのあと全部潰して植林したとしても、たった30年で、こうはならない。
鬱蒼とした林になるには60年はかかる。
あれは、一体何だったのだろう。
私の記憶違いなのだろうか。
「火災のあったハズの家」
それは私が中学の頃、河原に近いところを自転車で行くと、平らに整地され、芝生も生えている、住宅用の造成地があった。
そこに一軒の家が建っていた。赤い屋根の家で、それほど大きくもない。どちらかと言えばこじんまりとした家で、それが夜間火災にあい、全焼したという。
私は多分その火災から1か月くらいたって、そこの横を自転車で通った時には敷地は芝生もなく、そこだけ凸凹だった。焼けた後の廃材を片づけるのに重機でも来たのだろうと思った。
その土地にはあちこち黒い丸い部分の土地があって、ここの家、ここが酷く焼け焦げたんだなと、そう記憶していた。
ところが。
大人になって東京に出て、暫くしたのち、家に帰郷した際に自転車でその近くの道を通ったのだが。
そこには平らに整地された、住宅用の土地なんか、なかった。
そこにあったのは、かなり昔からそうだという、葦の生えた原っぱだった。
どこで、私は記憶を間違えたのか。いや。北側の風景は、昔と変わらない山々とその下の街並み。
それは街並みはやや新しい家が増えてはいたが、あの時の記憶と、ほぼ一致している。
あれは、一体どこだったのだ。
私は、一体どこにいたというのだろう。幻覚だったとは思えない。
それともこれは記憶の捏造なのか。
「消えた、昔の幼稚園」
これも随分と昔のことだ。
たぶん小学校から中学になるくらいの頃、河原の近くにある、幼稚園はもうずっと前に廃園になっていて、その建物が幼稚園になる前は、小学校だったという。
私はこっそり、その中に侵入した。
施錠はされていなかった。
木造で三階建て。木造の床は、踏むとぎっしぎっし音を立てる。体重の然程ない、子供が載っているのに。
そして階段。これを上って二階。奥まで行くと右に折れている。
その先も進むと。奥には窓の外に建物が見える。
変わった建物だったが、こっちと繋がってはいない。
戻って、外から見ると右側のほうの奥には、上がドーナツ状の窓付き廊下だろうか、そんな形状の中心には細い塔のようになっている建物。その手前には、普通に2階建ての建物がある。
この手前の方の建物は、昔、かなり陰惨な殺人事件があって、それで人が住まなくなり、幼稚園も廃園だったというのだが。
20年以上たって、大人になった私は、その場所に行ってみると、建物は何もなかった。そして、そこにあるのは、昔からあるという森と、潰れてしまった小さなパチンコ・ホールの残骸だった。
おかしい。
私の記憶違いだったのだろうか。
図書館に行き、昔の地図を調べてみたが、そこには幼稚園など、一度も出来たことはなかった。
あの木造の幼稚園は、私の記憶の捏造なのだろうか。
今でも、あの木造の音が鳴る朽ちかけていきそうな床、やや暗かった廊下。そういうのを記憶の中に断片的に思い出すのに、あれはこの土地の場所ではなかったらしい。
あれは、一体どこだったのだ。
私のこの記憶は、一体、どこの街の記憶だったのだろう。
あるいは幻覚だったのか。
今でも、この3つの場所は、記憶の中、淀みに沈んで残っている。
あるいは。
私はパラレルワールドを何度も見ていたのだろうか。
<了>
記憶と幻想の家 一縷(いちる) 望 @itirunonozomi
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