第1話 入れ替わるギャルと無垢
彼は非常に〝無〟が似合う。
格好つけることも、
楽しそうな表情も、
明るく接する姿も、
どれもこれも、あなたには似合わない。
普通に立っているだけでいい。
無感情でつまらなく見える表情でいい。
暗く見えるような静かな姿でいい。
あなたのどれも欲しくなってしまったから……
あたし以外の誰かにあなたのことを知られてしまったら、そんなことを考えるだけで心が痒くなる。
そんな感覚は生まれて初めてだ。
好きなのか、愛しているのか、恋をしてるのか、そんなことはどうでもいい。
今はただ――――いや、これからはただ、あなたと一緒にいたい。
あなたが欲しいから、あなたをどうやって手に入れるか考える日々は楽しい。異常だと思われるかもしれないけど楽しいのだ。
自分でも見すぎだと思うほどあなたの背中を見ているし、見ていると勝手に頬が緩むし、今日も家に来るあなたをどうしてやろうかと想像する。
そんな日々を何日も耐えられるわけもなく……
「てか、龍昇は普段なにしてんの?マジで喧嘩強すぎたし、気になってんだけど」
「自分の家が武の家系らしくて、毎日帰ったら鍛錬してる」
「マジか……|明日明後日も土日も?」
「うん、もちろん」
「ま、マジか……」
「そんなに驚くことなの?」
「いや、今どきの家庭でそんなもんねぇから。どうりで強いわけだわ。……ちなみに将来何になるとかってのはあんの?そんな鍛えてんならそういうのあんでしょ?」
「一応、SP……みたいな感じだったかな?何だか偉い人の護衛とか色々するらしいんだけど、そこは何にも聞いてない。ただ家での決まりはあるから将来はそれになるかな?父親もそうだから」
「へぇ……将来は決まってんのね。あたしから誘っといてなんだけど遊んでたりしてもいいの?迷惑かけてない?」
「いや全く?むしろ自分に友達が出来て喜んでたくらいだったし、鍛錬はいつでも出来るから問題ないよ。むしろ自分の方こそ聞いてもいい?」
「ん?」
「自分といて楽しいの?」
「楽しいに決まってんじゃん。あんたを知ってから――――ますますね」
家に帰る途中、この道を真っ直ぐ進んだ先には『誉』と横開きの扉に筆文字で書かれた見える。そこからのことを考えると何だか体が熱くなるような気がした。
「そっか……なら良かった」
その呟きに少しの憂いを感じるが、その感情はすぐに何かに塗り潰されていった。マスク越しに聞こえた声、見える目元部分が少し細まる表情、何を思っているのかは分からないが斜め下に動いた瞳、その姿に何かを感じている。
「何があったかは知らんけど、そんなこと考えなくて良くない?あたしが良いって言ったら良いし、あんたは誘われたらあたしと一緒にいればいいじゃん?」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、自分は優希がいつもの人らと楽しそうに会話している姿が好きだから、一緒にはいれないよ」
「学校では無理でも放課後ならいいじゃん?どうせバイトとかしてないんでしょ、あたしも家の手伝いで給料貰ってるから基本暇だしね。周りの皆はバイトやらナニやらで放課後は忙しそうだし、結局あたしも暇なんだよね――――はい、着いた。前と同じ裏から入ろ」
ガラガラと音を立てる戸を開き、目の前の階段へと目を向ける。
ここを上がれば自分の部屋がある。
そこで今日も二人きりで時間を過ごす。
誰の邪魔も入らず、誰からの視線も感じず、何も気にすることのない時間。
「あ、今日はちょっと待って。麦茶と茶菓子持ってくの手伝って」
「うん」
そう言って台所から色々な物を持ってきた優希から荷物を受け取った。
「ほい、おぼんだから持ちにくいかもだけど」
「乗せ過ぎじゃ……」
大量のお菓子。そして麦茶。
これを食べてこの体型を保っていると思うと、素直に凄い。
「こぼさんでよ?」
体をゆっくりと反転させて、先を歩く優希の背中についていった。
古風な造りになっているからか階段が少し高い。段差の間に隙間も開いていることからかなり前から建っていた家だということが分かる造り。
この前も来て思ったけど……
木目がはっきりと見える硬い床を歩く感覚、視界から分かる情報が自分の家と似ていることで初めての時からあまり緊張しなかったのか――――
と。勝手に納得していた時のことだった。
「うぉっ!!」
「え?」
前にいた優希の背中が視界を覆っていた。
両手で持っていた大量の菓子と麦茶が乗っていたおぼんを手放し、落下してきた優希の体を受け止める。
だが、この場所はいわゆる急勾配である。
高い場所から受け止めたのはいいが、龍昇の体はそのいきなり起こった出来事に対抗しきないまま適応した。
(受け止めきれないなら、一緒に落ちた方がいいな)
ガラスコップが割れる音が下の方で聞こえたが、今は申し訳なく思っている場合ではない。優希の体を包むよう受け止め、そのまま床に着地するように少し飛ぶ。
こうすれば自分がクッションになる。最悪なことになりはしないだろう。
そう考えていると、次第に派手な音が家中に響き渡った。
受け止めた時に少し飛びすぎたのか背中が着地しても止まることなく、そのまま玄関に滑り頭をぶつけた。
「いっつ――――」
頭に走った衝撃と痛みは前からきた。
受け止め方が完璧じゃなかったためか、優希の後頭部が龍昇の額に衝突する。
不意の一撃は体に効く。
人が歩いている時に小指をぶつけたりした時などがいい例だろう。ああいった意識していない時の痛みが一番効くのだ。
(あ、まずい……)
視界がゆらりと歪むと体から力が抜けていく。
瞼が勝手に閉じていき、最後に視界に映ったのは力なく体を龍昇に預ける優希の姿であった。
入れ替われるなら、あなたをもっと愛したい。 豚肉の加工品 @butanikunokakouhin
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