第15話 異世界の蘭奢待④

秋房あきふさ! 右から来るぞ!」


「――くっ!」


 樹海に入って10分程経過した頃、1頭の熊が秋房達の前に現れた。だが、どうも姿形がおかしい。額には1本の長い角が伸びており、長い尻尾は中世ヨーロッパで使われていたランスのような形状になっている。


「見た目は熊に近いのに、猪みたいな突進だな!」


 秋房は熊のような生物の突進を回避し、急いで態勢を整える。


 呼吸が荒くなり、心拍数が上昇して行く。これは紛れも無い命のやり取りだ。ルーナの時とは比較にならない程の恐怖とプレッシャーが、秋房の


「ルーナ、この熊は何だ!? この世界の固有種なのか!?」


「違う! そいつは『ランスベア』! 魔族が作った対人間用のモンスターじゃ!」


 ――モンスター? そんなのも居るのかよ!


「秋房よ、スキルを出し惜しみすると殺されるぞ! 躊躇わずに使うのじゃ!」


 ルーナは森林地帯じゅかいに来るまでの間に、秋房から『個人スキル』の話を聞いた。なので秋房の個人スキルが強力な事も知っており、その弱点も知っているのだ。


「――っ! 仕方ない!」


 秋房が自身の心に働きかけ、個人スキルを発動する。


 すると、秋房の右手に拳銃が現れた。ベレッタM92である。


 秋房は拳銃の安全装置を素早く解除すると、熊型のモンスター……ランスベアに向かって発砲する。


「なっ!? 尻尾で防がれた!?」


 秋房が放った1発の弾丸は的確にランスベアへと飛んで行ったのだが、ランスベアは自らの尻尾を盾にして自分の身を守ったのだ。


「ルーナ! コイツの弱点は!?」


 秋房がルーナに聞く。


「ランスベアの弱点は腹じゃが、1人で倒す場合はかなり厳しいぞ! 普通なら兵士3人がかりで戦うような相手じゃ!」


「兵士3人か……」


「秋房! 次は前じゃ!」


 ランスベアが秋房に狙いを済まし、再び突進して来た。尻尾を前へと突き出し、さながらランスを持った騎士の突撃のようである。


 ――また突進か。コイツはスピードは早いけど、動きは単調。横に避ければ余裕にかわせる。


 秋房は急いで右側へと避け、ランスベアの突進を回避しようとする。


 ――よし、思った通り……何っ!?


「うぐっ――!?」


 ランスベアの尻尾ランスが秋房の左腕を掠め、血が流れ出す。


 ――コイツ、俺の動きに合わせて尻尾を動かしてきたな。次からは気を付けないとだ。


 ランスベアの洞察力と、それに合わせる繊細な尻尾の動き。少しでも気を抜けば致命傷を貰う可能性がある。


「全く、序盤から最悪だな!」


 秋房がそう言った瞬間、秋房の目の前に仮面を付けた3人の鎧武者が出現する。秋房が新たに物体オブジェクトを投入したのだ。


 ランスベアはその現象に驚いたのか、一旦下がって距離を取る。


 このまま睨み合いが続くかと思われたが、3人の鎧武者が同時に仕掛けた。


 1人目の鎧武者が刀を抜いてランスベアへと切り掛かると、2人目の鎧武者が右側面から刃を振り下ろす。すると驚くべき事に、ランスベアは1人目の攻撃を額の角で受け、2人目の攻撃を尻尾で受けたのだ。


