第13話 とある皇女の信頼関係構築

 川に到着し、秋房あきふさ達は軽い休憩を取ることにした。


 馬のラーマちゃんは川に口を付け、グビグビと美味しそうに水を飲んでいる。秋房達も近くの大きな石に腰を下ろし、それぞれの時間を過ごしていた。


「所で秋房よ、余はあまりお主の事を知らぬ」


 突然、ルーナが言った。


「そうか」


 黒い手帳を読みながら秋房が答える、


「いや、そうかでは無い! 余の配下は秋房で、秋房の君主は余だ! そして君主たる余は配下の事を知らなければならぬ。信頼とはそうやって築いて行く物じゃ!」


「そうか」


「だから、そうかでは無い! それとお主、さっきから何を読んでおるのじゃ!」


「手帳だ。それで、どうかしたのか?」


「だから、余の配下である秋房は……あーーもう、面倒くさい! 秋房ッ! つべこべ言わず余に全てをさらけ出せ!」


 途中から話す事が面倒になったのか、ルーナは投げやりに言った。


「全て曝け出せって、例えば何をだよ?」


「例えばじゃと!? では……母君の話をせよ! 先程の話を聞く限り、きっと凄い女騎士なのだろ?」


「ああ、さっきの馬の話か。あれは母さんの趣味に付き合わされた結果だ。母さんは不思議な感性を持っている人で、俺がまだ小さい時から色んな所に連れて行かれた。まあ、結果として馬に乗る時は役に立ったけどな。後、母さんは騎士じゃない」


 秋房の母親である彩菜あやなは、秋房を様々な所に連れて行った。最近だと自衛隊のイベントや裁判の傍聴、アメリカ旅行の際には射撃体験場などにも足を運んでいる。


「ほう、随分とアクティブじゃな。我が子に様々な体験をさせるき母君じゃ」


「そうだな、良い母さんだよ。自分では人でなしって言ってるけどね」


「そうか。しかし、こうして聞くと異邦人も余達とあまり変わらぬのだな」


「住む世界は違うけど、根本的には同じ人間って事だろ。さて、俺の家族の話はここまでだ。後は何を聞きたい?」


「では、スキルについて教えてくれ。異邦のウィザードの実力を知りたい」


「スキルか……まあ、いいか。特別に教えてやるよ」


 秋房は自分の『個別スキル』をルーナに説明する。


「俺の個人スキルの名前は『幻想物体オブジェクト』と言って、俺が脳内で作り出したイメージを物体オブジェクトとして現実世界に投影できる能力だ」


「うん、さっぱりだぞ」


 ルーナがキッパリと言う。


「だろうな。分かりやすく説明すると……あそこに水浴びしているラーマちゃんが居るだろ?」


「うむ、居るな」


「あのラーマちゃんを俺の中でイメージして、そのイメージを現実世界に召喚するって感じだ。……今の説明で分かったか?」


「おお、分かったぞ! つまりはラーマちゃんが2頭になる訳だな!」


「うん、その認識で大体合ってるよ。まあ、あくまでイメージだから当然本物では無いし、俺がスキルを切れば光を撒き散らして消滅する。色々と使い勝手は良いけど、その分デメリットも多いスキルだな」


 秋房の個人スキルは凄く強力だが、デメリットもそれなりに大きい。必ずしも良い事尽くめでは無いのだ。


「メリットとデメリットか。それぞれどんな感じなんじゃ?」


「メリットは俺の脳内で作ったイメージに独自のアルゴリズムを組み込む事で、投影した物体オブジェクトが自立した行動を取れるようになる事と、予め脳内でイメージを定義しておく事で、ロスタイム無しで投影が出来るようになる事だな」


 まるで自動音声のように、秋房がペラペラと話す。


「わ、分からぬ」


「……簡単に言うと、俺の脳内で作ったラーマちゃんを素早く現実世界に召喚で出来るようになり、尚且つ、召喚されたラーマちゃんが本物のラーマちゃんみたいに動き回るって事だ」


「おお! 理解出来たぞ! っていうか、最初から分かりやすく言ってくれ。秋房の言葉は難しすぎる」


 最もな指摘だ。


「分かったよ。後はスキルの応用だけど、自分自身を透明化させたり、軽い電気ショックを使う事も出来る」


「成る程。秋房が消えて現れたり、身体がビリビリしたのはスキルの本質では無く、スキルの応用だったのか」


 ルーナが納得したように言う。


 秋房のスキル発動のプロセスは少しばかり複雑で、最初に身体の中にある魔力を生体電気に変換してから、様々な能力を行使する流れだ。


 電気ショックは正しくその応用であり、魔力から変換された生体電気を能力へと回さずに、そのまま放出する事で相手を感電させているのだ。だが、元は生体電気なので威力は弱く、相手の意識を刈り取る事は出来ない。


