第3話

 ブランドは必要な概念だ。私がまとうそのときに、ブランドでないものが持つ防御力と、ブランドものである場合の防御力は雲泥の差がある。決して攻撃するために着ているのではないのだ。だから、私は自分の持てる最大の防御力をまとって、雄一の部屋に行った。それが必要な予感がリンリン鳴っていた。

「ディナーでも行けそうだね」

 雄一は口元だけ笑った。それ以外の全てが緊張の糸で引っ張られている。私達はダイニングに向かい合わせに座る。

「大事な話って?」

 私も同じ顔になっているのだろう。

「俺達、それぞれ社会的な地位もそれなりにあるじゃん」

「それなりにね」

「明美は女医だし、俺はコンサルタントだし。稼ぎもまあまあ」

「それで?」

「見栄えってのを大事にしているのが共通点だと思うんだよね。俺は女医を彼女にしていると言う見栄えの良さを、明美はコンサルタントを彼氏にしているっていう」

「話が見えない」

 私は奥歯を噛み締めていた。

「見栄えって、上を見ても下を見てもキリがないでしょ?」

「それは、そうだけど」

「でも比較したらどっちの方がいいって、必ず分かるんだよね」

 ピンクドッグ。

「比較したの?」

「ごめん。別れてくれ」

「ねぇ、比較したの?」

「意図した訳じゃない。勝手に、自動的にしちゃったんだ。二股はかけてないよ。そこは順番を守りたい」

「比較したんだ」

 雄一の顔が沼に沈んで行く。違う、沈んでいるのは私だ。

 私を大切に思わない雄一なんて、価値が暴落している。

「私は雄一がコンサルタントだから横に置いていたなんてことはない」

「嘘だね。俺は明美の飾りだったって、俺が一番分かっている」

「私の想いを勝手に決めないで」

「ごめん。でも、それも今限りのことだよ。俺はもう別れるつもりしかない。明美は?」

 もう元に戻らないところに既に雄一は進んでいる。足掻くだけ無駄だし、嫌がらせをしたい訳じゃない。気持ちが高速で落ちて行く、だが、理性は上の方で保たれている。

「いいよ。別れる。その代わり何があってももう二度と連絡しないで」


 マンションに戻ると、アオが玄関まで出迎えに来た。

 私はしゃがんで、アオの青い毛並みを撫でる。

 涙がじわりと溢れた。

 アオを抱き締めると、はらはらと流れた。アオは抱かれるままになっていた。

 お腹が空いた。

 アオにもエサを与えて、ジャーからご飯をついで、明太子と食べる。

 部屋の中が満ちている感じがした。

 アオのことは今日は決めないでおこう。

 私は食器を流しに置いたら、もう一度アオを撫でに行った。


(了)

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青の犬 真花 @kawapsyc

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