第4話 無垢とギャル 4

 その日は、人生で一番喋った日だったと思う。

 夕飯の手前くらいで帰宅すると、母は食卓の準備をしており、父は誰かと電話で話していた。「ただいま」と言ったときから色々と質問攻めにあったから大変ではあったが、結論から言えば「成長してくれているようで嬉しい」とのことだった。


 その日は日が変わるまでの鍛錬だった。

 珍しく会話が多く、父からは「女性かい?」と聞かれた。「はい」と答えると少し考えた表情をしてから「そうか……二人で?」と聞き直された。それもまた「はい」と二つ返事で返す。

 すると、


「龍昇は、その人が好きかい?」


 そんな言葉を問うてきた。


「好き……だとは思いますよ?」


 そもそも、好きか嫌いかなどという感情が湧いたことはあまりない。

 当然家族は好きだし、未だ優希一人だがいずれ出会う友達は好きだろうし、よく考えれば嫌いなことを探すのは意外と難しかった。


「それは僕が龍昇や母さんのことを好きと思う気持ちと同じかい?」


……そう言われると、少し違うような気がする。


「どうやら少し違うようだね。なら、覚えておきなさい――――人というのは変化する生き物だ。どう変化していくのかは自分には分からない、ただ性格や環境が変わったわけではないのにが変わる人がいる。そういう人は賢く強く異質に見えたりするかもしれないが、臆してはいけないよ」


「……どういう意味でしょう?」


「どういう意味……か。昔話をするつもりはないけど、僕も昔味わってるんだ。人が変わるという瞬間を。自ずと分かる……とは言い切れないけど、いずれ体感する時が来るんじゃないかな?直感が言ってるよ。その子はか――――」


「あなた?」


「あれ、母さん?」


 いつもなら鍛錬の途中で顔を出すことなどありえない。ましてや時間が時間だ、今日は鍛錬が始まるのがいつもよりも遅かった。時刻は23時、寝ていないにしろ寝室にいるはず……。


「雑談している場合じゃないでしょう?あなたも仕事、龍昇だって明日も学校なのよ?今日はこのくらいにしておきなさい。ね、あなた?」


「そ、そうだね」


「……あとで――――」


 なんだか怒っている……ようにも見えるが、怒っていない?

 ただ、今は母が少し怖いと思った。

 父を見つめる瞳がいつもの母ではないような気がする……たったそれだけで、まるで別人のような雰囲気に見えた。


「龍昇、今日はお終いにしようか。お風呂に入って寝なさい」


「は、はい。お疲れ様でした」


 二人を残して、風呂に入って眠りについた。

 あれからどうなったのかは分からないが、二人が起きてくるのがいつもよりも遅く「大丈夫?」と聞くと、父の言葉を遮って母が「大丈夫、少し眠り過ぎちゃったみたいね?」と答えた。

 それからはいつも通りの時間に家を出て、いつも通りに学校に到着した。


 学校へ到着し、自身の教室へと向かう。

 教室の様子はいつもと変わらない。

 皆が皆、それぞれのグループで話している。

 その光景に何だか一息つくと、自分の席に向かった。


「おはよ、龍昇」


 今までグループで話していた優希が声をかけてきた。


「おはよう」


 たった今までグループで楽しそうに会話をしていた優希が、到着したばかりの龍昇に話しかけた。そのいつもとは違う光景に、どこからか視線を感じる。

 そんなことを歯牙にもかけず話を進めようとしている優希だったが、龍昇に声を懸けてきたことによってグループ内での会話が止まってしまっている。


「今日は?ヒマ?」


「うん、部活とかにも入ってないから自分はいつでも暇だけど?」


「なら今日もうちに来てよ」


 彼女の背後に視線を送ると、他の三人は目を点にしていた。

 三人だけではない。周りからの反応も大きくなったように感じる。

 それもそうだろう。全く絡みがなかった人物と話し、家にまで誘っているのだ。優希を知っている人、もしくは知らない人でも傍からしたら行動であった。

 だがその行動の意味を勘ぐることすら出来ない龍昇は、


「大丈夫だよ、迷惑じゃなければ」


 あまりにも平然と答えた。

 本人としては「友達だし……ただ連日お邪魔するのは迷惑かもしれない」という認識ではいる。だが、優希や他の人からしたら違う。

 

「何言ってんの、あたしが誘ってんだからいいの。あとでまた連絡するから無視すんなよ……絶対」


からの連絡を無視なんてしないよ。そうだ、何かお礼を……」


「あぁ、そこは大丈夫。しっかり貰う予定だから」


「え?自分は何を上げれば……」


「まっ、そこはうちに来てからね」


 チャイムが鳴り、二人の会話が終わると急に時間が流れ始めたかのように思う。

 鼓膜が開き周りからの大きくも小さくもない声が響き始めた。

 ただ、龍昇は気が付かない。いや、気がつけない。

 これが、周りからすれば信じられないほど大きな変化だということに……


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