第16話 幕間 バリオセキュア帝国

 バリオセキュア帝国の首都、ローギニュート。その皇帝が住まう宮殿内の謁見の間に怒号が響き渡った。


「ルードラナが失踪してからもうひと月だぞ!? それなのに未だに尻尾すら掴めていないとはどう言う事だ!」


 短い銀髪に白い顎ひげを胸まで垂らした老人が、玉座から立ち上がって怒鳴どなり散らす。


 彼はバリオセキュア帝国の皇帝、ジュレキウス・メニディア・バリオセキュア。ルーナの祖父にあたる人物であり、真面目で人情深い反面、短気で軽率な性格の持ち主である。


「申し開きもございませぬ。現在の所、中央軍と地方軍、更にはシリウス騎士団までをも投入して捜索しております。必ずや見つけますので、もう暫くお待ち下さいませ」


 宰相の男……ヒューゲン・コルガーが、かしこまった態度でジュレキウスに言った。


「待てぬわ! ヒューゲン、今直ぐ馬を用意しろ! 俺が直々に探しに行く!」


「なっ!? 陛下、それはいくらなんでも――」


 と、その時だった。謁見の間の荘厳な大扉が開き、長い銀髪を後ろで束ねた男が堂々と入って来たのだ。


「……ネールディエン。貴様、此処へ何しに来た?」


 ジュレキウスが入って来た男に言う。


「我が父よ、臣下を困らせる行動は慎んだ方がよろしいかと。……お主も難儀だな、ヒューゲン」


 入って来た男に対し、ヒューゲンが頭を下げる。


 この男はネールディエン・クジュラ・バリオセキュアと言う名前で、ジュレキウスの息子……つまりは皇太子であり、時期皇帝とされる人物だ。


「聞こえ無かったのか? ネールディエン」


「そんなに睨まないで下され。私は我が娘……ルードラナの件で此方こちらに参ったのです」


「何だと? まさか見つかったのか!?」


「いえ、見つけてはおりません。ですが、ルードラナが行ったとは特定しました」


「ふん、思われる場所か。確定していない情報など聞いても意味は無い。早く自らの離宮へと帰るがいい」


「父よ、そこまで私の事がお嫌いですか?」


「無論だ。お前も、そしてお前の2人の息子もな。幾ら昔から続く帝国の習わしとは言え、長男であるお前を皇太子の座に置く事は俺の人生において最大の汚点だ」


「……そうですか。ならば私は早々に離宮へと戻りましょう。我が妻と我が娘ルードラナをよろしくお願いしますね」


「っ!? 貴様……!」


「ああ、そうだ。今日は『ポラリスの涙』と満月が同時に見れる1000年に一度の日らしいですよ。では、私はこれで」


 ネールディエンはそう言うと、特に萎縮した様子も無く、淡々と謁見の間から出て行った。


「くそッ、気分が悪い! 彼奴あやつの顔など見たく無かった! 誰ぞ、蜂蜜酒を持って参れ!」


 ジュレキウスが玉座に腰を下ろし、臣下に蜂蜜酒を持って来るよう伝える。


「……陛下、先程ネールディエン皇太子殿下が仰った事ですが、いささわたくしめに心当たりがございます」


「ヒューゲン、彼奴の話は辞めろ。聞きたくない」


「いえ、辞めませぬ! 下手をすれば第一皇女殿下に危険が及ぶ可能性が御座いますゆえ!」


 ヒューゲンが毅然とした態度で言う。此処で押し負けてはならないと思ったからだ。


「何!? それはどう言う事だ!」


「はっ! 恐れながら説明致しますと、今日は100年に一度の周期で訪れるポラリスの涙と、満月が同時に見れる1000年に一度の日なのです」


「それは彼奴も言っていたし、事前に占星術師からも話は聞いている。何でも80年程ポラリスの涙の周期が早まったとかで、それが今日起こるのだろ?」


「はい、その通りでございます。話を続けますが、この1000年に一度の日を迎えるにあたり、テルセル地方の森林地帯に蘭奢待らんじゃたいと呼ばれる万病を癒す奇跡の琥珀が採れるようになると聞いた事があるのです」


「万病を癒す琥珀……いや、待て! まさかルードラナは……」


「恐らく、母君の病いを治す為に蘭奢待を取りに行ったのかも知れませぬ。占星術師が陛下にポラリスの涙の周期が早まると言ったのは、今からひと月前の事。ルードラナ第一皇女殿下が失踪した時期と合致します」


「……だが、それだけでは判断できぬ」


 ジュレキウスは渋い表情を浮かべる。迷っているのだ。


「加えて申し上げますと、陛下もご存じの通り、ルードラナ第一皇女殿下の愛馬が居なくなっております。この帝都からテルセルの森林地帯までは馬で20日以上掛かりますが、には充分に間に合います。私めには、これが偶然とは思えませぬ。それにテルセル地方の森林地帯は……」


崙土連邦ろんどれんぽうが実効支配している地域か。……分かった!」


 ジュレキウスが玉座から立ち上がり、この場にいる武官達に号令を発する。


「今すぐ軍をテルセル地方へと動かす! 目的はルードラナの保護。例え見つからずともテルセルの地から崙土ろんどの連中を追い出すのだ!」


「はっ!!!! ご命令のままに!!!!」


 武官達はその場で一礼すると、急いで謁見の間から出て行く。


「よし、では俺も――」


「陛下は駄目です! これから財務大臣を呼び出し、特別軍事費を要求しないといけませので!」


「うるせえ! それはお前がやれ!」


「特別軍事費請求は陛下だけの特権です! 絶対に行かせませんよ! お前達、陛下を抑えろ!」


「おう、来るか! 全員叩き潰して、俺もテルセルに行ってやらぁ!」


 ヒューゲンの指示で文官達が集まり、ジュレキウスとの戦闘(?)が始まった。

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異世界人狼ゲーム 〜俺の幼馴染を殺したのは誰ですか?〜 シッピー&樽 @takosu-neko

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