 一方で透明化に関しては、魔力から変換した生体電気を能力へと回し、擬態ぎたい状態を意図的に作り出している。これは脳内で精巧に作ったイメージ風景を自分自身に投影し、光学迷彩並みの擬態能力を実現させているのだ。


「しかし、聞くだけでも凄いスキルじゃな。軍だったら師団長クラス、騎士団なら騎士団長クラス並みの力じゃ」


「メリットだけで考えればな」


「あっ、そうじゃった! デメリットをすっかり忘れておった! それで、どんなデメリットがあるのじゃ?」


「デメリットはめちゃくちゃ沢山ある。まずは、俺がイメージを投影できる有効範囲が限られている事だな」


「ほう、有効範囲があるのか。確かに範囲制限は一種のデメリットじゃな」


「ああ。そして有効範囲だけど、俺がスキルを発動させた地点から半径1キロの円形状の空間だ。まあ、やろうと思えばもっと大きく出来るけど、そうすると俺の魔力が無くなる」


 秋房を始めとした異邦のウィザード達は、身体の中の魔力が無くなると『ロスト』状態になってしまう。ロスト状態になると丸一日スキルが使用出来なくなり、身体にも様々な影響が現れるのだが、具体的にどの様な影響が現れるのかは個人によって違う。いずれにせよ、ロストする前に戦闘で勝利するか、離脱するのがベストな選択だ。


「それと、やっぱり燃費は悪いな。俺の個人スキルは馬鹿みたいに魔力を使うんだ。さっき言った能力の有効範囲とか、投影する物体オブジェクトの数多かったり、そのサイズが大き過ぎたりすると消費魔力でんりょくが跳ね上がってしまう」


「それは厄介じゃな。ラーマちゃんを100頭出して、魔力切れでスキル打ち止め……ぷっ、すまぬ……想像したら笑ってしまった!」


 ルーナはクスクスと笑いながら言う。


「ルーナ、それは違うぞ。俺はラーマちゃんと同じスペックの奴なら200頭くらい出せるけど、ラーマちゃんをにした投影は出来ない。俺がさっきから言ってるのは、あくまで仮定の話だからな」


「ん? それはどう言う事じゃ?」


「俺は元の世界……ルーナの言葉を借りるなら異邦の物しか投影できない。それも俺が見て触った物だけだ」


「なっ!? それはつまり、この世界の物は投影出来ないって事か!」


 秋房はルーナに尋問された時に光学迷彩を使っていたが、あれは元の世界の似た風景を自身に貼り付けたからこそ出来た技だ。仮にだが、この異世界特有の地形で光学迷彩を使うと、一瞬で相手にバレてしまう。これは秋房がこの異世界特有の地形データを持っていない為、地形に合わせた最適な投影が出来ないからである。


「そうだな。この世界の物ならば、草一本ですら投影出来ない。逆に元の世界の草ならば、一本単位で投影出来る」


「何か強いのか弱いのか分からなくなって来たぞ」


「いや、その認識で良いと思うぞ。過度な信用と期待は命取りだからな。少し懐疑的に見ていた方が良い。さて、他にも色々とデメリットはあるけど聞くか?」


「むっ……辞めておこう。これ以上言われたら頭がパンクするからな」


「賢明な判断だな。それと、俺が今言った事は誰にも言うなよ。他の人間にはバレたく無いからな」


「うむ、承知したぞ。それにしても、秋房が誰にも知られたく無い事を余に話すとはな。これも余の人徳があってこそじゃな!」


「そうだな。じゃあ、そろそろ出発するか」


 秋房がその場に立ち上がる。


「随分とドライな反応じゃな。そんな態度でいると女子おなごにモテぬぞ」


「別にどうでもいい。俺はモテたいとか思って無いからな」


「あー、これは相当重症じゃな。その様子だと、懇意にしている女子も少ないのではないか?」


 立ち上がったルーナが、半ズボンについた砂をパッパと払う。


「確かに少ないな。片手で足りるくらいだ」


「ほう。因みにその中に余はいるのか?」


「……いる」


「――っ!?」


「さて、俺はラーマちゃんを連れて来るから、ルーナはそこで待っててくれ」


「わ、分かった!」


 一連の会話で信頼関係を築けたのかは分からない。だが、やっぱり聞いて良かったとルーナは思った。


 ふと、ルーナは川の水面すいめんを見る。


彼奴あやつは本当に分からぬ。だが……悪くは無いな」


 僅かに紅潮した女の子の笑顔が、揺らめく水面みなもに映った。


 

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