第14話 異世界の蘭奢待③

 日が完全に落ち、代わりに満月が顔を出した頃。秋房あきふさ達はようやく森林地帯に到着した。


 秋房は森林地帯と言う名称から広大な森を想像していたのだが、その想像は現物を見た瞬間に吹っ飛んだ。


 そう、森林地帯は樹海だったのだ。


 鬱蒼うっそうとした樹々と巨木群は見た者に畏怖の念を抱かせ、辺り一面に張り巡らされた根は、まるで龍のようにうねり、侵入者の行手を阻んでいる。


 だが、蘭奢待らんじゃたいを手に入れる為には否が応でも入らなければならない。


 幸い『ポラリスの涙』はまだ始まっていないので、今のうちにしっかりと作戦を決め、現象が始まり次第直ぐに出発できるよう準備しておく必要がある。


「ルーナ、ここは樹海だ。奥へと進む際はこまめに目印を残そう」


「そうじゃな。せっかく蘭奢待を手に入れても、帰る事ができなければ何の意味も無いからの。それで、どんな目印にするのじゃ?」


「出来れば現地調達できる物がいい。見たところつるが自生しているようだし、柔らかそうな物を選んで枝や幹に巻き付ける方法でいいと思う」


「蔓か。だが、普通の蔓と見分けが付かなくなるのではないか?」


 蔓は元から樹々に巻き付いている物も多い。その為、何らかの差別化は必須だ。


「じゃあ、蔓を2つ繋げて鎖状にするか。それを枝に掛ければ混同はしないだろ」


「おお、いい案じゃな。それで行こう!」


 目印は決まった。次はどうやって蘭奢待を探すかを決める。


「よし、後はどうやって蘭奢待を探すかだな」


「うむ。取り敢えず2人で固まって動くのは確定じゃ。余達には蘭奢待を手に入れても教え合う手段が無いからな」


「そうだな。スマホも無いし」


「スマ……何じゃ?」


「いや、何でもない。それよりルーナ、蘭奢待が入っている生命樹せいめいじゅってどんな木なんだ?」


 ルーナが持っていた本には蘭奢待の絵は描かれていたが、生命樹の絵は描かれていなかったのだ。少しだけでも頭の中にイメージがあれば、発光しない日中でも探しやすくなる。聞いておいて損は無いはずだ。


「生命樹か? 生命樹は真っ黒な木じゃ。大きさも様々で、それこそあのような巨木もあれば普通の大きさの物もある。少し前にも言ったが、蘭奢待が形成されている生命樹は『ポラリスの涙』が始めると白く光るらしいから直ぐに分かるはずじゃ。昼は……気合いじゃな」


 と、その時――……!


「あっ! 秋房よ、空を見るのじゃ!」


 暗い夜空に無数の流星が流れ始めた。満月はより一層輝き、月下の大地を淡く照らす。


 先程まで暗かった樹海も流星の光と月明かりに照らされ、凄く神秘的な様相を醸し出し始めた。まるで樹海そのものが意志を持ち、時が来たから入って来いと言っているようである。


「凄い……これが『ポラリスの涙』か」


「うむ。余も初めて見たが、まさかこれほどまで美しいとは思わなかった」


 本来なら100年周期で発生する『ポラリスの涙』。だが、今回はかなり周期が早まり、実に20年という短い時間で現象が発生している。その理由は今も分かってはいないが、この天体現象は見る者全ての心を惹きつけ、ルーナも、そしてルーナの愛馬であるラーマちゃんでさえ、目を輝かせながら満天の夜空を見上げている。


「ルーナ、行くぞ。今は蘭奢待だ」


 秋房がルーナに声を掛ける。


「――っ! そうじゃな!」


 ルーナはハッと我に帰り、地面に置いていたバッグを背負うと、隣に居たラーマちゃんに話し掛ける。


「ラーマちゃん、余達は30時間後に必ず此処に戻って来る。それまで待っててくれ! 水も食料も沢山あるが、あまり食べ過ぎてお腹を壊さぬようにな」


 すると、ラーマちゃんが僅かに鳴いた。


「うむ、では行ってくる!」


 ルーナは最後にラーマちゃんをひと撫ですると、急いで秋房の所へ駆け寄る。


「挨拶は済んだか?」


「ああ、済ませたぞ。30時間後に戻ると伝えた」


「そうか。じゃあ、絶対に帰って来ないとだな」


「うむ!」


 残された時間は約30時間。2人は全力で蘭奢待の捜索を開始した。

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