「なっ!? 角と尻尾で受けたじゃと!?」


 ルーナが驚きの声を上げた。


 だが、今はチャンスだ。1人目の鎧武者と2人目の鎧武者がランスベアを抑えているその隙に、3人目の鎧武者が腹部に一撃を加える。


 しかし……


「嘘じゃろ!? 今のは致命傷のはずじゃ!」


 ランスベアは倒れる様子も無く、3人の鎧武者を力一杯振り払った。


 だが次の瞬間――


「これで終わりだ!」


 いつの間にかランスベアに接近していた秋房が、超至近距離で複数の弾丸を撃ち込んだのだ。


 撃たれたランスベアは低い唸り声を上げて秋房を睨みつける……が、口から大量の血を吐き、そのまま地面へと倒れた。


「ハァ……ハァ……倒した」


 秋房はその場にへたり込む。ランスベアを倒した事で緊張の糸が切れ、一気に力が抜けたのだ。


 そして、秋房が持っていた拳銃と3人の武者達も光の粒子となって消えて行く。秋房の個人スキルが解除された為だ。


「秋房!」


 ルーナが急いで秋房の所へと駆け寄る。


「何とか……勝てたな」


「馬鹿者ッ! 最後のアレはどう考えても失策であろう!」


「悪いな。超至近距離で撃てば確実に倒せると思ったんだ。それにスキルの負荷も凄かったからな」


「スキルの燃費が悪いとは聞いていたが、まさかこれ程とは……」


「いや、あと1、2回くらいなら戦える」


「なっ!? 最初に出し惜しみするなと言ったであろう!」


「出し惜しみはしてない。ランスベア1頭に対して、あの戦力がベストだっただけだ。ある程度の余力を残しておかないと、2頭目、3頭目と来たら俺達は終わりだからな」


 仮にランスベア1頭にスキルを全力で使って倒しても、その直後にもう1頭現れたら勝ち目はゼロだ。秋房はそれを考慮して、最小戦力で戦ったのだ。


「むっ……確かに。それと秋房よ、左腕を出せ。余が治してやる」


「ああ、ルーナは回復系のスキルが使えるんだったな」


「かなり弱いがな。ほら、早く腕を出せ」


 秋房はランスベアとの戦闘で負傷した左腕をルーナに見せる。


「よし、では目を瞑れ。余がスキルを使っている時は絶対に目を開けるなよ!」


「発動条件とかあるのか?」


「まあ、そんな所じゃ!」


「分かった」


 秋房はルーナに言われた通り目を瞑る。


 そして――……ルーナの澄み切った声が聞こえて来た。


『祖に繋ぐ。我は傷付いた者を癒す者。その治癒の力、目前の者を救わんが為。我が身に宿れ、治癒の愛よ!』


「……今のが詠唱って奴か。可能なら見たかった」


「駄目じゃ。それと、今から治すから動くなよ」


「分かった、終わるまで動かない」


「うむ」


 ――……っ!?


 秋房の左腕の傷口に、生暖かい何かが触れる。そしてその何かは、傷口に沿ってゆっくりと進んで行く。


 ――……凄いな。痛みが引いて行く。一体ルーナは何をやってるんだ?


 すると、再び生暖かい何かが最初の所へと戻り、先程と同様に傷口に沿って進んで行く。


 回数を重ねる事に左腕から痛みが消えていき、4回ほど生暖かい何かが傷口を這うと、ズキズキとした痛みはすっかりと消え去った。


「もう目を開けて良いぞ」


 秋房はゆっくりと目を開けて、傷口があった左腕を見る。


「……治ってる」


「当然じゃ! 余を誰だと思っておる!」


「ルーナ、ありがとな。助かった」


「……何か、お主に真顔で礼を言われると変な気分じゃな」


「そうか。ルーナが一生懸命やっていたからお礼を言ったんだが……残念だな」


「――っ!? ま、まさかお主……余が傷口を舐めてる所を見ておったのか!?」


 顔を赤らめながらルーナが言う。


「そうか、舐めてたのか」


「……はうっ!? しまった!」


 ルーナは左手で口を抑えると、恥ずかしさのあまり下を向く。


「別に恥ずかしがる事は無いだろ。自然界では普通の事だし。俺も子供の頃は良く母さんに――」


「うるさい! 秋房はもう治してやらぬ!」


 怒鳴り声を上げたルーナは勢いよく地面から立ち上がると、そのまま怒りに満ちた足取りで樹海の奥へと歩いて行く。


「……怒らせてしまったか。謝らないとな」


 秋房は小声でそう言うと、急いでルーナを追いかけて行った。

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